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言語を形作るのは文化か?認知能力か?

言語の構造に関する新しい研究により、「言語は人間の基本的な思考方法に根ざしている」とする理論に疑問が投げかけられた。 Credit: ISTOCKPHOTO

言語は、人間の脳のパターンとして規定された普遍的な規則には支配されず、系統特異的に進化する。このほど、4つの語族に属する言語の文法的特徴(動詞や名詞の順序など)の関係に、言語の構造を制約する永続的で普遍的な指導原理は見られないという結論が、オークランド大学(ニュージーランド)の心理学者Russell Grayたちによって報告された1

普遍的な制約

今日、世界にはおよそ7000種類の言語があるとされ、その構造には極めて大きな多様性がみられる。フィンランド語のように、複雑な規則に従って単語に接辞を付け加えて文法的関係を表す言語もあれば、標準中国語のように、単語の語形変化がなく、語順により文法的関係を表す言語もある。また、動詞を文頭に置く言語もあれば、文中や文末に置く言語もある。

しかし、多くの言語学者は、このような多様性の背景には何らかの普遍的論理があり、共通の認知要因が文法構造を支えているのではないかと考えてきた。なかでも、Noam Chomskyの理論とJoseph Greenbergの理論は有名である。

Chomskyは、人間は生来、言語機能を持っていると仮定し、この機能はおそらく言語に特化した脳機能モジュールに備わっていると考えた。そして、子どもが言語を獲得するとき、その思考方法に組み込まれている少数の「生成規則」のパラメーターセットから母国語の文法規則を導き出せるようになっているとした。だから、子どもは複雑で繊細な文法規則を驚くべき速さで身につけることができると説明している。また、1つの文化全体にわたってこの規則のパラメーターがリセットされると、言語は変化し、進化するとも仮定した。その場合、ある言語の1つのパラメーターに変化が起これば、そのパラメーターによって決まる複数の特徴が同時に変化するはずだ。

一方、Greenbergは、より経験的なアプローチをとり、言語間で共有されているように見える特徴をリストアップした。その多くは語順に関するものだった。例えば、ほとんどの言語では、「もし彼が正しいなら、彼は有名になるだろう」のように、条件節が結論の前にくるのが普通である。Greenbergは、こうした普遍的特徴は、基礎にある言語的傾向を反映しており、さらには人間の認知の基本原理を反映していると考えた。

マックス・プランク心理言語学研究所(オランダ・ナイメーヘン)の進化言語学者で、論文の共著者であるMichael Dunnは、「Greenbergが注目した語順の普遍性は、言語の普遍性に関する理論の経験的妥当性を強力に裏付けています」と言う。

枝分かれする言語

しかし、これら2つの理論から予測される言語の系統樹については違いがある。Chomskyの理論では、言語が進化するときには、同じパラメーターによって決まる複数の特徴が一斉に変化することになる。これに対して、Greenbergの理論では、1つの言語が持つ文法的特徴の間には、相互に依存関係があるものとないものがあることになる。例えば、動詞と主語の語順は、目的語と動詞の語順には依存しないはずであるという。

この違いについて検証するため、Grayらは、進化生物学の分野で開発された系統解析の手法を用いて、オーストロネシア語族、インド・ヨーロッパ語族、バンツー語族、ユート・アステカ語族の2000以上の言語を調べ、4つの系統樹を作成した。彼らはそれぞれの語族について、8つの語順に関する特徴に注目し、統計的手法を用いて、それぞれの語順が別個に進化してきた確率と、相関して進化してきた確率を計算したのだ。そして、それぞれの特徴の間にある相互依存関係を推定し、ChomskyやGreenbergの理論による予測と比較した。結果は、いずれとも一致しなかった。そればかりでなく、今回発見された相互依存関係は、語族ごとに異なっていた。つまり、各語族の根本的な文法構造は、ほかの語族のものとは異なっていたのである。各語族は独自の規則を進化させてきたのであり、これらが普遍的な認知要因に支配されていると仮定する理由はないのだ。

さらに、2つの語族の間で、何らかの特徴の相互依存関係に共通性がみられた場合でも、単なる偶然の一致である可能性があり、それぞれの語族で異なる進化経路をたどってきたとするのが妥当だと考えられた。こうしてGrayたちは、言語は(少なくとも語順に関する文法は)、普遍的な制約に従って形作られたのではなく、文化特異的に形作られたのだと結論付けた。

系統解析への疑問

マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプチヒ)の言語学者Martin Haspelmathは、Grayたちに同意しているが、「専門家にとっては、新しい発見ではありません。文法的性質と相互依存関係が系統特異的であることは、以前から知られていました」と話す。

一方、ニューヨーク州立大学バッファロー校(米国)のDryerは、Grayたちの結論に納得しておらず、「今回考慮されていない語族で、彼らが反対している理論を裏付けるものが、100以上もあります」と言う。さらに、言語が普遍的な制約により形作られているか否かにかかわらず、語族内の語順の関係に一貫したパターンを期待する理由はないとも付け加える。

Haspelmathは、言語の違いを測定するよりも共通するものを探す方が、より有効であるかもしれないと考える。「たとえ、文化の進化が言語を形作る主要な要因であったとしても、認知の傾向が何の役割も果たしていないと言うことはできないでしょう。比較言語学者が言語の普遍的特徴に注目し、認知により説明しようとしたのは、その言語が形成された理由を求めたからです」と、Haspelmathは語る。「文化の進化が言語形成に何らかの役割を担っていることで、言語が今日のような形になった理由を根本から説明することはできません。確かにおおむね真実ですが、真実のすべてではないのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110703

原文

Are languages shaped by culture or cognition?
  • Nature (2011-04-13) | DOI: 10.1038/news.2011.231
  • Philip Ball

参考文献

  1. Dunn, M., Greenhill, S. J., Levinson, S. C. & Gray, R. D. Nature 473, 79-82 (2011).