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脳の居眠り

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110702

原文:Nature (2011-04-27) | doi: 10.1038/news.2011.259 | Surreptitious sleep states uncovered

Virginia Gewin

睡眠不足のラットの研究から、睡眠は脳全体の現象というわけではないことがわかってきた。

起きているように見えても、脳は部分的に居眠りをしている。 | 拡大する

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目を閉じる、反応がない、よだれを垂らすなど、眠っていることを示す状態はたくさんあり、眠っているかどうかは簡単に判別できると思われる。しかし、眠っている状態(睡眠状態)と起きている状態(覚醒状態)との区別は、思ったよりも明確ではないのかもしれない。起きているように見えるラットで、大脳皮質のある領域のニューロンが一時的に「オフライン」の状態になることが、Nature 2011年4月28日号に報告されたのだ1。このような一時的にオフライン状態のニューロンでは、ノンレム睡眠時に現れる神経活動と類似したパターンが観察される。ウィスコンシン大学マディソン校(米国)の神経科学者で、この研究を率いたGiulio Tononiは、「ラットは起きていましたが、大脳皮質では局所的な睡眠状態が随所で一時的に見られたのです」と話す。

研究チームは、ラットの神経活動を調べるため、脳の局所電場電位と脳全体の電場電位を、それぞれ異なる手法で測定した。局所での神経活動は、前頭皮質と頭頂皮質の深部にマイクロワイヤーアレイを設置して測定し、一方、脳全体の神経活動は、脳波検査法(EEG)で測定した。EEGでは、ノンレム睡眠時に見られるような徐波(α波より周波数が低い)を検出できる。徐波が見られる間は、ニューロンはオン状態とオフ状態の間を行き来しているが、一般的にこの状態はオフ状態(睡眠状態)とされている。

測定の結果、多くの小さなニューロン集団で活動が見られ、ラットが長時間起きている場合には、大脳皮質全体にランダムにオフ状態が生じることがわかった。「脳全体を見渡したとすれば、沸騰しているお湯を見ているような感じでしょう。起きているときは、ちょうど沸騰前の状態で、すべてのニューロンがオン状態になっています。疲れてくると、お湯が沸いてきてあちこちから泡が出てくるように、オフ状態が現れるのです。この泡がどこに現れるかは予測できません」とTononiは説明する。

これまで徐波は、通常、起きて行動している間には見られないと考えられてきた。しかし、今回の研究では、起きている間でも徐波が非常に局所的に出現する可能性を強調している。エール大学(米国コネチカット州ニューヘイヴン)の神経生物学者であるDavid McCormickは、「点滅する大脳皮質といえるでしょう。このような大脳皮質の局所の一時的なオフ状態によって、ニューロンの情報処理が途切れてしまうかもしれません」と話す。

ニューロンの居眠り

ニューロンの居眠りは行動に影響を与える可能性がある。ラットが起きている時間が長くなるほどオフ状態のニューロンの数が増え、アクリルガラスのケージの隙間から砂糖粒を取るという難しい課題を与えると、認知能力の低下がみられたのだ。

Tononiは、眠っていると認識されている現象全体と比較し、局所的にオフ状態のニューロンが存在していても、「自分では、今、ニューロンがオフになっていると認識できないので、より注意を払う必要があります」と述べている。睡眠不足の人の判断力が鈍る原因も、こうした現象により説明できるかもしれない。

Natureでの発表に先立ち、Tononiたちは、脳が「全体として」眠っている間でさえも、徐波が局所的に、特定の脳領域に生じていることを報告している2。さまざまな脳領域に深部電極を設置している脳外科手術を受ける人の協力を得て、EEGと局所の神経活動を記録したところ、徐波は前頭前皮質から側頭葉や海馬までの領域に広がっていることを発見したのだ。Tononiは、「眠っているときでさえ、徐波は予想よりも限定された領域にしかみられませんでした」と述べている。

これらの知見から考えると、研究者は起きている状態と眠っている状態について、単純化しすぎていたのではないだろうか。チューリッヒ大学(スイス)の睡眠研究者Peter Achermannは、「睡眠と覚醒が同時に起こっているなら、つまり、起きているときに脳の一部が眠っていたり、眠っているときに脳の一部が起きていたりするのなら、睡眠状態という概念について再考すべきかもしれませんね」と話す。

睡眠と覚醒という正反対の現象の新しい定義

ミネソタ地域睡眠障害センター(米国ミネアポリス)の理事長Mark Mahowaldは、こう語る。「今回の論文により、脳には起きている部分もあれば、眠っている部分もあるのではないかという疑惑が見事に解明されました。すでに臨床の現場では、こうした現象を示唆する症状が認められていました。その代表例が夢遊病です。夢遊病では、睡眠状態と覚醒状態が脳に混在することで、複雑な行動が引き起こされると考えられるのです」。

Tononiも同様の意見を持っており、「われわれの研究は、睡眠状態を新しく定義するものではありません。行動という観点から、より良い定義を提案しているのです。しかし、脳の状態から行動を説明するには、まだ十分ではないとも思っています」と話す。

この研究は、睡眠の機能のより深い理解に役立つかもしれない。Tononiはこう語る。「睡眠はシナプスと何らかの関係があると思っています。なぜなら、睡眠中に実質的なシナプス強度が増強されるネットワークがあることがわかったからです」。睡眠は脳のシナプス活性を再調整する時間であると考えられる。Tononiたちは今後、起きている脳で居眠りしているニューロンが、脳を保護する役割を担っているのか、脳を回復させる役割を担っているのか、あるいは、脳に悪影響を与えているだけなのかを明らかにしようとしている。

(翻訳:三谷祐貴子)

参考文献

  1. Vyazovskiy, V. et al. Nature 472, 443-447 (2011).
  2. Nir, Y. et al. Neuron 70, 153-169 (2011).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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