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細胞中心子のマジックナンバー「9」に迫る! (廣野 雅文)

––Natureダイジェスト:中心子とは、どのような細胞小器官なのでしょう?

廣野:中心子は、ほとんどの真核細胞にみられる細胞小器官で、光学顕微鏡では小さな顆粒として観察されます。被子植物や菌類など、一部に中心子を持たない生物がいますが、これらの生物も、もともと持っていた中心子を進化の過程で捨てたのだろうと考えられています。

主な機能は2つあり、1つは細胞質の微小管を形成するために必要な「中心体」を作ること、もう1つは鞭毛や繊毛の構築に必要な基底小体になることです。前者の中心体とは、2つの中心子のまわりを雲状のタンパク質(Pericentriolar Material;PCM)が取り囲んだ構造を指します。中心体は、細胞分裂サイクルの間期に微小管繊維を放射状に伸ばし、分裂期には、それが2つに分かれることで紡錘体が形成されます。後者の基底小体とは、鞭毛や繊毛が作り出されて細胞の外に突出する際の土台となる構造です。このときには、中心子の9本の微小管が、繊毛内部の微小管の形成核として働きます。このように、中心子は「微小管構造を形成するための司令塔」として、極めて重要な役割を担っています。

とても興味深いのは、その構造です。電子顕微鏡で見ると、中心子の顆粒は9本の微小管が並んでできる円筒形の9回対称性構造をしており、この構造はあらゆる生物で共通しています。なぜ9回対称性構造なのか、どのようにして9回対称性構造が作られるのか、といったことに古くから注目が集まり、多くの研究者が「マジックナンバー9の謎」に取り組みましたが、解明には至っていませんでした。

––これまで、どんな研究をされてこられたのですか?

図1:クラミドモナスと中心子
クラミドモナスは体長約10µmの単細胞生物。細胞内の中心子から、2本の鞭毛(約11µm)を伸ばし、この鞭毛を使って水中を泳ぎ回る。鞭毛の根もとにある中心子(四角の部分)を電子顕微鏡写真で示したが、縦断面(左)と横断面(右)。底部にあるカートホイールは重層構造で、横断面では9放射相称の形をしている。

鞭毛を持つ「クラミドモナス」というモデル生物を使って、中心子の形成に関する研究をしてきました。クラミドモナスは池などに生息する単細胞の緑藻で、体長は10µmほどです。細胞体から約11µmの鞭毛が2本出ており、これが平泳ぎのような波打ち運動をすることで、水中を泳ぎ回ります。クラミドモナスは生殖行動の際にも鞭毛を使うので、中心子変異体のように鞭毛ができない変異体は次世代を残せません。ところが米国のチームが鞭毛を持たないクラミドモナスを接合させることに成功し、1997年以降、私もその技術を使って、変異体解析による遺伝学的な中心子形成機構の研究を続けています。

中心子形成機構の中でも「どのようにして9回対称形が作られるのか」というのが、これまで特に注目してきたテーマです。正常なクラミドモナスの中心子ができるときには、傘の骨のような放射状構造「カートホイール(車輪の意味)」がまず現れ、その後にそれぞれの骨の先端に微小管ができることがわかっています。しかしカートホイールの機能的な意味はわかっていませんでした。私たちは、中心子が全くできないクラミドモナス変異体(bld10変異体)の解析から、カートホイールの9本の骨(スポーク)に局在するBld10というタンパク質を同定しました1。おもしろいことに、末端を削って短くしたBld10タンパク質をbld10変異体に発現させると、スポークが、本数は9本のまま短くなってカートホイールの円周が小さくなると同時に、8本の微小管からなる中心子ができることも突き止めました2

さらに、もう1つの変異体(bld12変異体)の解析から、カートホイールの中央部分(ハブ)がなくなると、中心子の微小管が7~11本にばらつく、つまり9回対称性が失われることを明らかにしました3bld12変異体が欠失するタンパク質は、線虫で同定されていたSAS-6と同じものでした。当時、SAS-6は中心子の形成に必須なタンパク質だと考えられていましたが、私たちは、「必須なのではなく、カートホイールの9本の骨が放射状に配置されるのに必要であり、中心子の9回対称性構造の構築に重要である」と証明したことになります。

––今回はどのようなことをされたのでしょう?

一連の成果により、SAS-6タンパク質の重要性は明らかになりましたが、それがどのような分子構造で、どのようにカートホイールに組み込まれているかはわかっていませんでした。今回、英国のグループとチームを組んで、SAS-6タンパク質のX線結晶解析を行い、その詳細な構造を明らかにしました。私たちはこの成果をScienceに発表しましたが、ほぼ同じ内容についての論文が、同時に、スイスのGönczy博士のチームによってCellに発表されました。

図2:SAS-6タンパク質の分子構造
SAS-6は二量体を形成し、その二量体どうしが結合することで、カートホイール構造を作り出している。

結晶解析によって明らかになったのは、「SAS-6が二量体を形成し、2つの頭と1つの尾部からなる形をしていること」と、「二量体同士が頭部で結合する形を持っているので、おそらく9セットの二量体が9回対称の形に会合するらしい」ということでした4。つまり、カートホイールのハブとそこから伸びるスポークの一部は、SAS-6の二量体が環状に会合してできたものだと予想されます。そこで、実際のカートホイールがこの分子モデルのとおりに形成されているかどうかを検証するため、SAS-6のアミノ酸配列を二量体形成や頭部間の結合ができないように改変してbld12変異体に発現させてみました。結果は予想どおりでした。改変SAS-6は機能せず、bld12変異体のカートホイールの中央部分と、中心子の9回対称性は回復しませんでした5。こうして私たちは、モデルが正しいこと、つまり、カートホイールはSAS-6分子が相互作用して会合して作られることも証明できました。

––医療への応用なども考えられるでしょうか?

直接の応用は難しいと思いますが、疾患の原因解明には役立つかもしれません。鞭毛や繊毛の異常による疾患はいろいろ知られており、「繊毛病」と総称されています。例えば先天性水頭症は、脳質内に存在するニューロンの繊毛の動きが異常なために、脳脊髄液の流れがおかしくなって起きます。多発性腎嚢胞症は、腎臓の細胞に「センサーとして機能するはずの繊毛」がないために、腎臓が肥大することで起きます。実は、多発性腎嚢胞症の病態メカニズムは、クラミドモナスで鞭毛を伸ばす仕組みがわかったことで、明らかにされた経緯があります。クラミドモナスは先端的なモデル生物なのです。繊毛病とは異なりますが、がん細胞では中心体の数が異常になっていることなどもわかっています。

––最後に、今後の課題や目標は?

私たちは、カートホイールの重要性を世界に先駆けて明らかにして、中心子形成機構の一端を明らかにしたと自負しています。ただし、中心子の9回対称性構造がこれだけ厳密に、かつ広く保存されているということから、カートホイールの形だけで「9」というマジックナンバーが決められているわけではないとも考えています。おそらく「おおまかに9前後に決める何らかの機構」があり、その上でカートホイールが「きっちり9に決める機構」を担っているのでしょう。今後は、「おおまかに9前後に決める仕組み」を解明し、試験管内で中心子を再構成させてみたいと考えています。その上で、「なぜ9なのか」という最大の謎に迫っていきたいですね。

––ありがとうございました。

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110732

参考文献

  1. Matsuura, K. et al. J. Cell Biol. 165:663-671 (2004).
  2. Hiraki, M. et al. Curr. Biol. 17:1778-1783 (2007).
  3. Nakazawa, Y. et al. Curr. Biol. 17:2169-2174 (2007).
  4. van Breugel, M. et al. Science 331:1196-1199 (2011); Kitagawa, D. et al. Cell 144:364-375 (2011).
  5. van Breugel, M. et al. Science 331:1196-1199 (2011).