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オープンイノベーションに突き進む製薬業界

医薬品パイプラインが涸渇し、多くの大型薬が特許の期限切れを迎えようとしている中で、旧来の開発プロセスは高コスト・低効率すぎるという声が日増しに強まっている。

社内で何千人もの科学者を雇用して医薬品の候補をゼロから開発するのは、1000億円規模のギャンブルである。しかし、十分に利益の上がる製品がそこから市場に送り出されていない。製薬政策研究グループ「イノシンク」(米国インディアナ州インディアナポリス)を創設したBernard Munosをはじめ、多くの人々は、今後3年間で医薬品探索の旧式モデルは急激に崩壊するだろう、と予想する。

では、次に何が現れるのだろうか。それが「縮小」であることはほぼ間違いない。ファイザー社は2011年2月初め、「英国サンドウィッチの研究施設を早急に閉鎖して、2012年の研究開発予算を約15億ドル(1200億円)削減する」と衝撃的な発表を行った(Nature 2011年2月10日号154ページを参照)。それにとどまらず、従来の労働力の配分も見直す必要に迫られるだろう。

コストに敏感な製薬企業は、第I相安全性(フェーズ1)試験といった初期段階については、学術研究機関や専門化した小企業への外注化を進めるべきだ、という声に耳を傾けている。それにより、製薬企業は、大規模な臨床試験を実施して医薬品を売り出す、という自らの強みに特化できるはずだからだ。

業界、学界、資金拠出機関の有力者が40人ほど参加してカナダのトロントで2月16日に開かれた会議では、そうしたモデルの1つがテーマとなった。この会議の主催者の1人であり、オックスフォード大学(英国)の構造ゲノミクスコンソーシアムを率いるChas Bountraは、現在のシステムの大きな問題として、企業が同時並行的に類似または同一の標的分子に取り組む傾向があり、その物質は他社がすでに試験して見限ったものであることを知らずにいることが多い、と説く。「われわれがしようとしているのは、その重複を減らすことなのです」とBountraは語る。

その枠組みには、希少疾患の治療に携わる人が編み出した極めて協調的な方法を採り入れている。すなわち、そこでは知的財産(IP)の制約が棚上げされているのだ。初期臨床試験で薬剤の安全性と潜在的有効性が示されて初めて、企業が競争を開始することになっている。つまり、その時点までは、薬剤の候補物質に関するすべてのデータは広く公開される。Bountraによれば、こうすると標的物質の検証がはるかに迅速に進められ、コストも大幅に削減される可能性があるという。また、すでに無効であることがわかっている分子を患者に投与することも避けられる理屈だ。

このようなモデルは、学術研究者に大きく依存することになる。費用は毎年約3億2500万ドル(260億円)かかるが、そこは世界的なイニシアチブが支援する。その半分は製薬産業が負担し、残りは公的資金と寄付金だ。医薬品候補物質にゴーサインが出れば、イニシアチブの企業スポンサーが買い取って、市場に投入できるようになる。

非営利研究法人セージ・バイオネットワークス(米国ワシントン州シアトル)の代表でこの会議の幹事を務めたStephen Friendによれば、すでに医薬品業界は、希少疾患のような商業的関心の低いテーマであれば、これが有効な解決法になると確信しているらしい。トロントでの提案の重要なポイントは、それが「商業的に重要な領域であっても、投資に対するリターンを改善する有効な方法になるかもしれない」というところなのだ。

Bountraは約2か月かけて交渉を完了させ、業界のパートナー2者、公的資金のパートナー2者、それに学術研究のパートナー2者との合意を得たいと考えている。巨大な製薬企業すべてが代表者を送り込んだトロント会議の反応は、出席者によれば、すべての方面で極めて前向きなものだったという。「議論すればするほど、これが前進のための唯一の方法だという確信が深まりました」とBountraは語る。4月中旬にサンフランシスコで第2回の会議が開かれ、計画の具体化が話し合われる予定だ。

一方で、政府の研究資金拠出機関も類似のイニシアチブを試みている。英国医学研究会議(MRC)は、基礎科学から薬剤や医療装置を開発することを支援する「開発パス助成計画」を設立した。また米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセズダ)の所長Francis Collinsは、基礎科学をより医療市場へと押し出すべく、「国立トランスレーショナル(臨床橋渡し科学)推進センター」を提唱している。

生物医学研究への資金提供機関である英国のウェルカム・トラスト財団で技術移転の責任者を務めるTed Biancoは、医薬品探索の初期段階を学術研究機関へ移転することにより、製薬企業の抱える問題の一部が解決されることを認める。同トラストの医薬品探索育成イニシアチブは、すでに、薬剤候補物質の最適化やその臨床試験開始を手がける研究者に対して資金を提供している。一方でBiancoは、Bountraのイニシアチブに参加している製薬企業は金銭的なリターンを期待していると指摘する。「大きな投資が必要で、誰かのお金でそれをしなければならないことが、悩ましいのです」。

バイオ企業のシンタクシン社(英国オックスフォード)の最高経営責任者でトロントの会議に出席したMelanie Leeによれば、BountraのIPフリーモデルでは、協力する大学がスピンアウト企業から収益を得る機会を奪う可能性もあるという。それについてBountraは、医薬品探索に参入して医薬品を開発しようとする学術研究機関が知的財産権(IP)を得ようとする意思をくじくものではないと考えている。

しかし、製薬企業のグラクソ・スミスクライン社(英国ロンドン)で医薬品の開発と探索を担当する上級副社長Patrick Vallanceは、IPがBountraのモデルで最も議論のある部分だと考えている。「臨床での実験が済むまでは、軌道に乗っているかどうかは本当のところはわからないので、早期に発表すべきだという考え方は全くそのとおりだと思います」が、「その流れの中のどこでIPを確保しなければならないのかを見定めるのは極めて複雑で、それは分子によって違うと思います」とVallanceは語る。

しかし、同社はオープンイノベーションの実験を進めており、昨年は1万3000を超える潜在的な抗マラリア薬の構造を公開し、学術研究機関による有望なリード化合物の同定を促した。「このモデルを強く推進したいと思うのは、もしマラリアでうまくいけば 、ほかのケースでも進められるからです」とVallanceは語る。

Vallanceは、学術研究機関と新たな協力体制を構築中だと明かす。同社は2011年3月、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ医学系大学院で医学部長を務めるMark Pepysと共同で、タンパク質障害の一種、アミロイドーシスの医薬品候補を開発すると発表した。Vallanceによれば、この発想は、単に有望な分子を買い上げるだけでなく、医薬品開発の全過程にわたる長期的な提携関係を構築することなのだという。

こうしたモデルはいずれも、学術研究機関を医薬品探索の中心に据えるものである。しかし、インペリアル・カレッジ・ロンドンの医薬品探索研究ユニットを率いるCathy Tralau-Stewartは、政府、慈善団体、産業界からさらに多くの資金が学術研究機関の研究施設に流入しなければ、それは破綻する、と話す。「学術研究機関による医薬品探索は広がりつつあり、その重要性も非常に大きくなっています。しかし、資金の問題を解決しなければ、製薬企業が革新的医薬品のパイプラインを10年で得ることはできないでしょう」とTralau-Stewartは語った。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110720

原文

Traditional drug-discovery model ripe for reform
  • Nature (2011-03-03) | DOI: 10.1038/471017a
  • Daniel Cressey