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エネルギー政策を見直す日本

日本は、世界で最もエネルギー効率の高い国の1つである。しかし、今年3月に発生した福島第一原子力発電所の事故以来、電力不足が続き、節電を余儀なくされている。そんな中、菅直人首相は、5月6日、中部電力に浜岡原子力発電所の全面停止を要請し、5月10日には、2010年に策定されたエネルギー基本計画を白紙に戻して見直すことを表明した。これにより、今後20年間に14基の原子炉を新増設する計画も見直しの対象となるため、一層の節電に取り組まざるを得なくなるかもしれない。

日本のエネルギー政策が瓦解した今、再生可能エネルギーの普及と省エネの徹底を掲げてきた人々にとって、自分たちの主張をアピールする絶好の機会となった。だが、新しいエネルギー政策は、深刻な電力不足に対処できるものでなければならない。2010年のエネルギー基本計画では、原子力発電による発電量を2倍にして、国内の電力需要の半分を賄うことになっていたからだ(Nature 2011年4月14日号参照)。

3月11日の巨大地震と津波により福島第一原子力発電所で事故が発生してしまった以上、菅首相には、エネルギー基本計画を見直す以外の選択肢はほとんどなかった。事故以来、国内にある全54基の原子炉の一部またはすべての廃止を求めるデモが続いている。菅首相は、新しいプラントの建造計画を撤回するだけでなく、やや立ち後れていた省エネの徹底と再生可能エネルギーの導入に、これまで以上に力を入れることを約束した。政府に再生可能エネルギーに関する助言をしている環境エネルギー政策研究所(ISEP;東京都中野区)の飯田哲也所長は、「3月11日以前は、産業界と経済産業省により、日本のエネルギー政策は暗雲に覆われていました。今ようやく、雲の切れ間が見えてきたのです」と言う。

ISEPは4月に、日本のエネルギーミックス(複数のエネルギー源をバランスよく利用すること)に関して、大胆なビジョンを発表した。東北地方については、エネルギー需要を小さくすることで、2020年までに、そのすべてを再生可能エネルギー源で賄えるようになるという。東北地方では、風力発電を利用できる可能性が高く、再生可能エネルギーの導入が速やかに進むと考えられるのだ。そのうえ、導入に伴う雇用の創出により、震災により大きなダメージを受けた地域経済の再生も可能だという。また、日本全体については、現在約8~9%しかない再生可能エネルギーの割合を、2020年には30%、2050年には100%にしなければならないという。ただし、それには、エネルギー需要を現在の半分に抑える必要がある。「これは、政治的には難しいでしょうが、技術的には可能です」と飯田は話す。(編集部註:菅首相は、5月25日、サルコジ仏大統領との会談で、2020年代の早い時期に自然エネルギーの割合を20%にすると表明した。)飯田は、再生可能エネルギーの導入を促進するため、再生可能エネルギーで発電された電気を電気事業者が固定価格で買い取ることを義務付ける法案の策定に協力した。この法案は、偶然にも震災が発生した3月11日に完成し、今国会に提出されて、6月にも成立する見込みである。

政策研究大学院大学(東京都港区)の特別教授で、電力設備投資計画モデルの専門家である大山達雄は、東北地方ではこの目標を達成できるかもしれないと言う。けれども彼は、安定供給が確実でないエネルギー源に依存するようになってはならないと考えている。また、現在、原子力発電を支持する声は弱まっているが、福島第一原子力発電所の事故処理がうまくいった場合には、再び強まる可能性があるとも指摘する。

Credit: SOURCE: UNIV. TOKYO

東京にある各大学は、すでに、日本にはまだ省エネの余地があることを証明している。例えば東京大学は、照明とエアコンを切り、余分なエレベーターを停止し、多くのエネルギーを消費する実験は夜間に行うようにすることで、最大消費電力を30~40%も削減した(右図参照)。東大の研究者たちは、省エネ生活は不便だが、なんとかやっていけると言う。その1人、神経化学者の尾藤晴彦は、電力需要がピークになる時間帯に一部の施設の使用を制限することは、「現実的で、可能」であると言う。しかし、エネルギー使用のスケジュールを作成するには時間がかかり、こうした制約を研究者たちに課すのは気が重いと言う。一方、化学者の中村栄一は、節電による実験装置とコンピューターシステムの停止で、研究に遅れが出たと言う。中村は、今回の電力不足で10%の節電は容易であることがわかったが、30%の節電になると、長期的には生産性を低下させるだろうと考えている。節電のため、若手研究者が夜間に仕事せざるをえなくなり、研究意欲が低下するのではないかと心配する人もいる。

猛暑の夏が訪れれば、さらに難儀になるだろう。貴重な冷房は、実験動物施設や精密機器に対して優先されるため、教授陣や学生は、最小限の冷房しか効いていない部屋で汗をかかなければならないだろう。そのため、勤務時間や休日をずらすことも考えられている。

日本のエネルギー戦略が流動化している今、予測される未来のために、これらの省エネの取り組みは適切であると言ってよいだろう。東京大学で海洋モデルの研究をしている山形俊男は、スーパーコンピュータの稼働時間を30%も減らさなければならなくなった。だが山形はこう語る。「状況は過酷ですが、良い面もあります。今回の経験は、資源が無限ではないことを実感する、良い機会になりました」。山形は、エネルギーの貴重さを実感することは、よりエレガントな実験につながると考えている。「われわれ研究者は、これまでより慎重に実験計画を立てるでしょう。膨大な量のデータを生成する代わりに、得られた結果を、より深く読みこなすようになるでしょう」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110704

原文

Japan rethinks its energy policy
  • Nature (2011-05-19) | DOI: 10.1038/473263a
  • David Cyranoski