Editorial

日本の科学、再興への道のり

日本の菅直人首相は、3月11日に発生した大震災について、「戦後最大の危機」と評した。日本の科学も大きな打撃を受けた。複数の研究施設が破壊され、国内トップクラスの東北大学(仙台市)は、少なくとも4月末までの閉鎖が決まった。多くの建物が立入禁止となり、入れるビルの中も、壊れた機器や試料であふれかえった。大震災の影響は、国内研究者の40%が活動拠点とする筑波研究学園都市にも及んだ。東京周辺では、ほとんどの施設が物理的被害を免れたが、かなりの研究が中断した。

今、世界数十か国から人道的援助が寄せられている。それに加えて、世界の科学者が、日本人研究者に対する援助を申し出ている。知人のつてによるものもあれば、公式な申し出もある。

米国立衛生研究所(NIH)は、日本国内で研究施設を失った研究者に対して、臨時の研究拠点を提供する計画を立てている。また、Nature Networkが支援する「日本科学サポートネットワーク」は、ドイツからの科学的救済活動の調整に助力している。3月22日現在、同ネットワークには18件の申し出があり、その多くは、財源も全額確保されている。研究分野も数学から分子薬理学、プラズマ宇宙物理学、天体物理学に及んでいる。

小規模な支援を集めている国際的な草の根団体もある。Leopoldina(ドイツ国立科学アカデミー;ハレ)、ドイツ科学技術アカデミー(ベルリン)とベルリン–ブランデンブルク学術アカデミーは、日本の科学を支援するために500万ユーロ(約6億円)を提供した。また、中国科学院ナノ科学技術センター(北京)の部門からは、科学者の招聘があった。日本国内の研究機関も、研究機器の貸与や寄付を検討している。

このように寛大な支援を申し出たのに日本からの応答がないとしても驚くことはない。数多くの被災した科学者は、インターネットへの安定したアクセスを確保できておらず、また海外への移動より前に、被災した国内の研究室の復旧に取り組んでいるからだ。研究という意味では、水や電気が支障なく入手できる場所へ拠点を移動させるのが最善なのかもしれないが、多くの研究者、特に年長の研究者は、国内で職務上の義務や家族への義務を果たさなければならないのだ。

こうした状況も、やがて変化していくだろう。科学コミュニティーが取れる最善の策は、支援の申し出を続けることだ。特に日本の若手研究者は、こうした支援を利用すべきであり、日本の科学にとって起爆剤となるかもしれない。この10年間で、海外留学する若手研究者の数は激減し、内向きになっていたが、海外との結びつきを再度強めることで、恩恵が得られるかもしれない。

新たな機会が生まれているのも事実だ。今回の大災害では、津波と地震の猛威とエネルギー不足の深刻さを見せつけられた。最近の日本では理科や理系科目の授業時間が大きく削られ、科学に関心を持たない児童や生徒が増えていたが、今回の大災害に伴って生じた医療問題などによって、科学の重要性に気付くかもしれない。生物学者の松田良一(東京大学)は、この悲劇が、「生き残るための科学教育」を再び推進するきっかけになると考えている。

再建にも長所がある。老朽化した原子炉を廃棄することで、地熱エネルギーの導入など新たな方策を議論できるからだ。東北大学の管理部門では、学内の研究基盤の改善を議論しており、時代遅れの施設の改修が促進されるかもしれない。

震災直後は、科学研究基盤が日本の最優先課題でないのは当然であり、全国の科学者が、東北地方の復興のための科学予算の削減を覚悟している。しかし、日本は、科学と技術なしでは生き残れない。

日本政府は、間違いなく、科学を再興するための政策強化に動くと思われるが、強固な基盤を築き上げるまでには紆余曲折が予想され、その間に多くの研究者の人生が放置される恐れもある。支援を必要とする日本の科学者にチャンスを提供しようとする人々に対しては、その扉を開き続けることを求めたい。それが、扉を開こうと考える人を増やすことにもつながるはずだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110636

原文

The long road back
  • Nature (2011-03-23) | DOI: 10.1038/471409a