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揺りかごから墓場まで ― 英国コホート研究

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110608

原文:Nature (2011-03-03) | doi: 10.1038/471020a | Study of a LIFETIME

Helen Pearson

1946年3月。まだ寒さの残る英国で、ある1週間に生まれた赤ちゃん数千人の追跡調査が開始された。そして2011年、赤ちゃんたちは65歳の誕生日を迎えた。これほど大規模なコホート調査(同一集団統計調査)は類を見ず、その科学的価値は計り知れない。

Diana Kuhは、NSHDの責任者である。NSHDでは、1946年に生まれた5000人以上の出生以降のデータを分厚いいくつものファイルに保管している。 | 拡大する

M. DUNHAM/NATURE

1946年3月5日火曜日、Patricia Malvernは、英国チェルトナムの狭いアパートの一室で生まれた。出生時の体重は4kg。部屋の近くのボイラー室では、父親がアパートの建物全体を暖めるために燃料をくべていた。

その翌日、David Wardは、ロンドン近郊のハンプトン・コート宮殿の向かい側にある「ユダヤ系病院で、少数のカトリック教徒の1人」として生まれた。Wardは自分の出生体重を正確に知らない。父親によると、彼の誕生のようすは「丸裸のウサギみたいだった」という。

第二次世界大戦の終結から間もないこの1週間に、イングランド、スコットランド、ウェールズで1万6695人の赤ちゃんが生まれた。保健師たちは、その赤ちゃんのほとんどについて、4ページもある質問表に、体重をはじめさまざまな詳細事項を記録した。父親の職業、家の部屋の数、同居人数(家政婦なども含む)、嫡出子か非嫡出子か、などである。このうち5000人余りに関しては、調査が続き、数年後にはファイルは厚く膨れ上がった。やがて、この子たちが学校に通い、成人し、中年になっても、身体測定が行われ、さらには、身体だけでなく精神面でも、思いつくほぼすべての方法で検査が行われた。

今年3月第1週、彼らは65歳の誕生日を迎えた。65歳という年齢は、英国では定年を迎える年であり、人生の節目に当たる。そのうえ、彼らは世界最長の出生コホート(同時期に生まれた統計集団)調査の対象でもあるのだ。このありふれた人々は今や、ある意味、地球上で最もよく研究された人々であり、科学的に最も価値ある集団となっている。なぜなら、健康状態と経済状態が一生涯にわたって追跡されており、生まれてから死ぬまでの人生に個人差が生まれる要因を調べることができるからである。

同世代集団の調査

現在、この調査は、National Survey of Health and Development(NSHD;全国健康発育調査)と名称を変え、英国医学研究会議(MRC)によって実施・運営されている。これまでの成果は、8冊の本と約600本の論文に報告されている。調査によって明らかになったのは、何よりも、幼少時の生活環境が非常に重要だということだ。「極論すれば、成人期の初期にどんな社会的地位にいるかは、どんな環境で生まれ育ったかに強く影響を受けるのです」と、Michael Wadsworthは話す。彼は、2007年まで30年近くにわたってこの調査を率いてきた。

社会経済的に恵まれた環境に生まれた子どもは、学業成績がよく、スリムな体形や健康を維持し、心疾患になりにくい。精神的にも健全で、少なくとも現在まで生存している傾向が強く見られた。(大学に進学してジャーナリズム界で成功をおさめたWardの父親は、ウォルサムストーを拠点とするドライクリーニング業で地位を築いていた。一方、Malvernは、5歳のときに父親が家を出ており、洋服はいつも着古しで、16歳で学校を中退してしまった。そして、教師になるための学費を母親が払えなかったことをひどく悔しがっている。)

上は1947年のDavid Ward。赤ん坊の彼は母親に抱かれ、そばに姉が立っている。下は1976年、息子と娘とともに。 | 拡大する

COURTESY OF D. WARD

こうした教訓は、1946年当時よりも現在のほうが一層切実だろう。当時は戦後の楽観主義が国中を覆い、英国政府は健全な学校教育や医療を全国民に行き渡らせるために、大がかりな教育改革や国民健康保険制度(NHS)の導入を進めた。だが1946年当時とは対照的に、昨冬は非常に荒涼とした雰囲気が漂った。学生たちは、大学の年間授業料を9000ポンド(約120万円)に引き上げる政府の計画に抗議して、デモを展開。また、政府はNHSの大幅な改革を計画し、予算削減によりさまざまな公的サービスが脅かされている。その中には、1946年コホートのデータが設立の推進力にもなった小児支援センターも含まれている。「こうした変化は強く憂慮すべきものです」と、現在NSHDを指揮するDiana Kuhは言い、自分は今、大学に行く自分の孫のために学資を貯めているところだと付け加えた。

「この調査は、疫学史の中でも特異で画期的なものです。対象者全員の人生を追い続けている唯一の調査であり、しかもまだ完了していないのです」と、コロンビア大学(米国ニューヨーク)でコホート研究を行っている疫学者Ezra Susserは話す。彼によると、人生で起こった出来事の積み重ねの結果として疾患が生じるという考え方を裏付けるには、コホート研究が不可欠なのだという。「誰かの一生をずっと追跡することで、疾患の発症機序に関する理解が大きく進むのです」。

現在、対象者は老齢期に入り、調査は、生涯の経験が老化をいかに加速もしくは減速させうるかを解明する貴重な手がかりとなる。これは、英国や米国など、急速に高齢化し疾病罹患率が増えつつある国々にとっては、切迫した問題である。2006年から2010年に270万ポンド(約3億6000万円)を投じて実施された最新のデータ収集では、調査対象者が現代可能なほぼすべての生物医学的検査を受けた。心エコー、血管機能測定、全身の骨・筋肉・脂肪のスキャン、血液検査はもとより、記憶力測定、さらには椅子からどのくらい素早く立ち上がれるかのテストまで行われた。これらのデータは、対象者が今後必ずたどる老化の経過を詳しく解析するための出発点となるものだ。

また、研究協力のネットワークも大きく膨らみつつある。ある研究チームは、遺伝子が生涯の経験とどのように相互作用して肥満や疾患を招くかを調べている。また別のチームは、対象者のゲノムにあるエピジェネティックな刻印を解析しようとしている。これは、DNA情報は変化させないが遺伝子の発現状態を変化させる分子レベルのゲノム修飾である。おそらく早産児の低体重や生活の格差によっても修飾を受けると考えられ、そうした差異が中年以降の人生に及ぼす影響を分子レベルで説明できるかもしれない。また、カリフォルニア大学アーバイン校(米国)の経済学者で、子どもの貧困の影響を研究しているGreg Duncanは、この追跡調査によって、「社会階級の活性成分とは何か」という疑問を解くヒントが得られるだろうと期待している。

1946年コホート調査がこれほど希有な存在なのは、血圧から遺伝子まであらゆる生物学データ間の関連性を引き出すことができ、しかも、調査対象者の人生が現在進行形であるからだと、研究のリーダーたちは言う。「彼らはまさに生きている、普通のヒトなのです」とKuhは話す。

母親の保護とよりよい教育のために

英国では、20世紀に入り、出生率低下と乳児死亡率の停滞を強く懸念する声が上がった。(Kuhの話によれば、当時のとらえ方は「どうやって大英帝国を維持するのか?」だった。)人口調査委員会は、出産・育児調査を行って、出産にかかる社会的・経済的コストのためにこれから親になろうとする人々が躊躇していないかを調べるよう提言した。その調査の責任者に任命されたのが、医師であり、第二次世界大戦中には空襲の犠牲者に関する大規模調査を指揮していた、James Douglasだった。

彼が新しく取りかかった調査は、現在の基準では倫理的に難しいものであり、計画の実施は悪夢のように大変で、非常にお金のかかるものだった。彼は、1946年3月のある1週間に出産した母親のもとに保健師を派遣してアンケートを取り、最終的には1万3687人の母親から回答を得ることができた。「それは常軌を逸した壮大なものでした」と、調査開始から30年以上経ってDouglasから責任者の役を引き継いだWadsworthは話す。

この調査結果を報告するDouglasの著書が世に出た1948年には、ベビーブームが本格化しており、出生率低下の心配はほとんど消えていた。しかし、その『Maternity in Great Britain(英国の出産・育児)』という本により、富裕層と貧困層で乳児生存率や産婦のケアに非常に大きな格差があることが明らかになり、センセーションが巻き起こった。その1つが、自宅で出産した女性のうち陣痛緩和法を受けたのはわずか20%で、貧困層が最もこの処置を受けていなかったことだ。このことが広く報道されると、助産師による陣痛緩和用のガスや空気の吸入処置を可能にする法案の国会提出に拍車がかかった。

Douglasは、この調査を、社会的不平等を明らかにしたり、新たに作られたNHSなどの福祉制度改革の効果を評価したりするためのツールに発展させようと考えた。なかでも、「1944年教育法」の成果を検証できる最高の武器が自分の手の中にあることを、Douglasは心得ていた。1944年法により英国では、生い立ちに関係なく成績優秀者をエリート校であるグラマー・スクールに入れるために、11歳を対象とする全国選抜試験(11+)が導入された。Douglasはこのコホート調査で、地理的にも社会階級的にも幅広い子どもたち(当初は1万3687人、最終的には5362人)をサンプルとして手にしていた。すでに、子どもたちの健康状態や成長その他のデータは定期的に記録されていたが、Douglasはさらに、子どもたちが8、11、15歳になった時点で認知能力をテストし、成績や学歴を追跡した。

貴重な才能の浪費

Douglasの調査の結果、中産階級の優秀な子どもたちは、同程度に優秀な労働者階級の子どもたちよりも、11+に合格したり学校での成績がよかったりする傾向が見られた。しかしながら、親の支援や教師に恵まれることで成績が向上する場合もあった。頭はよいが貧しい少年(当時、女子はあまり考慮されていない)が社会に埋もれてしまうことが、「才能の浪費」として知られるようになったのだ。当時の社会保障制度の設計者たちは、この調査結果に愕然とした。Douglasがこれらの結果を元に出版した2冊の本、『The Home and the School(家庭と学校;1964年)』と『All Our Future(我々すべての未来;1968年)』は教育学の必読書となり、1960年代の非選別式(試験で子どもを振り分けない)コンプリヘンシブ・スクールの導入に寄与した。

上は16歳のころのPatricia Malvern。下は51歳のころ、孫を抱いて。 | 拡大する

COURTESY OF P. MALVERN

Douglasが調査対象の進路について調べている最中にも、子どもたちはそれぞれの道を歩んでいった。無料で学校給食を受けることに引け目を感じていたMalvernは、11+の試験に受からなかった。彼女は、担任の教師が暴力的であったと非難し、風邪を引いて学校を休めるように寝具なしで眠るようにしていたと言った。また、教師が試験当日に「自分の頭を強打した」とも主張した。学校を中退した後、彼女はタイピングを学ぼうとチェルトナムにある政府通信本部(GCHQ)に行った。一方、Wardの父親は家の購入を計画し、母親はアイロンがけをしながらラテン語の語彙について彼をテストした。Wardは、学校の最上級2クラスの66人のうち11+に合格した4人の1人となり、彼と妹は親族内で初めて大学に行った。

1970年代に入って調査対象者たちが30代になると、Douglasは熱意を失っていった。対象者の教育や職業、社会的地位に関するDouglasの疑問の大半は解決し、引退を考えるようになっていた。疫学研究者たちは、病気や死亡の事例が出始めてまた関心を持てる時期まで、調査を休止すべきだと考えた。1962年以来プロジェクトに予算を割いてきたMRCも、このコホートを使って何をすべきか迷っていた。Douglasでさえ、プロジェクトはもう終わったと思っていたのだ。

三つ子の魂、百まで

だが、Douglasのチームに1968年に加わった社会疫学者Wadsworthにとって、プロジェクトはまだ終わっていなかった。「この人たちの一生の健康変化パターンに興味を覚えたのです」と、彼は言う。

Wadsworthは、1979年に調査の指揮を引き継ぎ、対象者が36、43、53歳になった際のデータ収集のための資金を提供するようMRCを説得した。そして、対象者全員の血圧、心肺機能、食事や運動などの身体能力や健康状態を評価することに着手した。幼少時の生活が、これらの指標にどう影響を与えたかを明らかにして、その結果から将来図を描きたいと考えたのだ。

実際、この調査データからいくつかの相関関係が浮かび上がった。1985年、Wadsworthらは、低体重で生まれた対象者は成人後の血圧が高くなっていることを報告した1。それは、胎児期および幼児期の成長が成人後の健康状態に影響を及ぼすという、後の疾病リスクを早期に予想するものだった。この関連性は、英国サウサンプトン大学の疫学者David Barkerによる、別のコホートの出生体重と健康に関する解析結果2から、「バーカー説」として知られている。Barkerは、低出生体重児は成人後に心疾患になるリスクが非常に高いことを見いだした人物である。

疾患との関連性は、1946年コホートを対象とした相次ぐ研究によって裏付けられ、乳幼児期の成長や発達状態と、認知能力や病弱さ、糖尿病、肥満、がんや統合失調症になるリスクといった成人の形質との間に、複雑に絡み合った結びつきがあることが明らかになった。「常にすべてが同じわけではありませんが、非常に“ノイズの多い”データの中に脈々と流れる長期的な関連性が見えてくるのです」とKuhは言う。「巨大児は乳がんになる傾向が高く、低体重児は握力が低くなる傾向がありました。また、生後の成長が速い赤ちゃんは、心血管疾患になるリスクが高いことがわかりました」。

今後の大きな課題は、これらの結びつきをどう説明できるかである。どの生体システムが幼児で重要なのか、また、彼らに記された「爪痕」がどのようにして消えずにいるのだろうか。考えられる答えの1つは、エピジェネティクスである。上述のように、エピジェネティクな変化は、人生の初期の出来事によってDNAに生じるメチル基などの化学的な修飾で、そのために遺伝子発現パターンが変化し、後々の疾患発生に関与すると考えられている。ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジのがん研究者Martin Widschwendterは、1946年コホートのDNAに数万か所あると思われるメチル化部位を解析して、出生体重と乳がんリスクの関連性を説明できるような変化を探し出したいと考えている。DNA情報と組み合わせることができる一生分の詳しい情報は、「こうしたコホートでしか実際に入手できませんから」とWidschwendterは話す。

大人になっての食生活と運動

ただしKuhらは、人の運命が幼少時代の生活によって固定されることはないと強調している。「私はこれらの知見を純粋な決定論として解釈すべきだとは思っていません」と彼女は言い、もっと楽観的な見解を取っている。つまり、疾患のリスクとは生涯で経験したことの積み重ねの結果であり、教育や食事その他の要因によって人生を上向きにできるというのだ。1946年コホートを対象とした認知研究を率いている疫学者のMarcus Richardsは、この集団から得られた結果が、ほかの多くの研究で裏付けられていると指摘している。それは、30代および40代に定期的に運動を行うと、加齢に伴う認知能力の衰えが鈍化するというものだ。「つまり、年を取って認知能力が衰えないようにできることや、それをどう行うべきかが、明確に示されているのです」と、Richardsは話す。

1980年代になると生活環境の持つ影響力が如実に現れた。戦後の配給時代に育った1946年コホートでは、現在の子どもたちと異なり、幼少時に太っていた者はほとんどおらず、成人してしばらくの間も健康な体重を維持していた。しかしその後、収入が増え、手頃な価格で外食できるようになり、車が移動手段になった。対象者が30代になったころ、肥満人口のグラフはじわじわと上向きになり、30代後半には急増した3。肥満化のペースは、社会経済的に低い階層ほどより速い傾向を示したが、肥満化を免れた社会階級はなかった。

Malvernも、こうした体重変化をたどった。彼女は1992年にルクセンブルクに転居し、学校の会計係を退職したころ、体重が徐々に増えた。転居時の体重は73kgだった。「2000年に帰国したとき、95kgもあってゾッとしたわ。パテやバゲット、チーズ、それにお客を料理でもてなしたせいね」と彼女は言う。当時、Malvernは更年期だったが、その後体重を減らした。一方、Wardは、ピーク・ディストリクト国立公園で暮らしているおかげで体形が保たれたと話す。「ここでは、どこへ行くにも坂を上り下りしないとならないんだよ」。

熟年期の調査

1946年コホートの女性たちが50代になったとき、さらに不思議なパターンが現れた。子ども時代の知能検査で成績のよかった女性は、悪かった女性に比べて、閉経の時期が数年遅くなる傾向が見られたのだ4。「われわれは、社会的・行動的なあらゆる側面をしらみつぶしに検討し、当時できるほぼすべての手段を講じて、その関連性を否定する材料を探しましたが、見つかりませんでした」とRichardsは話す。しかし、研究チームがもう一度よく検討してみたところ、意味がわかり始めた。幼少期の認知能力は、脳の発達具合を読み取る材料であり、ホルモンに反応したりホルモン産生を担ったりする一部脳領域の情報も含まれているというのだ。つまり、IQが高ければ、脳全体がよく発達していることになり、そのため、生殖がより長期にわたって維持されることになる。Kuhは、これに遺伝子が関与しているのかどうかを調べているが、「今のところ成果は出ていません」と話す。

やがて対象者の年齢が60歳に近づき、Wadsworthも研究職の定年に近づいた2005年、プロジェクトは再び危機に陥った。MRCは、資金提供を続けるかどうか、もし続けるとしても、プロジェクトの指揮を誰に委ねるべきかを思案していた。

結局、プロジェクトは継続し、Kuhが指揮を引き継いだ。彼女は経済学が専攻だったが、Wadsworthが収集した生物医学データを強化・発展させたいと考えた。それまでは、対象者の家ですべての試験や検査を行っており、看護師たちがたくさんの重い装置を持って訪問していた。そこでKuhは、対象者の生理状態や生物学的状態を本当に理解するためには、本人に医院に来てもらう必要があると主張した。「無料で骨のスキャンを受けられれば、誰でもラッキーと思うでしょう」と彼女は言う。Kuhは2008年までに、国内各地の協力医院に出向く対象者全員に、MRCが訪問にかかる諸経費を支払うように手配した。また、専用の研究ユニットも設立した。

そうした経緯で、Wardは検査のためにマンチェスターの医院に出かけ、脊椎に骨粗鬆症の兆候があることや、両目を閉じて片足で長く立っていられないことを知った。「普通なら体が揺れるところだが、私はその場で片足跳びして終わったんだ」。彼は、「重大な課題」として用意しておくべきだった「食事日記」のことを思い出す。「ワインをもう一杯飲んでしまったとか、ケーキを余分に一切れ食べたとか、自分では認めたくないものだよ。でも先生たちから、ちょっと待って、これは科学ですよと言われ、真実を話してしまうんだ」。

この調査には現在、25人前後の常勤研究者および支援スタッフと、100人の共同研究者がかかわっており、今もまだ、数千人の対象者に関してデータをまとめる作業をしている。「現在、このコホートは世界で最も遺伝子型の解読された集団の1つです」とKuhは言う。Kuhは、最近、論文を発表したところであり5、共同研究を希望して待機している疫学者や遺伝学者などの数がまた増えることが予想される。

今後、このコホートは高齢化し病気がちになっていくと考えられる。Kuhらは、対象者の健康状態を観察し続け、幼少時の環境や経験の影響を探り続けるだろう。「今後の大きな1つの疑問は、老齢期に入ると、中年期に見られた幼少時環境の人生への影響が薄れていくのだろうか、ということです」とKuhは言う。反対に、一部の疫学者が予想するように、そうした影響は年を取るにつれてより色濃く出ることも考えられる。

Kuhはまた、ゲノム解析やその他の生物医学的解析をいかにうまく利用するかも思案中である。少なくともある調査から、このコホートの生涯データを遺伝学と組み合わせることの威力が示されている。昨年、統計学者Rebecca Hardyは、FTOおよびMC4Rという今話題の2つの遺伝子の多型(バリアント)が、肥満のリスク因子であることを明らかにした6。1999年にコホートから採集したDNAを解析したところ、これらの遺伝子に多型があると肥満度指数(BMI)が成人前期の段階で増大し、その後、高齢になるにつれてBMIが低下するという関連性が見られたのである。おそらく、これまで、この2つの遺伝子が食欲や脂肪蓄積に及ぼす影響は、1980年代の肥満を促す種々の影響に埋もれてしまっていたのだろうと、Hardyは考えている。この可能性は、さらなる肥満関連遺伝子群を検査すれば、よりはっきりするだろう。

Kuhはこれまで、対象者の保護や入手しているDNAサンプルに限りがあったことから、最新の分子生物学の手法について細心の注意を払ってきたと話す。「特にデータ配布に関しては、非常に大きな責任を負っていると感じています」と彼女は言う。「外部の研究者たちは、自分たちにコホートのデータをすべて渡してもらえれば、さっさと作業を終わらせて、何百万もの関連性を見つけ出してみせますよ、という態度をよく示します。そんなとき私は、なるほど、それはとても面白そうだけど、仮説を持って出直していただけるかしら? と申し上げるのです」。とはいえ、Kuhは、この調査に関する5年ぶりのMRCの総説論文を2012年に出す計画を取りまとめており、どうやって新しい手法を組み込むかが「重要になること」は承知している。DNA塩基配列解読のコストが下がり、対象者のゲノム全域の解析も当然行うことになるだろうと、彼女は認識している。「問題は、最もよい実施時期はいつなのか、また、これで何がわかるのかということです」。

人の「一生」に寄り添う調査

現在、Kuhにはもっと差し迫った心配事がある。それは、65歳の誕生パーティーが5つ開催されることだ。そこで互いに初めて出会う対象者もおり、彼女のちょっとした不安の種になっている。Wadsworthも、50歳および60歳の誕生日イベントの開催を検討したが、そうした懇親会によって対象者の人生が何らかの影響を受けてはまずいと考え、見送った。「われわれは、参加者が妻や夫の元を去って、この集団の誰かと一緒になる可能性まで考えたんですよ」と彼は話す。しかしKuhは、対象者を知り、ねぎらうことは、そうしたリスクを冒すだけの価値があると判断した。(彼女はバッキンガム宮殿宛てに、対象者たちを王室の園遊会に招いていただくようお願いする書簡も出した。)

WardとMalvernは、自分がコホート調査に参加していることをうれしく思っている。「この調査は私にとって、ちょっとした誇りになっています。おねしょだって情報になるんですよ。おねしょに関する国の情報保管庫に、私がどれほど貢献したことか」とWardは話す。2人はどちらも、自分たちが死ぬまで研究者たちに監視されても構わないと思っている。「この調査は、人が死ぬ運命にあり、永遠には生きられないことを受け入れる助けになると思います」とWardは言う。

これまでに対象者のおよそ13%が死亡しており、調査はすでに余生の段階に入っている。Kuhは、生存率のグラフをいくつか見せてくれた。グラフからは、60歳まで生きた対象者の割合が、父親の社会階級によって異なることがわかる。また、別の興味深い相関関係もグラフに現れていた。裕福な家庭出身の女性たちの死亡率は、ほかの小集団すべてのおよそ半分なのだ7。これについては、低い喫煙率などの明白な要因とはまだ関係付けられていないが、Kuhは、彼女たちは戦後の英国に生まれた教育や健康の機会を生かして自身を向上させたのだろうと推測している。「女性たちは、ちゃんと教育を受ければ、生活を向上させられるのです」。

さらに言えば、1946年出生コホート調査は、対象者が女性であれ男性であれ、また、恵まれた家庭に生まれても貧しい家庭に生まれても、全員に永遠の名声を与えてくれた。彼らの生きた証は、液体窒素で冷凍した細胞系列内に保存されたDNAとして、また、パンチカードからコンピューターデータへと媒体を変えて残っていく。「人の思い出がいずれ消えてしまうことはよくご存じでしょう。でも、この記録保管庫には、自分の分身が存在し続けるのです」とWardはいう。「私はこれを、なんとしても手に入れたいと思うくらいの、“もう1つの自分史”と呼んでいます。」と彼は言い添えた。

「カード&電話」作戦―長期間、対象者をつなぎ止めるには

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H. PEARSON/M. DUNHAM/NATURE

英国では、1958、1970、2000年にも出生コホート調査が開始され、暫定的にもう1つ計画されている。米国でも、全国子ども調査(National Children’s Study)により、約10万人の子どもを出生前から21歳まで追跡しようとしている。しかし、ほかのコホート調査は、官僚間の対立や莫大なコスト、持続的な資金提供の不足によって頓挫してしまった。Kuhによれば、1946年コホート調査が生き残っているのは、組織の自立性が高く、リーダーたちが献身的で、予算も比較的少ないおかげだという。

1946年コホート調査は、対象者との強い人間関係の構築が非常に重要なことも示している。研究チームは毎年対象者に、自分たちの署名と最新の調査結果に関する情報を記したバースデーカードを送っている。Malvernは、そのカードが自分にとってすごく大事なものだと話す。「何年か経つうちに私は、研究チームのことを知っているような気がし始めたの。でも、一度も誰にも会ったことはないのよ」。ある年のカードには夕日が描かれていたため、自分たちが人生の黄昏に入ったことを暗に言いたいのかと文句をつけた対象者がいた。Kuhたちは、そうした不満の声にも個人的な手紙や電話で対応している。Kuhは、集団の人数を当初の80%に維持するには、こうした人間関係が非常に重要であると話す。

しかし、成功の要因の中には、現在では再現不可能なものもある。1946年当時は、参加者の募集や同意は現在よりずっと簡単だった。「もし誰かが進んで来れば、それは参加に対する同意を意味していましたし、人々には不参加という選択は念頭になかったでしょう」とKuhは話す。一方で、時代的な制約もあった。最初の何年かは、金銭やセックスに関する質問は御法度で、非嫡出子は調査対象から外され、妊娠中の喫煙の有無を質問することもできなかった。「厚生大臣が兵士に喫煙を勧めていた」くらいだったからだ。「しかし、それもまた科学の歴史の一部なのです」。

H.P.

(翻訳:船田晶子)

Helen PearsonはNatureの特集記事編集長。

参考文献

  1. Wadsworth, M. E. J., Cripps, H. A., Midwinter, R. E. & Colley, J. R. T. Br. Med. J. 291, 1534–1538 (1985).
  2. Barker, D. J. P., Osmond, C., Winter, P. D., Margetts, B. & Simmonds, S. J. Lancet 334, 577–580 (1989).
  3. Li, L., Hardy, R., Kuh, D., Lo Conte, R. & Power, C. Am. J. Epidemiol. 168, 1008–1015 (2008).
  4. Kuh, D. et al. Menopause 12, 475–482 (2005).
  5. Kuh, D. et al. Int. J. Epidemiol. 40, e1–9 (2011).
  6. Hardy, R. et al. Hum. Mol. Genet. 19, 545–552 (2010).
  7. Kuh, D. et al. Soc. Sci. Med. 68, 1565–1573 (2009).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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