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1つにつながった老化の理論

老化は気付かないうちに進行し、体に多種多様な影響を与え、多くの臓器の機能が徐々に低下していく。よく知られている老化の理論では、核とミトコンドリアという2つの細胞小器官で起こる「損傷」が関与しているとされる。しかし、この一見異なる多数の細胞過程の間につながりがあるのかどうかについては、よくわからなかった。このほど、細胞老化についての統一的機構が、SahinらによってNature 2011年2月17日号に報告された。

年をとるにつれて、染色体の損傷は増加する2。しかし通常、染色体の損傷は、テロメア(染色体末端の特徴的な繰り返し配列のDNAと核タンパク質からなるキャップ様構造)により防止されている。このような損傷防止機能が働かなくなると、標準的な細胞応答が開始し、DNA修復装置が活性化される。この細胞応答には、p53タンパク質が関与しており、p53によってDNAの複製や他の細胞増殖過程が停止する。そして損傷を修復できない場合には、損傷を受けた細胞にアポトーシスを誘導することで細胞死を引き起こす。このように老化のテロメア理論は、テロメア機能が徐々に失われることで慢性的にp53が活性化され、そのために細胞増殖が停止し、細胞死が引き起こされるというものだ。この理論によれば、血液細胞のような細胞交替率の速い細胞では、老化は有害な影響をもたらすと考えられる3

ミトコンドリアは主要なエネルギー産生細胞小器官で、いわば細胞の「発電所」である。1つの細胞に何百個も存在することがあり、ミトコンドリアDNAには、ミトコンドリアRNAやミトコンドリアタンパク質の一部がコードされている。老化のミトコンドリア理論とは、ミトコンドリアDNA内に変異が徐々に蓄積して発電所が機能できなくなり、「停電」が引き起こされるというものである4,5。これにより、心臓や脳のように再生能がほとんどない臓器(静止組織)の非増殖細胞では、特に老化により深刻な影響を受けると予測される。最近の研究6からも、ミトコンドリアの機能や数を調節する主要な因子の活性が老化とともに低下し、さらにミトコンドリア機能を障害することが示唆されている。

今回、Sahinら1は、核の老化過程とミトコンドリアの老化過程の間に興味深いつながりがあることを明らかにした。これまでの研究7から、テロメアの機能が徐々に低下するように遺伝子操作したマウスでは、増殖細胞での老化が原因とされる多くの障害が見られることがわかっている。Sahinらは、このマウスには、核内での過程による老化の特徴に加えて、ミトコンドリアの機能不全も観察されると報告している。これは、ミトコンドリア機能を調節する主要な因子、PGC-1αおよびPGC-1β8の活性が低下した結果であると考えられる。さらに、テロメア機能が異常なマウスでは、心不全や肝機能障害など、ミトコンドリアの老化が原因とされる多くの特徴も認められた。PGC-1因子の不活化が静止組織でのミトコンドリアの老化の一因となることが強く疑われており9、Sahinら今回の報告は妥当なものだと考えられる。

図1:核、ミトコンドリアおよび老化
年をとるにつれて核のテロメアが損傷し、さまざまな作用を持つp53の活性化が引き起こされる。増殖細胞では、p53は細胞増殖とDNA複製の両方を停止させ、さらにアポトーシスを誘導することで細胞死を引き起こすと考えられる。Sahinら1は、p53がミトコンドリアのPGC-1の発現を抑制することで、ミトコンドリアの機能低下や数の減少を引き起こし、ミトコンドリアが豊富な静止組織の老化に伴う機能不全を引き起こすことを報告している。これとは別に、PGC-1活性の喪失によるミトコンドリアの異常は、活性酸素種(ROS)などの毒性のある中間産物の産生閾値を低下させる可能性がある。ROSはミトコンドリアDNAに損傷を与えることで、さらにミトコンドリアの機能を障害するという悪循環に陥らせると考えられる。

それなら、核でのテロメアの異常がどのようにミトコンドリアのPGC-1タンパク質を不活化するのだろうか? どうやら、テロメアの機能異常によるp53の活性化10が関与しているようだ。Sahinらは、テロメア機能が異常なマウスでは、p53の活性化がPGC-1遺伝子の発現を直接抑制することを発見した。また、このマウスでp53の発現レベルを低下させると、テロメア機能の異常に関連したPGC-1抑制が回復することもわかった。そのうえ、p53の発現レベルが低いと、代謝性心筋症における心機能不全が改善し、肝臓の代謝能が上昇することが明らかになった。これらの興味深い結果から、核の老化に伴う変化がミトコンドリアの機能不全を引き起こすという統一的機構が示唆される。この機構は、増殖組織だけではなく、心臓のような静止臓器にも当てはまる(図1)。しかし、興味深い発見には、多くの疑問がつきものである。

例えば、p53はミトコンドリアの機能を高めることも知られている。あるがんでは、p53の欠損はミトコンドリア機能の低下と関連しているのだ11。この知見はSahinらの発見と矛盾しないのだろうか? あるいは、p53がミトコンドリア機能に与える効果は細胞種によって異なるのだろうか?

また、これらのデータは細胞老化についてのミトコンドリア理論(ミトコンドリアDNAに生じる変異が老化の最初の出来事であるとする理論)にどのようにかかわっているのだろうか? 現在の研究からは、この「核が先か、ミトコンドリアが先か」という「にわとりの卵」問題に決着をつけることはできないが、老化の問題からミトコンドリアDNAの損傷を除外することはできない。PGC-1機能の障害によって毒性のある活性酵素種の産生が引き起こされる可能性があり、活性酸素種によってミトコンドリアDNAに変異が引き起こされるとも考えられるのだ(図1)。

さらに、今回見つかった1テロメアとミトコンドリア応答との関係は、生物の環境への適応応答であるのか、それとも逆に不適応な応答であるのだろうかという疑問もある。一見すると、ミトコンドリア機能の低下は生物に有害な応答と考えられる。しかしながら、機能不全に陥ったミトコンドリアを機能させ続けると、逆に細胞損傷や細胞死が引き起こされるかもしれない。そこで、PGC-1因子の不活化により、ミトコンドリアが「休止状態」になるとは考えられないだろうか? つまり、休止状態にすることで、細胞が老化ストレスを原因とするさらに悪い結末である「死」に至ることを防いでいるのではないだろうか? 今後、論理的な概念実証研究によって、心不全、インスリン抵抗性および神経変性疾患などの老化関連疾患を防止する方法が開発されれば、この疑問の答えが見つかるにちがいない。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110528

原文

Ageing theories unified
  • Nature (2011-02-17) | DOI: 10.1038/nature09896
  • Daniel P. Kelly
  • Daniel P Kelly、サンフォード・バーナム医学研究所(米国)。

参考文献

  1. Sahin, E. et al. Nature 470, 359–365 (2011).
  2. Hastie, N. D. et al. Nature 346, 866–868 (1990).
  3. Lee, H.-W. et al. Nature 392, 569–574 (1998).
  4. Balaban, R. S., Nemoto, S. & Finkel, T. Cell 120, 483–495 (2005).
  5. Wallace, D. C. Annu. Rev. Genet. 39, 359–407 (2005).
  6. Finley, L. W. S. & Haigis, M. C. Ageing Res. Rev. 8, 173–188 (2009).
  7. Wong, K.-K. et al. Nature 421, 643–648 (2003).
  8. Lin, J., Handschin, C. & Spiegelman, B. M. Cell Metab. 1, 361–370 (2005).
  9. Arnold, A.-S., Egger, A. & Handschin, C. Gerontology 57, 37–43 (2011).
  10. Chin, L. et al. Cell 97, 527–538 (1999).
  11. Matoba, S. et al. Science 312, 1650–1653 (2006).