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第三の光受容細胞

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110520

原文:Nature (2011-01-20) | doi: 10.1038/469284a | Seeing without seeing

Corie Lok

眼の光受容器といえば、10年前までは桿体細胞と錐体細胞だけだった。ところが第三の光受容細胞があることがわかり、いま、視覚における知識革命が起こっている。

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K. Snibbe/Harvard Univ.

Russell Fosterは、最初の被験者となった87歳の女性のことを今も鮮明に覚えている。彼女は、光を感じる視細胞である桿体と錐体が遺伝疾患のために変性し、50年前に失明していた。彼女自身、自分は何も見えないと信じていた。その日は、暗室内に座って、バックライトで照らされた曇りガラスに顔を向けてもらっていた。そして暗室内の光を青色に変化させたとき、彼女は少しためらった後、「何か光を感じます」と答えたのだ。

「これには心底びっくりしました」と、オックスフォード大学(英国)で神経科学研究に携わるFosterは打ち明けた。この知見は2007年に論文として報告され1、彼はその代表著者の1人となった。

Fosterの研究チームは、この女性患者に対して失明治療をいっさい行っていなかった。彼女が光に気付いたおかげで、新しい種類の光感受細胞を2002年に発見することができたのだ。それ以来、この内在性光感受性網膜神経節細胞(ipRGC)と呼ばれる細胞群の研究から、多くの意外なことが明らかになっている。

当初、これらの細胞は視覚には関与しておらず、代謝や行動の24時間周期を設定する概日時計を、昼夜の光量変化に同期させているだけだと考えられた。ところが最近の研究で、ipRGCの働きはそれだけでないことが示唆されている。ipRGCは、図形パターンの識別やまぶしさの調整(輝度変化への対応)といった視覚にもかかわっている可能性があり、また、周囲の光が学習や記憶などの認知過程に影響を及ぼす現象にも関係しているようだ。

桿体細胞も錐体細胞もないマウス

過去100年の間、視覚研究の対象は、主として桿体と錐体という2種類の光受容細胞に絞られてきた。こうした事情もあって、第三の光受容細胞の存在を示す最初の証拠を見つけたのが、視覚とは畑違いの概日生物学を研究していたFosterだったのだ。1990年代初め、Fosterはバージニア大学(米国シャーロットビル)の自身の研究室で、時間とともに変性していく網膜を持つ変異マウスを用いて、概日性の光に対する反応を調べていた。そして、このマウスは、正常な網膜を持つマウスと全く同じ反応を示し、両者の違いが区別できないことに気付いた。一方で、眼を摘出したマウスでは、これらとは異なり、体内時計に対する光の影響は皆無だった2

この知見に対して、最初は懐疑的な意見が強かった。Fosterは、話しかけた相手に立ち去られる経験を何度もしたという。批判派は、実験に使った変異マウスには一部の桿体細胞や錐体細胞がおそらくまだ残っていて、そのせいで体内時計を調整できたのだろうと主張した。そこで1999年に、すでにインペリアル・カレッジ・ロンドンに移っていたFosterは、錐体細胞を欠失させた遺伝子操作マウスと、桿体細胞が変性・退化した変異マウスを交配し、どちらの光受容細胞も持たない仔マウスを作った。その結果、マウスに「眼」があるかぎり、正常な概日リズムが見られることが明らかになったのだ3,4

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翌2000年、大学院生時代にFosterの指導を受け、現在はバージニア大学(米国)にいるIgnacio Provencioが、マウスと霊長類の眼の神経節細胞層で、光感受性分子であるメラノプシンを発見した5。当時、この細胞層は、桿体細胞や錐体細胞から脳へ信号を単に中継する網膜細胞ネットワークにすぎないと考えられていた(右図参照)。しかし、メラノプシンという「光感受性色素」が存在するという事実は、神経節細胞層の一部の細胞が光も感じ取っており、第三の光受容細胞として働いている可能性を示唆していた。そこで、これらの細胞を単離して、桿体細胞や錐体細胞からの入力がなくても光に反応して活性化することを示そうと、研究者たちはしのぎを削ることになった。

この競争は2002年に終わった。ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルチモア)の神経科学者Samer Hattarの研究チームが、マウスの神経節細胞層にある細胞の1%が、青色光に最も感受性のあるメラノプシンを発現していることを見つけたのである6。また、ブラウン大学(米国ロードアイランド州プロビデンス)の神経科学者David Bersonの研究チームは、これらの細胞、すなわちipRGCは、独自に光を感知しており、脳内ペースメーカーである視交叉上核まで軸索を伸ばしていることを明らかにした7。これら2つの論文は懐疑派を納得させるのに多いに役立った、とワシントン大学(米国シアトル)の神経科学者で眼科医のRussell Van Gelderは話す。「2002年になって、ようやく本格的な研究に踏み出せたのです」。

研究者たちは、眼にある3種類の光受容細胞がそれぞれどのような役目をしているかを調べるため、各細胞からの入力を選択的にブロックできるモデルマウスの開発に取りかかった。しかし、これらの細胞は種類ごとに仕事をきれいに振り分けているわけではなく、さまざまな条件下で役割を交代しているようにみえる。

低光量の条件下では桿体細胞が体内時計をセットできることが明らかになったが、一部の研究グループによれば、異なる条件下では錐体細胞が同じ仕事を行えるという。それよりも意外だったのは、ipRGCが視覚に関与している可能性があるとわかったことだ。Hattarの研究チームは、マウスでipRGCに蛍光標識して、これらの細胞が脳へ伸ばした軸索を追跡した。その結果、ipRGCは予想以上に広い脳領域へ軸索突起を伸ばしており、その領域には視覚情報処理に関与する中枢部分、すなわち外側膝状体背側核(LGN)と上丘も含まれていることがわかった。また、機能する桿体細胞と錐体細胞を持たないがipRGCは損なわれていないマウスが、視覚試験でいくつかの模様を見分けられることも示された8

これは不可解な話だ。光量の変化に対するメラノプシンの反応は秒単位のゆっくりしたものであり、変化の速い空間情報を伝えるには限りがある、とマンチェスター大学(英国)の神経生物学者Robert Lucasは言う。彼の研究チームは、メラノプシン遺伝子を欠失して光感受性のないipRGCを持つマウスでは、LGNにあるニューロンのほぼ半数で、光に対する反応が損なわれていることを見つけた。このマウスは、特に日中の光量範囲に当たる背景の光量差を、見分けることができなかった。したがって、ipRGCは輝度(単位面積当たりの明るさの程度)に関する情報を符号化できるのではないかと考えられた9

現在は、ipRGCと桿体細胞が補い合って、広範な輝度のレベルに眼や脳が対応できるよう協力していると考えられている。この2種類の光受容細胞が、こうした特殊な方式で仕事を分担している理由はよくわかっていない。例えば、ipRGCの青色光に対する感受性のおかげで、夜明けや夕暮れの訪れを察知するのにより適するようになっている可能性もある。

青色光の利用への懸念

第三の光受容細胞は、夜明けの青い光の感知などにも関係しているのかもしれない。 | 拡大する

ISTOCKPHOTO

ipRGCは、視覚や概日リズム以外の生体現象にも影響を及ぼしていると考えられている。睡眠、片頭痛、季節性の不調といった多くの生理反応は、光と関連することがわかってきており、近年、これらの反応がipRGCの活動とも関係することが示されている。「生理活動全般が、多かれ少なかれ光の影響を受けているのでしょう」とProvencioは話す。

学習能力や記憶能力が特定の光条件下で向上する可能性もある。Provencioの研究チームは、2010年、恐怖学習のモデルマウスに対する光の影響を示すデータを公表した。マウスには、弱い電気ショックと音の合図を組み合わせて恐怖の条件付けをした。光がある中でこの恐怖を学習したマウスは、暗闇で条件付けしたマウスよりも、合図の音に反応してより長い時間、体をこわばらせていた。この増強効果は、遺伝子操作で桿体細胞と錐体細胞を欠失したマウスでは見られなかったが、メラノプシンを欠失したマウスでは見られたため、桿体細胞と錐体細胞が、光で増強される学習を促進していると考えられる。しかし、ProvencioたちはipRGCの関与の可能性をまだ排除していない。ipRGCは、眼から視覚にかかわらない脳中枢部へも情報を伝えており、そこには恐怖反応にかかわる領域も含まれているからである。

Hattarの未発表データでは、マウスの睡眠・覚醒サイクルのさまざまな時点でメラノプシンを光で活性化すると、たとえマウスが正常な概日リズムを持っていても、学習や記憶が損なわれることが示唆されている。これは、体が想定していない時間帯に光に当たると混乱が生じることを意味していると思われる。さらに、マウスに比べてipRGCの割合が少ないヒトに関しても、これらの細胞が生理や行動にどう関与しているかが明らかになり始めている。ブリガム・アンド・ウィメンズ病院(米国マサチューセッツ州ボストン)の神経科学者Steven Lockleyの研究チームは、健康な被験者16人に青色または緑色の光を6.5時間当てたときの反応時間を調べた。ある音が聞こえたら報告するという課題では、青色光を当てた被験者のほうが反応時間は短く、注意力の欠如も少なかったのだ10

Lockleyによれば、こうした各種の研究は、最終的に、特定の波長や強さの光、さらには図形や模様を用いて脳内経路を活性化したり、気分、睡眠、知的能力を改善・向上させたりするような「より健康的な光」を生み出すのに役立つだろうという。「この研究によって、光治療の分野はもちろんのこと、一般的な光の利用に関しても、全く新しい分野が切り開かれるはずです」とLockleyは話す。

特定の周波数の光は、有用な効果を及ぼすこともあるが、健康を害する可能性もある。Lockleyは、光工学および神経科学の研究者や眼科医からなる「青色光グループ(Blue Light Group)」という名のチームとともに研究を続けている。彼らは2010年の夏に、安全性の問題、特に青色光に関する問題を議論するために初めて集まった。青色光を過剰に浴びることが、黄斑変性症として知られる一種の失明状態にかかわってくるのではないか、という見方があるからだ。発光ダイオードはエネルギー効率の高い優れた発光技術だが、その大半は青色光を多く含んでいる、とリーダー役のカリフォルニア大学デービス校(米国)の材料科学者Charles Huntは指摘する。発光ダイオードが広く使われるようになると、健康問題が生じる可能性も捨てきれない。

ヒトは自然光の下で生活するよう進化してきたのだ、とVan Gelderは話す。「我々は、進化の過程で接したことのない波長の光を世界に持ち込み、その利用を広げることで、自身の健康に何らかのダメージを与えつつあるのではないでしょうか」と彼は問いかける。Huntは、新しい種類の照明の登場を考えると、とにかく真実を突き止めることがまず大事で、「早急に答えを出す必要があります」と語った。

(翻訳:船田晶子)

Corie Lokは、Natureのリサーチハイライト担当編集者。

参考文献

  1. Zaidi, F. H. et al. Curr. Biol. 17, 2122–2128 (2007).
  2. Foster, R. G. et al. J. Comp. Physiol. A 169, 39–50 (1991).
  3. Freedman, M. S. et al. Science 284, 502–504 (1999).
  4. Lucas, R. J., Freedman, M. S, Muñoz, M., Garcia-Fernández, J. M. & Foster R. G. Science 284, 505–507 (1999).
  5. Provencio, I. et al. J. Neurosci. 20, 600–605 (2000).
  6. Hattar, S., Liao, H.-W., Takao, M., Berson, D. M. & Yau, K.-W. Science 295, 1065–1070 (2002).
  7. B erson, D. M., Dunn, F. A. & Takao, M. Science 295, 1070–1073 (2002).
  8. E cker, J. L. et al. Neuron 67, 49–60 (2010).
  9. B rown, T. M. et al. PLoS Biol. 8, e1000558 (2010).
  10. Lockley, S. W. et al. Sleep 29, 161–168 (2006).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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