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心を光で診断する

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110416

原文:Nature (2011-01-13) | doi: 10.1038/469148a | Thought experiment

David Cyranoski

日本の医療機関では、精神疾患の診断の補助に、近赤外線イメージング技術を利用するようになってきている。批判派は、この技術を臨床に使う準備が整っているかどうかが疑問だという。

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Y. AOYAMA

東京の繁華街にあるビルの、精神科医たちで埋まった一室で、私は、自身の心の健康状態を評価してもらうことになった。心の中を探るような質問はいっさいされず、代わりに、水泳帽に似た奇妙な装置を頭にかぶった。それには多数の赤と青の「ノブ」が互い違いに配置され、それぞれにケーブルがつながっている。スイッチを入れると、17個の赤いノブから発した近赤外線が、私の頭の表面から2~3cmの深さの脳まで達し、そこで血液のヘモグロビンに吸収もしくは散乱される。16個の青いノブは光検出器で、散乱して表面に返ってきた近赤外線を拾い上げる。このシステムを操作する研究者たちは、得られるシグナルの中に、うつ病や双極性障害(躁うつ病)、統合失調症と正常な精神状態を区別するための手がかりが隠れている、と話す。

すでに1000人以上がこの計測装置の被験者になっている。近赤外線分光法(NIRS)と呼ばれる技術を基盤にしたこの検査システムは、群馬大学医学部附属病院(前橋市)の精神科医、福田正人らと株式会社日立メディコ(東京都千代田区)が共同開発したものだ。2009年4月には、「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」として、厚生労働省の「先進医療」に認可された。それ以降、300人を超える患者が、自費で1万3000円の診療費を払ってこの検査を受けている(認可以前は、被験者の大半は研究に参加するという形で検査を受けていた)。日本で診断にNIRS神経イメージングを取り入れている先進的な研究機関の病院は現在8か所あるが、その1つである東京大学医学部附属病院では、この検査の需要があまりに多いため、2度にわたって予約の受付を中止した。群馬大学病院では予約が3月末までいっぱいで、「希望が多すぎて対応しきれない状況です」と福田は話す。

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ISTOCKPHOTO

NIRSの魅力は、精神疾患の迅速かつ明確な診断が期待できることだ。さまざまな精神疾患は、症状が非常に似通っているために、誤った診断を下したり全く診断がつかなかったりすることも多い。例えば米国の研究では、双極性障害患者の約70%は初回に誤った診断を受けていることが明らかになっている1,2。また、患者の側では、例えば休職が必要な理由を説明するような場合に「何かはっきりとわかるデータを希望されます」と福田は話す。

NIRSは、信頼性と臨床現場で日常的に使える簡便さとを兼ね備えた、精神の健康状態を客観的に計測できる装置と言えるかもしれない。福田によれば、この装置は、肺炎の診断に使う胸部X線検査や、心臓疾患を確定するのに使う心電図と同じくらい、診断の助けになりうるという。しかし、福田や日本の一部の医師たちを除けば、この技術を認めている研究者は非常に少ない。

批判派によれば、臨床でのNIRSの利用を認めるには、これまでの研究報告の数が少なく、規模も小さく、臨床応用を保証するような実験計画となっていないという。「研究の話題性という点では注目されますが、研究データは十分な説得力があるものではありません」と、玉川大学(東京都町田市)の神経科学者、春野雅彦は話す。イリノイ大学(米国シカゴ)の神経科学者John Sweeneyは、さまざまな脳モニター技術と統合失調症などの疾患を結びつける研究を20年間続けており、「誰もが満足するくらい妥当性を検証できたものはまだありません」と言う。また、NIRSはそうした技術の中でも一番あとから出てきたものだと彼は述べ、「まだ薄くて、踏むとすぐに割れる氷のようなものです。患者やその家族に、この種の検査をすべきだと言う段階に達しているとはとても思えません」と話す。

まだ新しい技術ゆえに

私はこのノブだらけの装置を頭にかぶり、十字マークの画面をじっと見つめ、スピーカーから提示されるそれぞれの語音で始まる単語を口に出した。しかし、精神科医や神経科学者たちが見守っているせいもあって、単語がすぐに思い浮かばない。彼らは2か月ごとに、日本各地からやってきてNIRSの結果や戦略をここで議論しているのだ。

NIRSが研究の場に導入されたのはおよそ15年前で、機能的磁気共鳴イメージング(fMRI)や脳波記録検査(EEG)と比べるとかなり新しいが、日本ではNIRSの臨床応用に向けて研究が急ピッチで進んでいる。NIRS測定装置の二大メーカーはどちらも日本企業であり(日立メディコと京都に本社のある株式会社島津製作所)、NIRSを用いた精神疾患についての研究論文の2/3は日本発である。

NIRSは、血中ヘモグロビンが他の生体組織よりも近赤外線スペクトルの光を吸収することを利用している。脳のある領域の神経細胞の活動が活発化すると、そこへの血流が増大する。そこで、ヘモグロビン濃度変化をモニターすれば、部位特異的な血流状態を読み取ることができ、神経細胞の活動状態を知ることができる3。福田のNIRS装置は、大脳の前頭葉と側頭葉の検討に重点を置いたもので、これらの脳領域は、精神疾患に見られる各種の症状に関係するとみられている。したがって、それぞれの疾患と関連する特徴的な血流パターンがわかれば、それを診断の補助に使えることになる。

NIRSはfMRIと比べて、正確さや測定部位の深さの点では劣っている。fMRIは、血流変化を脳全域にわたってピンポイントでとらえることができ、その空間分解能ははるかに高い。しかしNIRSは、fMRIに比べて価格が安く、持ち運びも可能である。また、被験者は椅子に座ったままで検査を受けることができ、fMRI装置の場合のように、巨大で音もうるさくイライラするような筒の中で我慢する必要もない。つまりNIRSは、子どものようにじっとしていられない被験者や、精神病状態にあったり不安があったりする患者に使いやすいということだ。

これらの利点のおかげで、近赤外線イメージングは世界の脳研究者の間に徐々に浸透してきた。この技術の米国最大のメーカーであるNIRx Medical Technologies社(米国ニューヨーク州グレンヘッド)の製品は、自閉症から脳マシン・インターフェースまで、幅広い分野の研究で使われるようになってきている。日立は最近、同じ部屋内で互いにやりとりする4人の脳をワイヤレスで解析できる、汎用型装置を出した。

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SOURCE: M. FUKUDA ET AL. IN: FUKUDA M. (ED) NIRS AND PSYCHIATRIC DISORDERS (NAKAYAMA SHOTEN, 2009)

一方で福田は、この技術を診断へ応用することに力を入れてきた。痩身銀髪の彼は、考え深げに話し、NIRSとその診断補助能力に自信を持っている。彼が簡単なNIRS装置を使い始めたのは1997年だ。当時、東京大学で講師を務めており、それまでは脳波を使って研究をしていた。それ以降、福田はさまざまな疾患をもつ患者の脳の活動を計測し、うつ病や双極性障害、統合失調症の患者について、10~20人の集団全体を平均した場合に、特徴的な脳活動パターンが見られることを報告した4,5。福田は得られたデータをグラフにまとめ、各課題の60秒間ほどについて前頭葉と側頭葉の活動を記した(上図参照)。彼によれば、NIRSだけでも80%の正確さで患者のデータを判別できるという。

これらの研究結果に、ほかの神経科学者は納得していない。春野は、福田が発表した論文における患者の数が、活動パターンを識別するには「あまりに少なすぎ」、たとえ群全体としてデータを平均化してそうしたパターンが見つかったからといって、個々の被験者のデータのパターンをどれかの群に分類できるわけではない、と話す。「それが個々の患者にとってどういう意味があるのでしょうか。誤解を与えるだけです」と春野は言う。

福田の共同研究者であるチュービンゲン大学(ドイツ)のAndreas Fallgatterでさえ、「NIRSはまだ研究手法の1つにすぎない」と話す。彼は、過去14年間で約1000人の患者にNIRSを用い、現在はドイツで、言語テストを使った福田の研究を追試しているところだ。しかし、「ドクター福田が日本の専門家たちを納得させるのに成功したのは、明らかだね」と彼は話す。

ちなみに前述の「先進医療」は2005年に改定された厚生労働省の制度で、医学技術の開発を促進するために迅速な審査が行われる。NIRSの評価を担当したのは、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の理事長で、うつ病専門の臨床医かつ研究者の樋口輝彦である。彼は、この技術が安全で効果的かつ所要時間が短く、ほかの診断技術と併用すれば、各種の精神疾患(大うつ病、双極性障害、統合失調症)を初期段階のうちに鑑別するのに役立つだろうと結論付けた。オンライン掲載の委員会議事録によれば、彼は評価委員会のメンバーに、「これのみで診断できるのかというと、そこまではいっていない。あくまでも補助的なものであるというふうに位置付けられています」と述べたようだ。NCNPは現在、この装置を導入している。委員会の中には、研究対象の患者数の少なさや対象患者の一部が薬剤投与を受けていたことに懸念の声を上げたメンバーもいたが、認可そのものに対しては反対しなかった。

臨床診断を補完する

福田によれば、もっと規模の大きい500人以上の患者を対象にした研究論文を、まもなく学術ジャーナルに投稿する予定であり、彼に対する多くの批判にこれで答えられるだろうという。装置のチャンネル数を2倍にしたり、その他の方法論的な改善を進めることで、精神疾患をもっとはっきり鑑別できるようになるだろうし、服薬患者と未服薬患者のデータを比較すれば、治療薬がNIRSデータに影響を与えるわけではないことが明らかにできるだろうと話す。

彼は、集団の平均値を使って個人を診断したことに対する批判が妥当なことを認めている。「厳密に言えば、この批判は正しいです」。しかし、心電図やEEGなど、ほかの多くの計測法にも同じことが当てはまると彼はいう。これらの計測法で得られるデータには個人間で異なる要因が含まれているため、それについての解釈が必要になるが、そうであっても臨床的には有用なのである。「臨床診断とNIRS検査は互いを補完するものです。この両者の補完性について、私たちはすべての患者さんに強調してお伝えしています」と彼は話す。

ただし、少なくともある一定の場合には、NIRSにも診断上の優位性があるようだ。例えば、福田が自身の成功率を計算する場合、臨床診断とNIRSの結果が一致すれば成功だと考える。しかし、結果が一致しない場合、何か見落としがないかどうか、患者とその家族に「繰り返し」質問してみる。例えば、うつ状態の患者が、NIRS検査で統合失調症の可能性が示唆された場合、幻覚体験について話すのを忘れていたのではないかどうか尋ねる、という具合である。神経イメージングと精神医学の専門家であるハイデルベルク大学(ドイツ)のAndreas Meyer-Lindenbergは、診断もしくは薬物治療をまだ受けていない患者を対象にすれば、研究結果にもっと説得力をもたせられるだろうと話す。「診断が未確定の症例が必要になるでしょう。臨床現場でそうした患者を得て、NIRSで分類し、次にそれらの患者を追跡して診断を確認するのです」。

福田たちはすでに、パニック障害や注意欠如多動性障害、心的外傷後ストレス障害を中心とする、さまざまな疾患の診断を補助するNIRSの研究へと歩を進めている。

ところで、私自身のNIRSの結果は、今ひとつ明快さに欠けていた。15分足らずで検査とコンピューター解析を終えた福田は、私のデータの波形を見て、ひとまず「正常」の診断を下した。しかし、その後で私が文献掲載の波形と自分の波形を比較したところ、私の波形は正常と双極性障害の間のどこかに入るようだった。

そこで福田は、私のパターンは通常の「正常」なNIRS波形ではないが、おそらくそれは、室内に見物人がいるせいで発語をためらったためだろうと話した。彼はさらに、私の前頭葉で見られたようなパターンが健常な被験者群でも見られることや、私の側頭葉からとったデータが診断を下すのに役立ったことを話した。いずれせよ診断は下ったわけだが、さて、私はこの結果に満足すべきなのだろうか。

(翻訳:船田晶子)

David Cyranoskiは、Natureのアジア太平洋地域の特派員。

編集部注:この記事に関係したEditorial(Nature 469:132, 2011)に対して、取材を受けた福田正人氏がWebページにコメントを寄せている(http://nature.asia/nd1104-nf)。また、より詳しい日本語のコメントが近刊書に収載される(中山書店『NIRS波形の臨床判読−先進医療「うつ症状の光トポグラフィー検査」ガイドブック』)。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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