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南極のニュートリノ観測所が完成

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110419

原文:Nature (2011-01-06) | doi: 10.1038/469013a | IceCube Completed

Adam Mann

南極の氷の下に完成した巨大なニュートリノ観測所から、新しい物理学につながる知見がもたらされるかもしれない。

ニュートリノ「望遠鏡」を構成する5160個の検出器の1つが、氷の穴の所定の深さまで下ろされていく。 | 拡大する

B. Gudbjartsson/NSF

研究者たちが深さ2.5kmの穴の中にアイスキューブ(IceCube)ニュートリノ観測所の最後の検出器を下ろしたのは、2010年12月18日のことだった。ちょうど、南極の太陽高度が1年で最も高くなる時期で、気温はマイナス23度もあった。プロジェクトチームのメンバーであるウィスコンシン大学マディソン校の物理学者Albrecht Karleは、「今日はとても暖かい」と報告した。わずか1週間前の平均気温は約10度も低かったという。

Karleもその仲間たちも、これを不満になど思っていない。南極のこの寒さが、高エネルギーニュートリノを発見するのに理想的な天然の媒質をつくってくれたからである。南極の氷床表面から1.5kmの深さでは、その上の層の重さのため、気泡がまったく入らず、完全にきれいな氷の状態が保たれている。氷の穴の中は暗く、透明度が高いので、かすかな閃光を離れた場所で検出することができる。そうした閃光の中には、高速のニュートリノが氷の中の酸素原子に衝突してミュー粒子を生じた合図もあるはずだ。

アイスキューブは5160個のバスケットボール大の光学センサーから構成されていて、最後に下ろされた検出器の表面には、共同研究者のサインがびっしりと書き込まれた。彼らは2005年の建設開始から、南極に夏が来るたびに、高温の水を噴射して氷に深い穴をあけ、検出器を長さ1kmにわたって数珠つなぎにしたものを所定の深さまで下ろした後、その穴を自然に再凍結させるという作業を繰り返してきた。

約2億7100万ドル(約220億円)をかけて完成したアイスキューブは、1km3の氷をモニターすることができる。今回の実験で観測しようとする現象は、まれにしか発生せず、とらえるのが困難であるため、このくらい大きな規模の装置がどうしても必要なのだ。しかし、観測装置が大きくなれば、その視野も広がっていく。研究チームが何年もかけてプロジェクトを進めていく過程で、アイスキューブが、当初考えていたより広い範囲の問題の解明に役立つ可能性があることがわかってきた。そこには、標準モデルを超えた物理学の理解も含まれていた。

ウィスコンシン大学マディソン校の物理学者でアイスキューブ共同実験チームの主任研究者であるFrancis Halzenは、「私たちが現在取り組んでいるいちばんおもしろいことは、プロジェクトの提案当時は考えもしていなかったことです」という。

ニュートリノは宇宙で光子の次に大量に存在する粒子であり、毎秒3兆個ものニュートリノが私たちの体を突き抜けている。ニュートリノは、太陽のような恒星の中心部で核融合反応によって生成するだけでなく、ほかのさまざまな天体でも作られている。ニュートリノは電気的に中性で、宇宙のあちこちにある磁場の影響を受けないため、そのまっすぐな軌跡をたどれば、どこから飛んできたかがわかる。

アイスキューブの観測データのなかから予想どおりに高エネルギーニュートリノを発見することができれば、天文学者が光子から得ることができなかった情報を手に入れることになると、ワイツマン科学研究所(イスラエル、レホヴォト)の天体物理学者Eli Waxmanは言う。アイスキューブは、超高エネルギー宇宙線(UHECR)の発生源をめぐる謎も解き明かす可能性がある。UHECRは、現時点で最も強力な粒子加速器で達成できるエネルギーの、実に数十億倍という非常に高いエネルギーをもったほとんど未解明の粒子である。

現在、UHECRの発生源として考えられているのは、活動銀河核とガンマ線バーストの2つであり、いずれもブラックホールへの物質の降着がエネルギー源になっている。しかし、Waxmanによると、こうした天体が重力エネルギーを放射や粒子に変換するプロセスは、天体物理学の基本的な未決問題の1つであるという。アイスキューブには、UHECRの謎を解くと同時に、強い重力の下での物質の挙動に関する質的に新しい情報をもたらすことが期待されている。

また、ロスアラモス国立研究所(米国ニューメキシコ州)の物理学者で、フェルミ研究所(米国イリノイ州バタヴィア)のニュートリノ実験MiniBooNEの共同スポークスマンの1人であるBill Louisによると、アイスキューブの大きさは、全く新しい物理現象を解明するのにまさにうってつけなのだという。飛んでくるニュートリノは、既知の3つの種類(電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ)の間で振動する可能性があるが、2010年10月に発表されたMiniBooNEの実験結果によると、反ミューニュートリノが第4の種類のニュートリノである無感(ステライル)ニュートリノに変わるのが観察された可能性があるという(A.A.Aguilar- Arevalo et al. Phys. Rev. Lett. 105, 181801; 2010)。アイスキューブが観測を行うエネルギー領域は、このゆらぎを見きわめるのにちょうどよいとLouisは指摘する。つまり、アイスキューブは、MiniBooNEの奇妙な実験結果を裏付けるか、それとも否定することができるかもしれないのだ。

アイスキューブはさらに、ダークマターの性質について、その解明を促すかもしれない。ダークマターは宇宙の見えない構成要素で、1種類または数種類の、WIMPと呼ばれる相互作用をほとんどしない粒子からできている可能性がある。いくつかのモデルは、WIMPが太陽の核に蓄積されると予測している。ローレンス・バークレー国立研究所(米国カリフォルニア州)の物理学者でアイスキューブのプロジェクトディレクターであるRobert Stokstadによると、ダークマター粒子が狭い領域に集中すると、互いに衝突して消滅し、高エネルギーニュートリノを生成する確率が高くなる。アイスキューブがこうしたニュートリノを発見し、それが太陽から来ていることを確認することができれば、ダークマターを初めて検出できたことになると彼はいう。

Waxmanは、アイスキューブが全く予想外のものを発見することができれば、それがいちばんおもしろいと言う。「きわめて根本的な点で、アイスキューブは私たちに宇宙の新しい見方を教えてくれるのです」。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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