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フラーレン、ナノチューブ、グラフェン

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110412

原文:Nature (2011-01-06) | doi: 10.1038/469014a | The Trials of new carbon

Richard Van Noorden

25年前にフラーレンが発見され、その後も、カーボンナノチューブ、グラフェンと炭素材料の新顔が登場した。それらの優れた特性については、さまざまな研究を通して明らかにされてきたが、商品化という点では、当初の期待の割には進んでいない。

おとぎ話では、だいたい3番目がベストになる。宝物が入っているのは3番目の箱だし、名声と富を得るのは3番目の子である。そうすると、「新しい炭素材料」の中でも3番目に発見されたグラフェンがベストなのかもしれない。

1985年に発見されたサッカーボール型のフラーレン1と1991年に初めて特性が調べられた円筒状のカーボンナノチューブ2については、今のところ、産業界への影響は限定的である。しかし、原子1個分の厚さの平坦な炭素シート、グラフェンは、現在、よい兆しにあふれているように見える。なかでも重要なのは、グラフェンの特性に関する革新的実験を理由に、2010年ノーベル物理学賞が異例のスピードで授与されたことだ。英国マンチェスター大学のAndre GeimとKostya Novoselovの両氏がノーベル賞を受賞したのは、彼らが粘着テープでグラファイトの塊からグラフェン層を剥がし取ったことを初めて報告してから、わずか6年後のことである3

グラファイトは、基本的にナノチューブを開いただけの構造なのに、奇跡に近い特性をもつことが明らかになった。単層グラフェンは、世界で最も薄く強く堅い材料であると同時に、熱と電気の良導体なのだ。企業はそのような優れた特性を市場に出そうと競い合い、グラフェンはメディアの注目を浴びることになった。昨年、グラフェンは、約3000本の研究論文と400件を超える特許出願のテーマとなった。韓国は、グラフェンの商品化に3億ドル(約250億円)の投資を計画しており、IBM社やサムスン社など、さまざまな企業がグラフェンを使った電子デバイスをテストしている。いつか、非常に小さい超高速グラフェンデバイスが、シリコンチップに取って代わるかもしれない。しかし、たまたま見聞きした人は、グラフェンがこれだけもてはやされているのに、なぜテクノロジー界のトップに立っていないのか不思議に思うであろう。

現実はおとぎ話とは違う。先々代のフラーレンも、かつて同じようにもてはやされたが、ほとんど実用化されていない。先代のナノチューブはフラーレンよりも善戦しているが、製造コストがかかるうえに製造の制御が難しい。フラーレンとナノチューブの産業界への影響がそれほどではなかったことは、新材料の商品化がいかに難しいかを物語っている。

ただし、ナノチューブには希望の持てる話題がある。ハイテク電子デバイスへの応用はまだ何年か先であるが、エネルギー貯蔵やタッチスクリーン用の導電性フィルムへの応用が商品化間近だし、そのほかにも、比較的直接的な利用であるが、航空機や自動車向けのナノチューブ強化複合材料が、市場に出ようとしている。需要拡大への期待から、ナノチューブメーカーは年間数百トンまで製造規模を拡大している。

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ナノチューブの先例にならうグラフェンメーカーは、大量生産を始める絶好のチャンスをつかんだのかもしれない。グラフェンもナノチューブと同じタイプの応用が考えられるからである。しかも、グラフェンは、製造や取り扱いが簡単だという大きな利点がある。また、研究開発面でも、20年にわたるナノチューブの経験を学ぶことができるであろう。それは、探求する価値のある応用は何か、ナノチューブが経験した最初の10年間の失敗を避けるにはどうしたらよいか、といったことだ。

炭素の活躍の場

ナノチューブとグラフェンに共通する優れた特性は、炭素原子がハニカムパターンで整列した原子レベルの薄さのメッシュ構造から出てくる。炭素–炭素結合は非常に強いため、重量比強度が並み外れて高いのだ。例えばノーベル賞委員会によると、完全なグラフェンでできた1m角のハンモックがあれば、4kgの猫を支えることができるという。ハンモックの重さは0.77mgとなり、猫のひげよりも軽くなる。

また、炭素原子が六角形の格子状に対称的に並んでいるため、ナノチューブとグラフェンのどちらのナノカーボンも、コンピューターチップに使われるシリコンより電気を通しやすい。つまり、シリコンより電気抵抗がはるかに低く、発熱がはるかに少ない。チップメーカーは回路素子をより高密度に詰め込もうとしているので、この特性は非常に有用といえる。

さらに興味深いのは、炭素構造を少し変化させるだけで、多くの新しい特性が得られることだ。例えばグラフェンの場合、その電子的挙動は、グラフェンシートの大きさ、シートの格子における欠陥の有無、シートが導電性表面上に置かれているかどうかで変化する。同様に、ナノチューブの場合、ある構造であれば、その直径、長さ、ねじれ(六角形配列の並びとチューブの軸がつくる角度)を変えるだけで、半導体にも金属にもなる。また、単層ナノチューブと複数の円筒が入れ子になった多層ナノチューブの違いもある。

これらの特性があるため、既存のエレクトロニクスを一変させる可能性が期待された。そして、研究室では大きな進歩が見られた。例えば1998年、物理学者らは1本の半導体ナノチューブからトランジスターを作製した4。また2007年には、カーボンナノチューブからトランジスターラジオが作製された5

しかし、そのような回路を工業規模で大量生産する場合、ナノチューブの多様性が災いする。ナノチューブは、通常、反応器で生産される。反応器内では、触媒の誘導によって炭素を多く含んだ蒸気からチューブが形成される。このとき、多層と単層、半導体と金属が混ざり合い、長さや直径もさまざまなナノチューブができるのが普通なのである。これらのナノチューブの電子物性もさまざまである。「多様なことは素晴らしいのですが、多様すぎて雑多なのが頭痛の種です」とイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の物理化学者John Rogersは言う。

半導体ナノチューブと金属ナノチューブの仕分けに成功したのは、ほんの5年前のことである6。しかし、選んだナノチューブをチップ上の所定の場所に集めて、性能を損なうことなく個々のナノチューブをつなぎ合わせるには、さらなる困難を伴う。このため、ほとんどの物理学者は、カーボンナノチューブがシリコンに取って代わるのは現実的ではないと考えるようになった。「1個の集積回路には、同じカーボンナノチューブ・トランジスターが何十億個も必要となり、そのすべてが全く同じ電圧でスイッチングできなければなりません」と、IBM社のトーマス・J・ワトソン研究センター(米国ニューヨーク州ヨークタウンハイツ)でナノスケール電子デバイスを研究するPhaedon Avourisは言う。これを現在の技術で実現するのは不可能だ。

グラフェンのほうはもう少し楽観視してよい。最高品質のグラフェンシートは、現在、真空中で炭化ケイ素ウエハーを加熱することによって作られている。ウエハー表面上に純粋なグラフェン層ができるのだ。ナノチューブ合成よりもバッチごとのばらつきが少なく、得られた平坦なグラフェンシートは、ナノチューブよりも大きくて取り扱いやすい。

しかし、グラフェンにも問題はある。1枚のグラフェンシートは導電性が非常に高いので、電流を止めるのが難しい。これは、トランジスターなどのデジタルデバイスに応用するには、ぜひとも解決しなければならない問題だ。グラフェンの電子物性を適切な方法で変えるには、電子エネルギー準位に隙間を作り「バンドギャップ」を形成し、本質的に半導体にしなければならない。その具体策は、シートを切って細いリボン状にすることだ。それでもこの方が、チップ上に何十億本ものナノチューブを配置するよりはたやすいだろうとAvourisは話す。しかし、これも現在の商業用技術では実現不可能である。

このように、グラフェンも加工・処理が難しく、すぐにシリコンチップに取って代われるわけではないことがわかる。「シリコンエレクトロニクスの開発には、数百万人年と数兆ドルが注がれてきたのです。今グラフェンにシリコンと張り合うよう求めるのは、10歳の子に6年間ピアノを習ったのだからコンサートピアニストになりなさいと言うようなものです」と、ナノテクノロジーを専門にするライス大学(米国テキサス州ヒューストン)の有機化学者James Tourは指摘する。

当面の間、ナノカーボン構造体は、タッチスクリーンディスプレイや太陽電池の透明電極用導電性フィルムなど、チップほどは需要の多くない分野で競争力を増していくのが現実なのかもしれない。多様なカーボンナノチューブの寄せ集めでも、電極用としては十分な導電性が得られるであろうし、炭化ケイ素の熱処理以外の方法で作製した安価な低品質グラフェンも同様に使えるであろう。

目標を下げる

2010年6月、成均館大学(韓国スウォン)のByung Hee Hongの研究チームは、炭素を多く含んだ蒸気を用いて、銅箔に対角で75cmのグラフェン膜を蒸着したと報告した。蒸着後、銅箔をエッチングで溶かしてグラフェン膜を転写し、銅箔はリサイクルしている7。韓国の巨大エレクトロニクスメーカー、サムスン社は、既に、市販用タッチスクリーン向けにこの技術を試験している。Hongの推定によると、あと2、3年で商品化されるかもしれないという。

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問題は、グラフェン膜が、インジウムスズ酸化物(ITO)などの既存のタッチスクリーン材料と張り合えるかどうかである。Hongが楽観視している根拠は、インジウムが希少元素なのでITOのコストが急上昇していることだ。しかし、ここで再びカーボンナノチューブの教訓が出てくる。初期のころ、ナノチューブは将来テレビスクリーンに使えるかもしれないと期待された。ナノチューブは先端から電子を放出するので、スクリーン上の蛍光体を励起できるからである。実際は、競合するプラズマディスプレイや液晶ディスプレイの開発の方がずっと早く進み、ディスプレイ市場を占めるに至った。

ナノカーボンにとっての最適な場所は、新興のフレキシブルエレクトロニクス市場にあるかもしれない。つまり、衣服に装着したり、壁に貼ったり、巻けるシートに印刷できるディスプレイやセンサーだ。この市場でナノカーボンの唯一のライバルは、導電性有機ポリマーである。ほかの材料はプラスチック上に印刷できない。導電性有機ポリマーの性能はそれほど高くないので、フレキシブル基板に転写できるナノチューブ回路やグラフェン回路が競争できる可能性はある、とRogersは言う。

しかし、このような特殊な電子デバイスも未来の話だ。今のところ、毎年生産されている数百トンの商業用ナノカーボンは、ほとんどが、スポーツ用品やリチウムイオン電池、自動車の複合材料用に使われている。

複合材料では、ナノカーボンシートやカーボンナノチューブを、樹脂やポリマー中に分散させる。その理由は、亀裂の進行を止めることによって材料を丈夫にするばかりでなく、熱や電荷の消散を助けるためでもある。例えば、現在、自動車のアウディA4には、静電気防止のためカーボンナノチューブを含んだプラスチック燃料フィルターが使われている。また、リチウムイオン電池の電極添加剤としてナノチューブが使われており、これは昭和電工株式会社(東京都港区)が売り出した初のナノチューブ応用製品の1つである。

コスト削減

処理・加工に関する基本的な問題が、当初、ナノチューブの進展を妨げた。ナノチューブは、反応器から出すと、もつれた糸のように凝集する傾向にあり、プラスチックや樹脂中に均一に分散させることが難しかった。改善がなされているにもかかわらず、この問題のために、最終製品中のナノチューブ含有量は重さで1~2%に限られている(従来の炭素繊維の場合は20~30%が一般的)。もう1つの問題はコストで、これは現在でも変わっていない。「鋼鉄、アルミニウム、プラスチックなどの材料やカーボンブラックなどのフィラー(充填剤)は、キログラム当たりわずか数ドルか数セント(数十~数百円)で売られているのです」とLux Research社(ニューヨークにある技術評価会社)のDavid Hwangは言う。ところが、多層ナノチューブは、キログラム当たり100ドル(約8300円)で売られているのだ。生産拡大につれて価格は下がっているが、Lux Research社の予測によると、2020年までに、それは約50ドル(約4200円)までしか下がらないであろう。

複合材料としての品質を備えたグラフェンの価格は、現在はナノチューブと同程度であるが、大幅に下がる可能性がある。GeimとNovoselovが2004年に示したように、キログラム当たり数ドル(数百円)の原料グラファイトから、さまざまな大きさのグラフェン片を容易に剥がし取ることができる3。また、ナノチューブよりもグラフェンの方が樹脂中に分散させやすいのも有利だ。

「期待はできるのですが、このような用途は依然としてニッチなのです」とDow Chemical社のベンチャー・事業開発グループ(米国ミシガン州ミッドランド)の上級研究員Steve Hahnは話す。「2~3年にわたってグラフェンの販路を探してきましたが、いつも、同じ性能ではるかに安い材料があるのです」とHahn。

新興のグラフェンメーカーXG Sciences社(米国ミシガン州イーストランシング)の社長Michael Knoxもこれに同意する。複合材料へのグラフェン添加は、時代を変える応用ではない。「それは漸進的改良でしかないのです」と彼は言う。けれども、鼻であしらうべきではない。「合理的な価格でポリプロピレン複合材料を10~20%改良できれば、おそらく年間百万トンは売れるでしょうし、自動車メーカーは大いに盛り上がるでしょう」とKnoxは言う。

歴史の浅いグラフェンメーカーにとって重要なポイントは、特殊な用途を見いだし、会社自体を拡大しすぎずに生産能力を拡大する方法を考えることである。例えば、Vorbeck Materials社(米国メリーランド州ジェサップ)は、グラフェンを使った導電性インクに絞り込むことにした。Vorbeck社の共同創設者兼社長のJohn Lettowは、「グラフェンベースの導電性インクは、スマートカードやRFIDタグに使われ、2011年第1四半期に小売店で見られるようになるでしょう」と語っている。

比較的近い将来の応用の1つにスーパーキャパシターがある。グラフェンシートをくしゃくしゃに丸めれば、小さな空間に大きな表面積を閉じ込めることができ、グラム当たりで見ると、どの材料よりも多く電荷を蓄えられるからだ。別の研究者は、ナノカーボンを使って燃料電池の触媒電極や浄水膜を作ることを考えている。しかし、例によって、活性炭などの既存材料に勝る明確な利点を見いだすことが課題となるだろう。

カーボンナノチューブには、グラフェンシートにはない特性がある。それは、非常に長いナノチューブを作製できることだ。現在樹脂やプラスチックに混ぜられているのは、通常、短いナノチューブである。しかし、Nanocomp Technologies社(米国ニューハンプシャー州コンコード)によると、長いナノチューブファイバーを紡ぐことによって、軽くて導電性のある糸やシートを作製することができ、これを銅配線の代わりに利用できる可能性がある。「航空機1機には、約100kmもの銅線が使われているのですよ」と、Nanocomp社の最高責任者Peter Antoinetteは言う。この銅線を軽いナノチューブワイヤーで置き換えることができれば、機体を大幅に軽くでき、燃料も節約できるだろう。

「そうした取り組みが、カーボンナノチューブに大きな希望を与えてくれています。ナノチューブを商業的に実現可能にするために、膨大な研究が行われてきたのです。今後5年間を見れば、ナノチューブがたどる商業的軌跡は全く別のものになるでしょう」とHwangは話している。

ところで、カーボンナノチューブは、市場に出るまでに本当に時間がかかりすぎたのだろうか。多くのナノチューブメーカーは、新しい材料が産業界に影響を与えるまでには、通常は20年以上かかると指摘する。「炭素繊維の研究が1950年代に始まり、航空宇宙や軍に使われるようになるまでに15年ほどかかりました。しかし私たちはそのことをかなり後になるまで知りませんでした。そのさらにあとの1970年代半ばになって初めて、炭素繊維強化複合材料を少しだけ構造材として使用した民間航空機を目にするようになったのです」とマサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)でナノ加工航空宇宙構造物コンソーシアムを運営するBrian Wardleは話す。

ナノチューブは、発見から産業化まで、こうした一般的な軌跡をたどっているだけなのかもしれない。また、気づいたら、グラフェンも同じ道のりを歩んでいるかもしれない。「グラフェンにも居場所ができるはずです。ただ思った以上に時間はかかるでしょう」とAntoinetteは話す。

それまでに何が起こるだろうか。「今、多くの企業が一斉に新しい設備を生産ラインに導入しています。撤退するか、どこかで市場を開拓するか、どちらかになるでしょう。何が起ころうとも、新材料がどのようにして商品化されるのか、私たちに重大な教訓を与えてくれるはずです」とHahnは語っている。

(翻訳:藤野正美)

Richard Van Noorden:Natureのアシスタント・ニュース・エディター

参考文献

  1. Kroto, h. W. et al. Nature 318, 162–163 (1985).
  2. Iijima, S. Nature 354, 56–58 (1991).
  3. Novoselov, K. S. et al. Science 306, 666–669 (2004).
  4. Tans, S. J. et al. Nature 393, 49–52 (1998).
  5. Jensen, K. et al. Nano Lett. 7, 3508–3511 (2007).
  6. Arnold, m. S. et al. Nano Lett. 5, 713–718 (2005).
  7. Bae, S. et al. Nature Nanotech. 5, 574–578 (2010).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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