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セックスと暴力は脳内でリンク

マウスではセックスと暴力に関するニューロンが脳内で絡み合っていることが、カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)のDavid Andersonらにより明らかにされた。雄マウスでは、出会った仲間と戦うか、それとも交尾するかを、脳の深部にある小さな細胞集団が判断していることがわかったのだ。こうした回路は、ヒトの脳にもあると考えていいだろう。

Nature 2011年2月10日号に報告されたこの研究1では、雄マウスで問題のニューロンの活動を抑制したところ、本来なら攻撃を仕掛けるはずの、縄張りに侵入した雄マウスを無視してしまった。反対にこれらのニューロンを刺激して活性化させると、雄マウスは無生物の物体に対しても猛烈な攻撃を仕掛け、本来なら求愛行動をとるべき雌にすら攻撃行動をとった。

これらのニューロンは、視床下部にある暴力行動との関連が知られている領域内に存在する。ネコやラットでは、その領域付近に電気刺激を与えると行動が凶暴になる。しかし、数十年前に行われた神経生理学実験では、刺激される脳領域の範囲が広すぎて、暴力に特異的な脳回路を特定するには至らず、ましてや、攻撃性に関与する個々のニューロンの特定などは不可能だった。

近年になって、特定遺伝子を欠損させた遺伝子操作マウスの中に、正常なマウスよりも攻撃性の強いものが見つかった。「こうした攻撃性の強いマウスの脳のどの部分が異常になっているのかは、よくわかっていません。そのため、異常な攻撃行動が何を意味しているのかが、なかなか理解できずにいます」と、論文の第一著者で、現在ニューヨーク大学(米国)に所属するDayu Linは話す。

攻撃でも交尾でも活性化

マウスでは、ネコやラットと違って、ただ雄の視床下部を電気刺激してもより好戦的にはならない。そこで、どの領域が暴力行動に関係しているのかを解明するため、研究チームはまず、雄マウスの縄張りに、雄・雄または雄・雌などの順番でほかのマウスを連続して侵入させた。続いて、最近活性化したニューロンを識別できる蛍光タグで脳細胞を標識して、侵入個体との出会いで活性化された雄マウスの脳領域を調べた。すると、意外なことがわかった。攻撃の最中には視床下部腹内側核(VMH)の腹外側域内のニューロン群が活性化していたが、交尾の最中にも同じ領域が活性化していたのである。

研究チームはこの結果に当惑し、今度は、この領域内にある個々のニューロンの活動を計測できるように雄マウスの脳内に電極を植え込み、マウスが攻撃または交尾をしているときに何が起こっているかを観察した。すると、大半のニューロンは交尾と暴力的攻撃のどちらか一方に特異的にかかわっていたが、一部のニューロンは、一見相反する2つの行動のどちらの最中でも発火(活性化)していた。

研究チームは次に、光遺伝学と呼ばれる技術を用いた。この領域のニューロンを、細胞を青色光に反応させる遺伝子を組み込んだウイルスに感染させ、さらにマウスの脳に光ファイバーを埋め込んで、遺伝子が組み込まれたニューロンを必要に応じて発火できるようにしたのである。

この方法でニューロンを発火させたところ、雄マウスはほかの侵入マウスをすぐさま攻撃した。興味深いことに、攻撃中枢にあるニューロンを活性化すると、通常では無視する去勢した雄や麻酔をかけられ動かない個体、膨らませた実験用手袋に対してまでも暴力的攻撃が引き起こされた。しかしながら雌に対しては、確かに攻撃行動が見られたが、程度があった。雄が雌に初めて出会ったときに問題のニューロンを活性化すると雄は攻撃行動を示すのだが、すでに交尾行動に入っている雄のニューロンを活性化しても攻撃行動は起こされなかったのだ。「自分の世界に入ってしまっているような、聞く耳持たずの状態です」とLinは説明する。しかし、交尾後に活性化すると、雌に対してすぐに攻撃を仕掛けた。(脚註URL参照。)

一方、攻撃中枢の活動を停止させると、雄マウスの暴力衝動に従った行動も止まった。また、これらの細胞で攻撃行動を抑制するような遺伝子を発現したマウスは、雄の侵入マウスを攻撃しなかったが、性的欲求は保たれていた。

絡み合う2つの回路

今回の結果は、セックスに関与するニューロンと暴力に関与するニューロンは別個ではあるが、脳内で巧妙に絡み合っていることを示唆している。このことは侵入者が雄か雌かによって適宜対応するのに役立っているのではないかと、LinとAndersonは考えている。セックスによって活性化されるニューロンは、見知らぬ雌に対する激しい攻撃衝動を抑制しているのだろう。

「侵入してきた雄からは自分の縄張りを守り、侵入してきた雌とは交尾する必要があります。言ってみれば、脳の回路にそれが組み込まれているのです」と、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の神経科学者Clifford Saperは話す。「これは、動物が自分の縄張りを守り、子を養うのに十分な場所を確保するための術なのです」。

サンパウロ大学(ブラジル)の神経科学者Newton Canterasは、これと同じ脳回路はおそらくヒトにも存在しているだろうと話す。脳深部の電気刺激研究で、VMHがパニック発作などの防御行動とも関連していることが明らかになっており、この領域がヒトでも攻撃性にかかわっている可能性が高いと彼は言う。Andersonも「これがヒトにも当てはまると考えるに足る十分な根拠はあると思います」と話す。視床下部は脳の中で最も起源の古い構造の1つであり、サルでも攻撃性に関連することがわかっているからだ。

Andersonによれば、この脳内経路はおそらく、一部の暴力的な性犯罪者で機能異常を来たしているのではないかという。「もしかすると、そうした人々では、これらの脳回路に何らかの誤配線があって、そのため暴力の信号伝達とセックスの信号伝達が互いに適切に分離されていないのかもしれません」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110402

原文

Sex and violence linked in the brain
  • Nature (2011-02-09) | DOI: 10.1038/news.2011.82
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Lin, D. et al. Nature 470, 221-226 (2011).
  2. 参考ビデオ:http://nature.asia/nd1104_mouse