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この骨は歩くために作られた

人類最古の祖先の一種であるアファール猿人には、非常に有名な骨格標本がある。「ルーシー」である。ルーシーが完全に二足歩行していたかどうかは、長年、議論されてきた。今回、ミズーリ大学(米国コロンビア)のCarol Wardを中心とする研究チームにより、エチオピアのハダールで最近発見された320万年前のアファール猿人の第4中足骨が解析され、アファール猿人はヒトによく似た土踏まずを持っていて、完全に2本の足で歩き回ることができたらしいという結論が導かれた1

第4中足骨は、足の甲にある薬指の延長のような骨である。樹上生活者と二足歩行者とで形が異なることから、古生物学的に有用なものとなっている。Wardらは、ルーシーの中足骨が、チンパンジーよりも現生人類のものに近いことを発見したのだ。

「今回の論文は、アファール猿人は現生人類のように十分に発達した土踏まずを持っていたことを示す、史上最も有力な骨格証拠となったのです」と、ボストン大学(米国マサチューセッツ州)の機能形態学者Jeremy DeSilvaは語る。

樹上生活を営むチンパンジーでは、第4中足骨は地面と平行に近く、足の真ん中辺りが動くようになっている。チンパンジーの足は、この偏平足構造のためにきわめて柔軟性が高く、木の枝を握ることができるようになっているのだ。一方、ヒトの足はこれとは全く異なる。第4中足骨は長軸に沿って曲がっており、地面と一定の角度を保っているのだ。これは、足の骨が前後方向と左右方向にアーチを形成しているためだ。ヒトの足は、このアーチを持つがゆえに物を握ることができないが、おかげで、地面をけるときに堅いテコとして機能し、歩行時や走行時に衝撃を吸収するのに十分な堅さを持っている。

アーチ型

アファール猿人の足がチンパンジーのように柔軟だったのか、それともヒトのようなアーチ型だったのかについては、以前から議論されてきた。足の骨の化石は極めて少なく、アファール猿人の第4中足骨は発見例がなかったため、チンパンジーとヒトの中間のような足をしていたのではないかと推測する研究者が多かった。今回の成果は、この問題に決着をつけた。

アファール猿人の第4中足骨の末端が、ヒトの足のように角度を持ち、互いに向かい合うように曲がっていることは、確固たるアーチの存在を示している。つまり、初期人類が現生人類とほとんど同じように歩いたり走ったりする能力を備えていたことが、強く示唆される。さらにこの発見は、アファール猿人が樹上と平原を行き来していたわけではないことも示している。「時には木登りもしたでしょうが、我々よりもはるかに上手だったというわけではないと思いますよ」とWardは言う。

ケース・ウエスタン・リザーブ大学(米国オハイオ州クリーブランド)の古人類学者Bruce Latimerは、「そうすると、もしルーシーが服を着てサッカー場を歩いていても、アウストラロピテクス属の猿人ではなくヒトの子どもだと思われるでしょうね」と語る。

今回の知見は、これまでに発見された中できわめて有名な人類の足跡をめぐる長年の論争をも解決すると考えられる。タンザニアのラエトリでは、360万年前、ある人類が湿った火山灰で覆われた地面を歩いていた。「あの足跡が発掘されたのを見たとき、ああ、今のビーチだったら残っていなかったよ、と思いました。あれには土踏まずがあって、歩き方は完全に人間のものでした」とLatimerは振り返る。しかし、動きがあまりにヒトに近かったため、古生物学者の多くは、アファール猿人のものではないのではと疑っていた。「今回の研究成果は、その疑惑を葬り去りました」とLatimerは話す。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110405

原文

These bones were made for walking
  • Nature (2011-02-10) | DOI: 10.1038/news.2011.85
  • Matt Kaplan

参考文献

  1. Ward, C. V., Kimbel, W. H. & Johanson, D. C. Science 331, 750-753 (2011).