News

物議をかもす臨床試験

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110321

原文:Nature (2010-12-09) | doi: 10.1038/468743a | Trial draws fire

Declan Butler

ノーベル賞受賞者のモンタニエ博士が、自閉症と感染症との関連を検証しようとしている。

HIVの共同発見者であるLuc Montagnierが、またもや論争を引き起こした。 | 拡大する

Win McNamee/Getty Images

Luc Montagnierは、自閉症の治療法に対して、主流から外れた見解を持っている。彼は今、米国カリフォルニア州サンディエゴを本拠地とする自閉症研究所(ARI)から支援を受けて、自閉症の子どもに抗生物質を長期投与する治療法の小規模な臨床試験に着手しようとしている。専門家たちはMontagnierの研究に批判的であり、ノーベル賞受賞者のステータスに惑わされて、自閉症への正当的とはいえないアプローチを信用してしまう人々が出るのではないかと懸念している。

ARIから4万(約330万円)ドルの資金提供を受けてフランスで行われる予備的臨床試験では、約30人の自閉症児と対照群となる約20人の健常児に対して、細菌感染のスクリーニングを行った後、数か月にわたって抗生物質の投与を行い、子どもの状態が改善するかどうかを検証する計画になっている。Montagnierは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)を発見した業績により、2008年にノーベル医学生理学賞を共同受賞している。彼は、感染症が自閉症を引き起こしたり、それに関与したりする可能性を示唆する確実な科学的証拠がないことを認めながらも、多くの自閉症児の両親や医師たちが、抗生物質の長期投与により「めざましい」改善が見られたと報告していると主張する。ARIの所長であるStephen Edelsonは、この「最先端の、革新的な」研究に「胸を躍らせて」いるという。

ミシガン大学アナーバー校で自閉症の研究をしている臨床心理学者のCatherine Lordは、この臨床試験は「主流派の科学に基づくものではありません」という。Lordによると、食事制限、サプリメント投与、キレート療法など、自閉症の代替療法として広く実践されているものの多くは、「疑似医学的な、証拠に基づかない科学であり、疑似科学に近いもの」であると言う。

けれどもEdelsonは、自閉症には非常に多くの病型があり、わからないことも多いため、「あらゆる角度から研究する必要があるのです」と言う。代替療法には科学的基礎がないとする批判については、「10年前ならそのとおりであったかもしれません」というが、批判者たちは、この10年間にどれだけ多くの研究が行われてきたかをわかっていないと反論する。

「私はただ、この子どもたちを助けたいのです」とMontagnierは言う。彼は、主流派の科学者の多くが自分の研究を疑っていることを認めながら、自分の見解を擁護する。「1983年の時点で、私たちが単離したウイルスがエイズの原因であると信じる人間は、私を含めて10人ほどしかいなかったのです」。

その後、Montagnierはエイズ研究の非主流派の理論を支持するようになり、ほかの科学者たちと厳しく対立している。つい最近も、エイズとの戦いにおいては抗レトロウイルス薬を投与するだけでは不十分で、抗酸化剤とサプリメントの投与により免疫系を強化することも考えなければならず、アフリカでは特にその必要があると主張した。

コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)でエイズの研究を行っているウイルス学者のJohn Mooreによると、「HIVがエイズの原因であることを否定する人々やその他のばかげた説を主張する非主流派のグループは、Montagnierが近年、科学の主流から外れて擬似科学路線にくみするようになってきたことを歓迎し、Montagnierが自分たちの支持者になったと喧伝しています」と言う。しかしMontagnier自身は、HIVがエイズの原因であることを否定する人々は、自分の見解を正確に伝えていない、と言っ ている。

自閉症の臨床試験は、新しい分野の論争になる。ライム病に対する抗生物質の長期投与療法の見直しを行った米国感染症学会は、2010年4月に、「抗生物質の長期投与に内在する危険性は、臨床的有用性によって正当化されなかった」という結論に達した。Montagnierは、安全性の問題があることは認めるが、抗生物質の長期投与療法への反対もドグマなのかもしれないと指摘する。そして、臨床試験は倫理規制機関の承認を受けなければならないし、実施に当たっては予防と監督を慎重に行うと言っている。「専門の医師たちはすでに、副作用を回避し、正しい治療法を選択する方法を学んでいます」と彼は言う。

臨床試験のもう1つの要素も不信を呼んでいる。研究者たちは、従来のDNA増幅法により病原体のスクリーニングを行うほかに、問題の多い概念に基づく診断検査も用いようとしているからだ。それは、いちど物質を溶かし込んだ水は、極端に希釈されても、物質に関する記憶を保持しているとする概念であり、フランスの科学者・故Jacques Benvenisteが主張したものである。この説は今日に至るまで研究による裏付けを得ていないが、Montagnierは、水の中で形成される「記憶」構造は低周波数の電磁信号と共鳴すると信じており、インターネットを利用してこの信号を送信できると考えている。彼はまた、病原体のDNAを溶かし込んだ溶液を極端に希釈したものもそうした信号を発すると主張しており、これを慢性感染症の高感度の「バイオマーカー」として利用しようとしている。

Montagnierは水の記憶に関する研究論文を2本発表している。1本は細菌のDNAに関するもので1、もう1本は、抗レトロウイルス薬で治療され、その血液中からウイルスが消滅したように見える患者から、HIVのDNAの電磁信号が検出されたとするものだ2。彼はこれがHIVのリザーバー(貯蔵所)になっていて、抗レトロウイルス治療を中断したり中止したりしたときにウイルスが再び急増する原因になっているのかもしれない、と推測する。Natureは数人のエイズ研究者にMontagnierの主張をどう思うか問い合わせた。彼らはこの主張を否定したが、公的にコメントすることは拒否した。

Montagnierは、自分の知見を独立に再現することを計画しているというが、2本の論文は、ベルリンに本社があるSpringer社が発行し、彼自身が編集委員長を務めている新しい学術誌Interdisciplinary Sciences: Computational Life Sciences で発表したものである。この驚くべき研究結果をもっと権威ある学術誌で発表しようとしなかった理由を尋ねられたMontagnierは、NatureScienceに投稿していたら、専門家たちは、Benvenisteや「水の記憶」への言及を目にした途端に「リボルバーの引き金を引く」と確信しているからだと説明した。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Montagnier, L. et al. Interdisciplin. Sci.: Comput. Life Sci. 1, 81-90 (2009).
  2. Montagnier, L. et al. Interdisciplin. Sci.: Comput. Life Sci. 1, 245-253 (2009).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度