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二重投稿に対する規制の厳格化

他人が書いた論文を自分のものとして発表する行為は盗作だが、自分自身が過去に書いた論文と同一内容の論文を新たに発表する「二重投稿」も罪になるのだろうか? 二重投稿は論文盗用よりは小さな不正行為に見えるかもしれないが、近年、厳しく監視・調査されるようになっている。2010年11月下旬には、カナダのクイーンズ大学(オンタリオ州キングストン)で、数年前から二重投稿をめぐる紛争が起きていたことが明らかになった。

クイーンズ大学機械材料工学科の名誉教授Reginald Smithの同僚によると、Smithが発表した論文のうち20本に、彼が過去に発表した論文と同一の内容が、その旨を明示することなく使用されていたという。大学当局がこの二重投稿について最初に知らされたのは2005年のことだった。彼らはその後、カナダ自然科学・工学研究会議(NSERC)による調査を受けた。NSERCはSmithの研究のいくつかに資金を提供しており、その中には、米国のスペースシャトル上で行われた実験も含まれていたからだ。

Smithは、既発表の研究内容とデータを複数の論文で繰り返し再使用したことに対して正式にけん責を受けている。しかし、これとは別に告発されていたデータの改ざんと盗作については、そのような事実はないとされた。問題の論文のうち、Annals of the New York Academy of Sciences誌に掲載された3本1と、Journal of Materials Processing Technology誌に掲載された1本2が撤回された。この状況が最近になって新聞に報道されると、カナダの研究助成機関に対して、より強い権限をもって、不正行為をした研究者を懲戒するべきだという声があがるようになった。

クイーンズ大学の冶金学者Chris Picklesは、「Smithは非常に優秀な科学者だったのですが、何かが起きて、二重投稿に手を染めてしまったのです」という。Picklesは、オンラインデータベースで論文を検索していたときに、Smithの名のもとでいくつかの二重投稿が行われていることに気付き、その不正行為を告発した。この件に関してコメントを求められたSmithは、Aird and Berlis法律事務所(カナダ・トロント)の弁護士Ken Clarkに回答を委託し、Clarkは、Smithが二重投稿した内容の多くは学会の紀要に先に掲載されたものであり、昔は、こうした紀要は広く出版されないのが普通だったとした。彼はまた、Smithが今は退職しており、二重投稿した論文から経済的利益を受けていないことも強調した。

適切な引用なしに過去の論文の内容を再度発表することは、「発表される科学論文はすべてオリジナルなものでなければならない」という前提に違反すると、多くの研究者が考えている。二重投稿は、研究者の履歴書の業績欄を水増しして、生産性を高く偽ることにもつながる。ヴァージニア工科大学(米国ブラックスバーグ)のバイオインフォマティクス研究者であるHarold Garnerによると、科学コミュニティーは、論文の「方法」のセクションに過去の論文と同一の記述があることは必ずしも不適切とは見なさないものの、「結果、考察、要旨については、新しい内容のものであることを期待している」という。

Credit: source: adapted from Ref 3; Elsevier

Garnerの研究グループは、生物医学論文の中に複製された文章がないかどうかを自動ソフトウェアを使ってチェックし、要旨とタイトルに酷似した文章が含まれている論文を7万9000組以上も特定した。Garnerによると、部分的に複製された論文のデータベースDéjà vuを立ち上げたことで、文章の再利用を不適切と判断した学術誌の編集者により、100本近い論文が撤回されたという。Urologic Oncology掲載のGarnerが行った分析によると3、生物医学論文の総数は2000年からコンスタントに増加しているが、二重投稿は2003年に増加が止まり、2006年から2008年にかけて激減したという(右グラフ参照)。「実際、状況は改善しているように見えます」とGarnerは言う。「かつて二重投稿をしていた人々が、それをしなくなったのです」。

Garnerはその理由を、学術誌の編集者が二重投稿への警戒を強め、彼のフリーツールや市販のソフトウェアを使って、投稿された論文中に過去にも使われた文章がないかチェックし、疑わしい論文は発表前に排除するようになったからだと考えている。

ORIは米国国立衛生研究所(NIH)の研究に関する盗作の申し立てを取り扱う。資金提供を受けている研究者数は、NIHが32万5000人、NSFは9万8820人である。2010年のデータは8月までのもの。 Credit: Sources: ORI; NSF

研究の公正に関するNSERCの方針には、盗作や二重投稿について具体的な言及がされていないため、Smithの二重投稿の問題が明るみに出ると、より厳しい規制を求める声が上がった。1999年から2008年まで米国科学財団(NSF)の監督長官を務めたChristine Boeszは、米国は盗作全般に対して強い姿勢で臨んでおり、「NSFは早くから盗作の発見に力を入れていました」という。Natureが米国情報公開法に基づいて取得した数字によると、2007年以来、NSFは毎年5~13件の盗作を発見している。これに対して、米国国立衛生研究所(NIH)の研究に関する盗作の申し立てを取り扱う米国保健福祉省(DHHS)の研究公正局(ORI)の報告によれば、過去3年間、文章の盗作に関する事例は1件もないが、データの改ざんまたはねつ造をした科学者は毎年発見されており、最も多いときは14人だった(右上表参照)。

ORIのスポークスウーマンであるAnn Bradleyは、ORIが業務に用いている盗作の定義では、軽微な事例は除外されるという(go.nature.com/p15kcu)。ミシガン大学(米国アナーバー)研究倫理・公正プログラム長であるNick Steneckは、世界中の監督当局が科学者の不正行為に対する統一的な方針を採用し、データの改ざんやねつ造だけでなく、二重投稿など、より小さな不正行為についても明確な基準を定めるべきだと語っている。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110323

原文

Self-plagiarism case prompts calls for agencies to tighten rules
  • Nature (2010-12-09) | DOI: 10.1038/468745a
  • Eugenie Samuel Reich

参考文献

  1. Braaten, D. Ann. NY Acad. Sci. 1176, 228 (2009).
  2. Smith, R. W., DeMonte, A. & Mackay, W. B. F. J. Mater. Process. Tech. 153-154, 589-595 (2004).
  3. Garner, H. R. Urol. Oncol.-Semin. Ori. 29, 95–99 (2010).