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ドイツ発、肝臓プロジェクト

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110324

原文:Nature (2010-12-16) | doi: 10.1038/468879a | Germans cook up liver project

Alison Abbott

生物学者と物理学者が手を組み、ヒトの肝臓の機能をあらゆるスケールで解明し、総合的に理解しようとしている。

「システム生物学」は、生体プロセスを総体的にモデル化する、分野の垣根を越えた生物学である。2010年12月、ドイツ・ドレスデンで、機能的なヒト肝臓モデルの作成を目的とした「バーチャル・リバー・ネットワーク」が発足した。プロジェクトには、生物学者のみならず、理論物理学者までも参加している。肝臓は薬物などの外来性化学物質を取り込み、体外に排出できるように代謝する。薬物代謝は薬剤の有効性と毒性に大きくかかわることから、このプロジェクトは、効果の高い医薬品の開発や、肝臓病の理解に役立つと考えられる。

肝臓の細胞の分子経路モデルとしては、すでに、薬物がどうやって分解されて活性を得たり毒性化合物を生じたりするのかを予測できるものが存在している。だが、肝臓の生物学的機能は、細胞や組織の全体的な相互作用システムをモデル化しなければ予測できない。同様に、肝臓病についても、肝臓全体のモデルを用いれば、分子の相互作用モデルよりもはるかに多くの情報を得ることができるであろう。

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バーチャル・リバー・ネットワークでは、多様な時空間的スケールで機能するプロセスのデータを一元化できる数学的モデルの開発、という難しい課題を主眼に置いている(右図参照)。成功すれば、細胞内の分子的シグナル伝達経路のモデルと、細胞そのものがどうやって機能するのかを示すモデルとを統合し、最終的には創薬企業をはじめとする研究機関が利用可能な、肝臓全体のモデルが構築される見込みだ。

一方で、やはり難しい課題である「社会学的問題」の解決も、プロジェクトの成功のカギを握る重要な要素だ。ドイツ全土の69の研究グループに属する250人の研究者を、共通の目標に向かわせなければならないのだ。モデルの構築を行っているハイデルベルク大学のUrsula Kummerは、「バーチャル・リバー・ネットワークの要求はとても厳しく、中心メンバーは皆、参加に際してそれぞれプレッシャーを感じています。しかし、さまざまなスケールを網羅したモデルの作成という課題は非常に興味深く、それこそが我々のモチベーションになっています」と語る。

ドイツ連邦教育研究省は、バーチャル・リバー・ネットワークに5年間で4300万ユーロ(約47億円)の助成をする。この土台となったのが、肝臓で最も多い細胞である肝細胞のモデル化をめざしたHepatoSysシステム生物学プログラム(2004~2009年)である。このプログラムには政府から3600万ユーロ(約40億円)が拠出された。

当初、ドイツの研究界は、HepatoSysに反感を抱いていた。教育研究省によるトップダウン的なプログラムの編成が気に入らなかったのだ。研究者の多くも初め、使い勝手のよい手持ちの培養肝臓細胞株ではなく、新しく採取した肝細胞を使用するという同省の決定を冷笑していた。実際、新しい細胞の全バッチがすべての研究所で標準的な品質を確保できるようにするプロトコールの確立には、数年を要した。だが、結果的には、研究者たちはその利点を認めることとなった。「培養細胞株は、生体本来の肝臓細胞と同じような挙動を示さないことがわかったのです」。こう語るのは、ドイツがん研究センター(ハイデルベルク)の分子生物学者であるUrsula Klingmüllerだ。

また、マックス・プランク分子細胞生物学・遺伝学研究所(ドイツ・ドレスデン)の理事を務めるMarino Zerialは、肝細胞は、もともと外来分子を取り込むがゆえに、「優れた実験系」であると指摘する。ほかの細胞種とは異なり、肝細胞は容易に低分子干渉RNA(siRNA;細胞内の相補的mRNAを標的として、遺伝子の発現抑制やサイレンシングを行う)も取り込むことができる。

HepatoSysには47人の研究者が参加し、生物学者と物理学者が強力な関係を築いた。Zerialと、同じ研究所の同僚Yannis Kalaidzidisは、お互い「切っても切れない仲」だと公言する。

6年間に及ぶHepatoSysプログラムからはまだほとんど論文が出されていない。だが、資金提供者は成功だったと考えている。教育研究省の命でバーチャル・リバー・ネットワークを管理するGisela Miczkaは、「さまざまな分野の人間がお互いを理解し、共通の目標に向かって研究を行うためには、それだけの時間が必要だったのです。でも今後2年間に、たくさんのHepatoSys発の論文が発表されると思います」と語る。ZerialとKalaidzidisも、ほかの研究者と共同で、5年をかけて、栄養分やシグナル伝達分子が肝細胞内に輸送される仕組みのモデルを開発した。そして今、論文の投稿に向けて準備しているところだ。

HepatoSysの後を引き継いだバーチャル・リバー・ネットワークは、継続してデータを取り、細胞スケールで生物学的事象の時空間的モデルを開発しようとしている。それだけではない。さらに、あらゆるスケールで肝機能を分析するシステムのために、新たな理論的枠組みを構築しようと心血を注いでいる。Kalaidzidisによれば、さまざまなスケールを網羅したモデルの作成は、微分方程式や推計統計学的方法などの標準的なツールに依存するのはもちろんだが、異なるスケール間のデータセットを結びつけるためには、さらに複雑な数学も必要なのだという。「スケールの間で『行き来する』ための一般的な方法はないのです」とKalaidzidisが言うとおり、それぞれのスケールでの重要な機能を解明しないと、そのデータを次のレベルに応用することができないのだ。

ヒトの臓器をモデル化する試みは、これが最初ではない。世界中の生理学者が何年もかけて心臓の計算モデルについて研究しており、その研究に基づいて欧州連合(EU)は2008年、さまざまなスケールで複数の臓器をモデル化するプログラム(Virtual Physiological Human Network of Excellence)を発足させた。「しかし、まだまだ、スケール間の連携は進んでいません」。オークランド大学生物工学研究所(ニュージーランド)の所長であるPeter Hunterは、こう打ち明ける。Hunterは、このプログラムの発足で大きな役割を果たした人物だ。

今回のバーチャル・リバー・ネットワークは、その規模の大きさや、これまですでに行われてきた基礎的な単発の研究を考え合わせると、「肝臓研究のブレークスルーとなる成果が期待できる」と考えられる。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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