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女の涙はセックスアピールにはならない

女性の涙には、男性の性的興奮を減退させ、テストステロン濃度を低下させる化学信号が含まれているという結果が、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホヴォト)の認知神経科学者Noam Sobelらにより、Scienceに発表された1。 ライス大学(米国テキサス州ヒューストン)でヒトの嗅覚を研究しているDenise Chenによると、ヒトのフェロモンの存在については論争中だが、ヒトの汗は、自己同一性、遺伝的関係、情動状態や健康状態に関する情報を伝達していることが、研究により示されているという。また、マウスの涙には性特異的フェロモンが含まれていることが明らかになっている2。しかしながら、ヒトが泣くことが一種の化学情報伝達であるという科学的証拠はない。「これは、ヒトの涙にも化学信号が存在することを示す、非常に興味深い証拠です」とChenは言う。

女性の涙の力

実験では、女性たちに1人で悲しい映画を見て涙を流してもらい、目の下に小びんをあてがって、それを採取した。その後、男性24人に、女性の涙か、女性の頬にしたたらせた食塩水を入れたびんをかがせ、さらに、それぞれの液体をしみ込ませたパッドを鼻孔のすぐ下に貼りつけ、女性の顔写真を見せた。すると、涙をかいだ男性は、食塩水をかいだ男性に比べて、顔写真の女性の性的魅力を低めに感じる傾向が見られた。一方、共感を持つ程度は同じだった。

別の実験では、50人の男性に涙か食塩水をかがせた。涙をかいだ男性は、自己申告による性的興奮の程度も、唾液中のテストステロン濃度も、興奮の生理学的測定値も低下したが、食塩水をかいだ男性では変化は見られなかった。

さらに、16人の男性に涙か食塩水をかがせて、機能的磁気共鳴映像法(fMRI)により脳の活動も測定した。その結果、涙をかいだ男性は、食塩水をかいだ男性に比べて、性的興奮にかかわる脳領域(視床下部など)の活動が低下していた。

進化の謎

ティルブルグ大学(オランダ)で情動の研究をしているAd Vingerhoetsは、「この研究が用いた手法に問題はなく、その結果は実にすばらしいと思います」と言う。「ただし、私が知るかぎり、涙がセックスに及ぼす影響を研究するには、論理的、理論的、実験的根拠がありません」。涙は社会的なきずなを強化し、思いやり行動を誘発すると考えられているうえ、マウスでは性的な誘引物質として作用している。にもかかわらず、ヒトの涙が共感の程度を変化させず、性的興奮を減退させるという結果に、Vingerhoetsは困惑している。

メリーランド大学ボルティモア校(米国)で行動の進化と神経学的基盤について研究しているRobert Provineによると、今回の結果は、涙が攻撃性を減退させるとする既存の研究結果と一致しているという。彼は、テストステロンは敵意と関連している可能性があり、攻撃性が減退することは進化的に適応しているのかもしれないと説明する。

今回の研究では、感情と結びついた涙とそうでない涙の作用を比較しておらず、涙を流す女性の感情が化学信号に及ぼす影響を直接評価することはできなかった。Chenは、異なる感情に由来する涙が異なる機能を担い、異なる化学的組成を持つのかどうかを調べるには、うれし泣きの涙や、アレルゲンやタマネギなどの刺激物による涙の実験も必要だと指摘する。

Chenはまた、著者らはまず、涙が女性の頬を流れないようにして、もう一度同じ実験をしなければならないとも言う。皮膚は、その人の情動状態によって変化する化学信号を分泌しているため、頬を伝った涙では、こうした化学信号も一緒に入ってしまうおそれがあるからだ。このように気になる点は多少あるものの、「全体として見れば、今回の成果は最初の研究として非常におもしろく、今後多くの研究が行われるようになるきっかけとなるでしょう」と、Chenは言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110304

原文

Women's tears contain chemical cues
  • Nature (2011-01-06) | DOI: 10.1038/news.2011.2
  • Janelle Weaver

参考文献

  1. Gelstein, S., et al. Science 331, 226-230 (2010).
  2. Kimoto, H., Haga, S., Sato, K. & Touhara, K. Nature 437, 898-901 (2005).