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ホッキョクグマ — 生き残りのために

今動けば、ホッキョクグマの絶滅を防ぐことができる。 Credit: ISTOCKPHOTO

北極海では、来世紀でも、夏の海氷が多少なりとも消えずに存続する可能性が高く、ホッキョクグマなどにとっての「最後の砦」は残されるだろうという報告があった。しかし、依然として、海洋汚染、異なる個体群間の交雑など、多くの脅威に直面していることに変わりはない。

ラモントドハティ地球観測所(米国)のStephanie Pfirmanらは、昨年12月に開催された米国地球物理学連合の会議で、北極の海氷がカナダ北極諸島およびグリーンランドの北側に集積し続けるという気候モデルを提出した。現在この海域には最も厚い海氷が存在している。これらの一部はこの海域で形成されるが、一部は風や海流によってシベリアから運ばれて来る。Pfirmanの見積もりでは、21世紀もしばらくは、面積にして50万km2程度の海氷が一年中維持される可能性が高いという。年々、夏に解ける海氷は増えつつあるが、今でも冬には海氷が形成されている。そして、この海域が以前より開けた状態にあるために、海氷が以前よりも速い速度で北極海のカナダ側へと運ばれているのだという。

またNature 2010年12月16日号に掲載された論文1は、北極の海氷についてさらなる希望をもたらした。この論文では米国地質調査所のSteven Amstrupらが、今後の海氷循環に関するモデルを調べ、近年の夏期の急速な海氷の減少は、アイス・アルベド・フィードバック(氷の面積が減ると太陽光の吸収が増大する)で北極の海氷が不可逆的に消失してしまう「温暖化の転換点」の出現ではなく、薄くなっている海氷が熱力学的に不安定化していることの表れだと報告している。だから、今、温室効果ガスの排出を削減すれば、ホッキョクグマの生息場所や北極生態系の保全に役立つだろうと述べている。

砦の危機

北極圏には、氷に覆われている期間が周囲に比べて長い場所が存在している。環境保護団体「オーデュボン・アラスカ」で活動している景観生態学者Melanie Smithは、シベリアとアラスカに挟まれたチュクチ海にある2つの浅瀬では、毎年夏の後半まで氷が解けないのだと話す。南方からやってくる暖流は浅瀬を迂回してしまうため、水温が周囲よりも1、2℃低いからだ。

実はアラスカ側の浅瀬では、石油会社Shell社(オランダ)が掘削を申請しているが、昨年4月のメキシコ湾原油流出事故を受けて米国政府が沖合での石油掘削を制限するようになり、プロジェクトは停止状態にある。掘削装置そのものによる、浅瀬の海氷上に生息する動物たちへの影響はわからないが、セイウチなど地域固有の動物にとって唯一残された生息適地で石油流出事故が起これば、壊滅的な影響が出るだろうとSmithは話す。そして、「北極にはそっとしておくべき場所が確実に存在しています。この浅瀬もその1つなのです」と語った。

Pfirmanらによれば、保護措置だけでは不十分だという。人間の工業活動のせいで、アジアからカナダへ向かう海氷の移動が妨げられたり、遠方から汚染物質が入り込んだりしないようにすることも重要なのだ。「北極海の環境を支える海氷は、ある大きい海域からやってくるのです」とNewtonはいう。研究者らは現在、この海氷を守るために国際協力すべきだと訴えている。

動物たちの「危険な関係」

たとえ北極の海氷の一部が残され、汚染されないようにしたとしても、動物たちにはもう1つの脅威がある。それは、雑種形成である。

海氷減少に伴う生息域の縮小や移動によって、ホッキョクグマが南方に迷い込んでハイイログマと接触したり、複数種のアザラシが狭い海域を共有せざるを得なくなったり、大西洋と太平洋のクジラが氷のない北極海海域で出会ったりすることが起こっているのだ。そう話すのは、米国海洋大気庁に所属しアラスカ州ジュノーに活動拠点を置く海洋生物学者Brendan Kellyである。こうした状況のせいで交雑を起こしやすくなり2、そのさまざまな弊害によって、ホッキョクグマなど一部の絶滅危惧種が絶滅に向かってしまうおそれがあるのだ。

翻訳:船田晶子 編集:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110303

原文

Polar bears could survive on persisting ice
  • Nature (2010-12-15) | DOI: 10.1038/news.2010.675
  • Nicola Jones

参考文献

  1. Amstrup, S. C. et al, Nature 468, 955-958 (2010).
  2. Kelly, B., Whiteley, A. & Tallmon, D. Nature 468, 891 (2010).