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ゲノムブロガーの登場

Joseph Pickrellが自分のゲノムデータをアップロードして数時間後、匿名のブロガーは、Pickrellがアシュケナージ系ユダヤの出身だと結論付けた。シカゴ大学(米国イリノイ州)の大学院で遺伝学を研究するPickrellは、当初はこの結論に懐疑的だった。しかし親類に聞いて、19世紀末にポーランドから米国に移住した曾祖父がユダヤ人であることを知ったのだ。「自分の中にユダヤ人の血が流れているとは全く知りませんでした」とPickrellは話す。

PickrellのDNAを分析したのは、ハンドルネームDienekes Pontikosという人物だ。彼は、最先端のゲノム分析とWeb 2.0を融合させた野心的なプロジェクトDodecad Ancestry Projectを主宰している(http://dodecad.blogspot.com)。読者が提供した遺伝データを分析して、個人のルーツや人類集団の歴史を明らかにし、知見をネット上で公開しているのだ。Pontikosは、少しずつ増えてきた「ゲノムブロガー」の1人。この集団は正式な科学者と愛好家の混合体で、公開されている計算生物学ツールを使えば、興味本位のバイオインフォマティクス愛好者でも新発見が可能であることを証明している。

ランバム・ヘルスケア・キャンパス(イスラエル・ハイファ)で人類史を研究している集団遺伝学者Doron Beharは、「ゲノムブロガーは断じて素人のレベルではありません。彼らの仕事には頭が下がります」と話す。

Pontikosはこれまで、2200人以上の個人のDNAをもとに数十万もの一塩基DNA変異を明らかにした。そのうち200例以上は、遺伝子検査会社にゲノムを分析してもらった読者が提供したものだが、残りは公開データだ。データの提供者(身元は非公開)は、自分のルーツを知りたい人がほとんどだ。

ギリシャ出身の自称「人類学愛好家」であるPontikosは、個人のルーツ探しよりも、人類集団遺伝学で見過ごされがちな集団の歴史に光を当てることの方に、関心を持っている。例えばすでに、ユーラシア大陸北部に住む人々のゲノムを分析し、フィンランド北部の集団とシベリア中央部の集団との遺伝的つながりを明らかにしている。

一方、Eurogenes系図プロジェクト(http://bga101.blogspot.com)を運営している31歳のオーストラリア人David Wesolowskiも、研究が不十分な集団に注目している。Wesolowskiと同僚は、イランとトルコ東部に住む人々の集団の歴史を調べた。自分のDNAを分析用に送ってきた人々は、自分たちを古代アッシリア人の末裔と考えているが、調べたところ、暫定的な知見として、かつてその祖先はその地方のユダヤ人集団と混血した可能性が示唆された。Wesolowskiはこの結果を査読付きのジャーナルに投稿しようと考えている。

しかし、Pontikosには論文発表は必要ないようだ。Eメールで「私には、自分が書くものを吟味してくれる完全無欠の世界があるからです」と書いてきた。実際、ブログのコメントには「主成分分析の固有値を示してください」といったものがあり、査読者がいるようなものなのだ。

DodecadとEurogenesが使っている技術やオープンソース・ソフトウェアは、遺伝学者の開発した最先端のものだ、とPickrellは指摘する。ただ、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)の集団遺伝学者John Novembreによれば、明快な解釈が必ずしも容易ではなく、査読付き文献ではなお議論の最中だという。

プライバシーに関する懸念については、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の法学生物科学センター所長であるHank Greelyは、「そんなに心配することはないと思います」と語る。両プロジェクトとも、多少改善の余地はあるかもしれないが、適切な保護対策がなされているという。

その一方で、生物医学的な応用に必要な遺伝子と形質のデータを得ることは、素人には不可能に近い。米国立衛生研究所のdatabase of Genotypes and Phenotypesのような公的リポジトリーは、厳しくアクセス制限されている。

それを変える取り組みの1つが、ハーバード大学医学系大学院(米国ボストン)の遺伝学者George Churchが主導するPersonal Genome Projectだ。10万人の全ゲノム配列と形質を、あらゆる人に無条件で公開することをめざしている。現在、1000人の参加者が登録され、うち10人分のほぼ完全なゲノムが公表されている。

質の高いデータが利用しやすくなれば、これら非公式のバイオインフォマティクスが活発化し、コンピューターの得意な人々がゲノミクスに大きく貢献できるようになる、とChurchは主張している。

翻訳:小林盛方、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110315

原文

The rise of the genome bloggers
  • Nature (2010-12-16) | DOI: 10.1038/468880a
  • Ewen Callaway