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脳梗塞後に働いている回復阻害物質

「タイミングがすべて」という言葉は、脳梗塞の治療によく当てはまる。脳梗塞は、脳に血液を供給する血管が閉塞して血流が妨げられることで起こる。最近は、血管を閉塞した障害物を取り除く方法が進歩し、そのダメージは劇的に改善されるようになった。しかし残念ながら、血流の回復によって後遺症が残らないほど効果が得られるのは、閉塞後2、3時間以内に治療が行われた場合に限られる。つまり、大半の患者にはこの治療法は適用できず、彼らは今でも、血流が滞ることで継続するダメージと闘い続けている。

そのため、梗塞直後から少し時間が経過して進んだダメージにも目を向ける必要があり、ここからの回復をいかに促進させるかが、脳梗塞研究における重要な領域の1つである1。今回Clarksonらの研究チーム2は、Nature 2010年11月11日号305ページで注目すべき成果を報告した。梗塞による脳損傷3日目のマウスにおいて、ニューロン(神経細胞)のGABAを介した「持続性抑制」を減少させることで、脳梗塞からの回復が有意に改善されることを発見したのだ。

脳梗塞後の機能回復のカギは、梗塞前に損傷領域と相互作用していたニューロンの結合性が、実質的に変化するところにある3。当然のことに、問題のニューロンの多くは、損傷部位に隣接する「虚血辺縁領域」に存在する。ニューロンどうしのシナプス結合において、可塑性(シナプス伝達効率を持続的に変化させること)にかかわる重要な調節機構の1つが、神経伝達物質GABAを介した抑制系だ4。Clarksonらはin vitroで、マウスの虚血辺縁領域のニューロンを対象に、GABAの関与する活動電流を梗塞後3日目から測定し始めた。すると、GABAが介在する速いシグナル伝達は正常だったが、それに付随する「持続性抑制」とよばれる活動が、虚血辺縁領域でかなり増強していることがわかった。要するに、ニューロン間の神経伝達に対してブレーキが強くかかった状態が続いているのである。

図1:脳梗塞の局所的な影響
Clarksonら2は、血管の閉塞により損傷を受けた虚血辺縁領域のアストロサイトでは、GAT-3(GABA輸送体)が減少して細胞外のGABA量が増えるため、ニューロンのシナプス外GABAA受容体がさらに活性化されることを発見した。こうしてニューロンで興奮性電流の短絡が増えることが、脳梗塞後の回復に不可欠な活動依存性の「ニューロン可塑性」を低下させていると考えられる。

この持続性抑制は、GABAA受容体を介して作動する。この受容体はシナプス領域外に分布しており、ニューロン細胞膜の陰イオン透過性を増大させる。増大した電気的漏出は、シナプス入力から細胞体や軸索小丘(活動電位の生じる場所)へ伝わる興奮性シグナルをショート(短絡)させる。このようなシナプス外受容体を活性化させるのが、活動状態にあるシナプスから溢出したGABAなのだ。通常、GABA輸送体は、このGABAをアストロサイトとニューロンの両方に戻す働きをする(図1)。しかしニューロンが脱分極すると、GABA輸送体は逆の働きが可能になり、その結果、細胞外GABAが増加する。

損傷した脳領域の近くでは、グルタミン酸受容体の過剰な活性化やエネルギー生成障害の二次的影響として、GABA輸送体が逆の働きをしている可能性もある5。しかし、Clarksonら2がこれらの輸送体を阻害してみたところ、ニューロン細胞膜のGABA介在性の持続性コンダクタンス(イオン電流の通過しやすさ)には、安定した増強がみられた。つまり、虚血辺縁領域のGABA輸送体は、細胞外GABA濃度を増加させるのではなく、通常の減少させる働き(ブレーキを緩める働き)をしていることがわかった。

GABA輸送体には数種類の分子がある。そこで研究チームは、GABA輸送体のそれぞれに対して選択的な薬理作用をもつアンタゴニスト(拮抗薬)を用いて、これらの輸送体のGABAの取り込みを次々と阻害してみた。その結果、虚血辺縁領域ではGAT-1輸送体は正常に働いているが、GAT-3輸送体によるGABA取り込み量が減少していることがわかった(図1)。また、研究チームがGAT-3発現量を選択的に減少させたところ(この場合、GABA取り込みを促進するようなイオン条件の変化はない)、それに伴ってGABA取り込み量が変化し、虚血辺縁領域での持続性抑制が増強されることもわかった。

ところで、こうした抑制が低減するとけいれん発作が起こる場合があり、この発作は脳の皮質領域で起こる急性脳梗塞の5パーセントでみられる6。こうしたことから、虚血辺縁領域でみられる持続性抑制の増強には、脳を保護する働きがあるのかもしれない。しかしClarksonらは、そうした保護作用は「シナプス結合を変化させる能力(可塑性)の低下」という代償を伴うだろう4と推論する。シナプス結合を変化させる過程は、大脳皮質の機能を再配分して立て直すために必須である。そこで、神経抑制を減少させることで可塑性の過程を増強できれば、それによって皮質領域が変化して筋の制御能が改善できるのではないかと考えられる。すなわち、強くかかっているブレーキを緩めれば、可塑性の増大に結びつき、機能回復につながる可能性があるということだ。実際、研究チームは、持続性抑制を減少させると、脳梗塞後の運動機能回復が改善されることを見つけた。マウスに釣り下げたワイヤの格子の上を歩かせ、踏み外した回数を測定したところ、改善が実証されたのだ。

さらにClarksonたちは、2通りの実験で、持続性抑制を減少させる(ブレーキを緩める)ことによって脳梗塞後の機能回復が促進されることを明らかにした。一方の実験では、GABA受容体の2つのサブユニットを欠失したマウスを調べた。これらのサブユニットは主にシナプス外受容体でみられ、持続性抑制に関与しているものだ。もう一方の実験では、これらのサブユニットを特異的に阻害するアンタゴニストを使って、GABA介在性の持続性抑制を選択的に減少させた。これら2通りの実験のどちらも、脳梗塞後の歩行機能の回復が促進されるという結果になった。

これらの興味深い観察結果2から、さまざまな研究の道が開けると考えられる。しかし第一に考えるべきは、安全性である。すでに述べたように、脳梗塞後にGABA介在性の持続性抑制を減少させると、けいれん発作が起こる可能性があり6、リスクを慎重に考慮すべきである。また、虚血辺縁領域ではGABA介在性の持続性コンダクタンスが増大してニューロンの抑制が増強されているが、この原因についても、さらに研究を進める必要がある。なぜなら健常な大脳新皮質では、GAT-3を薬理学的に除去しても持続性抑制は変化しないからだ7

もう一度繰り返すが、タイミングがすべてである。過去の研究8は、脳梗塞を発症した時点においては、抑制増強が起こることが有益であることを示している。また、Clarksonらの実験でも、脳梗塞後に抑制を減少させるタイミングが早すぎた場合、脳梗塞の規模が大きくなるという有害な影響が見られた。こうしたタイミングの「縛り」は、GABAに有益な機能と有害な機能の両方があることを示しており、実用化にもっていくためには、この理由も解明する必要がある。

Clarksonらの実験では、GABA介在性の持続性抑制を減少させたとき、その影響は脳全体に及んだ。そのため、この実験の主要な作用対象が、果たして本当に「虚血辺縁領域での持続性抑制の増強」だったのかどうか、なお不確定さが残っている。脳梗塞が起こると、損傷した領域を含む局所的神経ネットワークの活動状態が変化する9。その結果、抑制の局所的変更と全体的な変更の両方が、これらのネットワーク活動の一部を再構築する助けとなり10、それによって機能回復を向上させているのかもしれない。

今回Clarksonらが得た有益な影響は、すべて、最初の機能回復解析の時点(脳梗塞の1週間後)ですでに観察されていたものである。それ以降は、治療した個体も未治療の個体も、同じ速度で並行して回復している。この結果から、GABA介在性の持続性抑制の減少によって、損傷した皮質ネットワークの機能が改善されている可能性が、再び浮上してくる。それは、ネットワークの長期回復と分けて考えるべきである。長期回復による改善の場合、マウスの歩行能力の改善率も高めるし、また、GABA阻害物質を除去した後も持続することになる。もちろん、直後の機能改善と長期回復による改善の両方の効果が、筋の制御でみられた改善に寄与している可能性はある。しかしClarksonらは、GABA阻害物質を除去すると、回復の改善度がおよそ半分になることも示しているのだ。

ちなみに、GABA介在性の神経抑制を低減すると、覚醒状態が増強されるようだ。Clarksonらは、それぞれの実験の直前にマウスの一部集団に行った抑制低減処置による梗塞直後の歩行機能増強は無視しているが、げっ歯類では覚醒剤によって脳梗塞からの回復が改善されることがわかっている11。これがヒトにも当てはまるのかどうかはわかっていない。したがって今後の研究では、意識の観点からGABA操作の影響を注意深く制御していくことが求められる。

脳梗塞からの回復を早める戦略は、救急救命を補完するものとしてだけでなく、実行可能な医療としても期待されている。なぜなら、厳しいタイムリミットのある従来の治療法に比べ、余裕をもって行えるものだからだ。今回の成果2は、その戦略の1つとして有望であり、さらに研究を重ねていく必要がある。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110228

原文

Recovery inhibitors under attack
  • Nature (2010-11-11) | DOI: 10.1038/468176a
  • Kevin Staley

参考文献

  1. Hachinski, V. et al. Stroke 41, 1084–1099 (2010).
  2. Clarkson, A. N., Huang, B. S., Maclsaac, S. E., Mody, I. & Carmichael, S. T. Nature 468, 305–309 (2010).
  3. Cramer, S. C. Ann. Neurol. 63, 272–287 (2008).
  4. Martin, L. J. et al. J. Neurosci. 30, 5269–5282 (2010).
  5. Moskowitz, M. A., Lo, E. H. & Iadecola, C. Neuron 67, 181–198 (2010).
  6. Camilo, O. & Goldstein, L. B. Stroke 35, 1769–1775 (2004).
  7. Keros, S. & Hablitz, J. J. J. Neurophysiol. 94, 2073–2085 (2005).
  8. Green, A. R., Hainsworth, A. H. & Jackson, D. M. Neuropharmacology 39, 1483–1494 (2000).
  9. Paz, J. T. et al. J. Neurosci. 30, 5465–5479 (2010).
  10. Sanes, J. N. & Donoghue, J. P. Annu. Rev. Neurosci. 23, 393–415 (2000).
  11. Sprigg, N. & Bath, P. M. W. J. Neurol. Sci. 285, 3–9 (2009).