印刷法によるトランジスター
エレクトロニクス分野では、シリコンは「神の材料(God’s material)」とよばれる。自然界に豊富に存在するうえに、結晶成長、精製、ドーピングが比較的容易であり、好ましい電子輸送特性を示すため、商用集積回路の世界では無敵の材料だ。シリコンは、マイクロエレクトロニクス分野において早い時期から支配的な地位を占めてきた。二番手は、主にRFデバイスに使用される化合物半導体であるが、常にシリコンに大差をつけられてきた。
しかし、シリコントランジスターにはスイッチング速度やエネルギー効率に関する本質的限界があり、5年前くらいから、ある程度の多様性をもつ半導体材料に変更せざるを得ないケースがみられるようになった1,2。そこで将来のアプローチとして、非シリコン系半導体をシリコンプラットフォーム上に集積化して、異種材料からなるヘテロシステム(異なる機能をもつ複数種の材料を利用)を作製する方法が考えられている。
Nature 2010年11月11日号の286ページでは、このようなアイデアを実現するための興味深い手法がKoらによって報告されている3。Koらの手法は、リボン状のヒ化インジウム(InAs)を印刷法4でシリコンウエハーに転写するものであり、これらナノスケールの厚さのリボンでできたトランジスターは、非常に優れた性能を示した。このような印刷法を利用することによって、次世代シリコン電子デバイスの性能を向上させる可能性が見えてきたといえる。
InAsなどの化合物半導体は、電子移動度と導電率がきわめて高い魅力的な材料である2。同等の大きさのシリコントランジスターよりも速く(最高2倍)、電力効率のよい(最高10倍)トランジスターを作製できる。しかし、化合物半導体は、正孔移動度(正孔は「電子の抜けた孔」)が低く、質の高い界面絶縁体を得にくいため、単独では大型相補型論理回路に利用しにくいが、シリコンベースの技術を戦略的に補強する材料として使える可能性がある。
このように化合物半導体を追加的に利用する手段として、シリコンウエハー上に化合物半導体材料を成長または接着させる方法が、広く研究されている。好ましい研究結果が得られる場合もあるが、そうした成長・接着法では、材料に欠陥が入るとか製造が難しいなど、重大な欠点がある。Koら3は、これらの欠点を回避する高度な手法について報告しており、そのアイデアをInAsを使って実証した。
図1:印刷法で作製されるヘテロ構造型電子デバイス
Koら3は印刷法で電子デバイス用ヘテロ構造を作製した。アンチモン化アルミニウムガリウム(AlGaSb)層でコーティングされたアンチモン化ガリウム(GaSb)ウエハーから、ナノスケールの厚さのヒ化インジウム(InAs)リボンを、シリコーンゴムスタンプを利用して剥(は)がし取った後(左図)、ナノリボンを二酸化シリコン/シリコン(SiO2/Si)基板に転写する(右図)。この過程で、InAsはインクとしての役割を果たす。
Koらの手法の第一段階では、最適化された方法を利用して、アンチモン化ガリウム(GaSb)ウエハー上に、アンチモン化アルミニウムガリウム(AlGaSb)層をコーティングし、その上に、非常に薄い純粋なInAs膜を成長させる。次に、得られたInAs膜をナノスケールの厚さの細長いリボン状にパターニングしてナノリボンアレイを形成した後、エッチング液でAlGaSbを選択的に除去して、基板からナノリボンアレイを浮き彫りにする。最後の段階で、シリコーンゴムスタンプを使って、ナノリボンアレイを基板から剥(は)がし取った後、シリコンウエハーの二酸化シリコン(SiO2)絶縁体表面に転写する。ここが「印刷」の工程4で、InAsが「インク」の役割を果たしている(図1)。
この手法にはいろいろな材料が使えるため、Koらは、作製された構造体を「エックス・オン・インシュレーター」、すなわちXOIとよんでいる(Xは半導体を表す)。これは、SiO2/Si基板上のシリコンを意味するSOIにならったものだ。
Koら3が用いた印刷法は、ナノスケールのリボン状、ワイヤー状、シート状半導体(シリコン、ヒ化ガリウム、窒化ガリウム、リン化インジウムなど)を、基板から別の表面(シリコン、ガラス、プラスチックはもとより、紙やゴム4,5にも)へと転写する最近の方法であり、ますます精巧になっている。
この印刷法は、生物系と一体化した電子デバイス6、半球状「眼球」や近赤外線撮像装置7,8、フレキシブル・ディスプレイや照明装置9、光起電力モジュール8などで実証されている。これらの例の多くは、別の接着層がなくても、スタンプ上での粘弾性効果4や特殊なレリーフ構造10を利用して、むき出しの基板表面上に材料をそのまま印刷可能であった。
今では、高度な手段によって、マイクロメートルスケールの印刷位置精度と、1時間に数百万個以上の構造体印刷に相当するスループットが可能になり、99.99%に近い収率が達成可能だ。
印刷法は、現在、薄い化合物半導体太陽電池の低密度アレイや、入射太陽光を集光する微小光学素子を組み込んだ光起電力モジュールの市販前製造に利用されている11。これまでにも、化合物半導体とシリコンの一体化に同様の印刷法を利用することが提案されてきた4,5,12。しかし、Koら3は、ほんの数nmという並外れて薄い半導体材料層を用いることによって、半導体関連では群を抜いて最高の成果を達成したわけだ。
Koら3は、接着剤のない非常にきれいな界面と質の高い熱成長酸化物を用いることによって、これらの非常に薄い半導体層から、従来のバルクトランジスターよりもはるかに効果的にオン/オフ可能なトランジスターを得た。また、そのようなデバイスの1つについて、デバイス動作の本質的な物理過程をとらえる系統的な実験的研究について報告しており、厚さを50 nmから10 nmまで薄くすると、三次元電子輸送から二次元電子輸送へと徐々に移行する興味深い現象が起こることを見いだした。
デバイスシミュレーションを行うことによって、このような傾向を定量的に捉えるばかりでなく、これに関連してスイッチング特性が向上する理由を説明している。このように理論と実験結果を照らし合わせることで、デバイスを構成する印刷材料が無欠陥で予測どおりの性質をもつ証拠が得られた。
開発されたトランジスターの性能パラメーターは非常に期待できるものであり、電子移動度が類似設計のシリコントランジスターの値を大幅に上回っている。しかし、高いスイッチング速度でのデバイス挙動を評価して、最先端シリコンプラットフォームの性能向上の可能性を確認しなければならない。今後の研究指針は、この領域でデバイスの動作面を調べ、シリコントランジスターとの相互接続動作を実証することである。
この種の研究は、実用上重要な問題を解決できるかどうか、という状況の中で科学技術の知識を深めていけるので、きわめて魅力的だ。現代社会の電子デバイスは、ますますユビキタス性が高くなっている。このことは、研究がうまくいけば、幅広く建設的な影響が及ぶことを示唆している。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2011.110230
原文
A diverse printed future- Nature (2010-11-11) | DOI: 10.1038/468177a
- John A. Rogers
- John A. Rogers、イリノイ大学材料科学工学科(米国)。
参考文献
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- Chau, R., Doyle, B., Datta, S., Kavalieros, J. & Zhang,K. Nature Mater. 6, 810–812 (2007).
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