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タレント科学者の苦労

Credit: KWGN News2 Denver/ABC/CBS/VideosatNSF

Sara Mednickの本は、昼寝の効能を一般向けに説く。 Credit: J. Belcovson

2007年1月、Sara Mednickは絶頂期だった。1日1回のテレビ出演を、1か月にわたって毎日こなしていた。全米のラジオ番組にも取り上げられ、発売されたばかりの著書『Take a Nap! Change Your Life.』(昼寝をしよう! あなたの人生が変わる)の内容が繰り返し放送された。10社を超える企業が彼女の専門知識とサポートを求めてきた。その中の1社、シリコンバレーの巨星「グーグル」が求めたのは、従業員向けの「昼寝戦略」だった。どの番組でも、彼女は、大学と大衆文化を結ぶ一流科学者の輪に加わりながらも、冷静さを失わなかった。

それは容易なことではなかった。「毎日違う街に行って、未明のテレビ番組といったありえない時間帯に働くのは、正気の沙汰ではありません」とMednickは話す。彼女はその経験に困惑しつつも、少しだけ得意になった。「自分の研究を続けながら、メディアの世界で大成することもできるのではないか、と考えている自分がいました」。

ニュースサイクルの24時間化、地方放送局やブログの急増などにより、15分以上の露出時間を得ることが容易になり、研究とメディア出演の両立を考える科学者の数は増えつつある。世論調査では、科学界は、メディアによる科学報道の改善を望んでいる一方で、メディアにそれができるかどうかを測りかねている、という実情が浮き彫りになっている。

例えばピュー研究センター(米国ワシントンD.C.)が2009年に行った調査では、一般市民の科学的理解の不足を大きな問題と考える科学者が85%に上り、ほとんどが、従来のメディアによる科学の取り上げ方に不満をもっていることが明らかにされた。また、2010年の前半にNatureが行ったアンケート調査によれば、研究者の多くは、所属する研究機関がメディアへの露出をほとんど重視しておらず、また、それを昇進決定の主要な材料とするべきではない、と考えていることもわかった(go.nature.com/em7aujを参照)。

しかし「その潮流が変わりつつある」とカリフォルニア大学バークレー校(米国)心理学科長のStephen Hinshawは語る。上の世代からは派手とか虚栄と見られていたような行為が、急速に科学者の日常の一部になりつつあるのだ。「何年か前なら、メディア通の人は『薄っぺらすぎる』 と白い目で見られたものです。今日、心理科学に社会的な意味を与えることは有益であり、お金が集まり、スポンサーにアピールでき、一般大衆へのアピールにもなります。今や、そのすべてが善なのです」。

しかしMednickの件でもわかるように、有名人の科学はいいことばかりではない。彼女は、緊密な科学者仲間に属していない人々に影響を与え、有名人の地位を得た。しかし、彼女自身は、正統な科学界において、まじめな科学者として見てもらいたいという希望も捨てていない。タレント科学者は守られる必要があること、割に合わないことばかりであること、専門家としての評判に思わぬ影響が及ぶ場合があることを、Mednickは悟っている。

Mednickは、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の睡眠実験室で研究を進めている。部屋のドアを静かに閉めながらささやいた。「くれぐれも音を出さないでくださいね。隣の部屋には昼寝をしている人がいますから」。

その実験室はホテルのような昼寝用の部屋からなり、睡眠中の被験者を静かに見守る研究者の部屋もある。5年間そこにいるといいつつも、彼女にとって、静かにしているのは楽ではなさそうだ。青い目を鋭く向けていたのに、突然笑い出した。いくらも経たないうちに、隣室で眠っている被験者のことを忘れてしまったようで、Mednickは生き生きと自分の研究を説明し始めた。

同僚はMednickのことを、昼寝研究の世界の第一人者とよぶ。研究対象はさまざまな種類の睡眠であり、またそれが人間の認知や運動技能に与える影響である。彼女らは、一例として、60分、90分の昼寝が複数の視覚認知作業の成績に及ぼす効果は、丸一晩寝るのと同等であることを明らかにした(S. Mednick et al. Nature Neurosci. 6, 697–698; 2003)。

彼女が昼寝の魅力に取りつかれたのは、1990年代後半、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)で、統合失調症患者の視覚記憶を心理学の博士課程の学生として研究していたときだった。睡眠の専門家であるRobert Stickgoldの講義を聴いて、進む道を変えようと決心した。Mednickはハーバード大学でStickgoldの下で研究を開始し、2003年、ソーク研究所(米国カリフォルニア州サンディエゴ)で博士研究員(ポスドク)の口を得た。同研究所の切磋琢磨する学術的な雰囲気の中で、同僚たちは彼女に、書けるだけの論文を書いてテニュア(終身的身分)につながるポストに就くことを期待した。

しかし彼女は、ポスドクとしての最後の年を、一般向けの昼寝の本を書くことに費やした。出版元であるWorkman出版社はニューヨークに本社があり、料理と健康の本、性生活のノウハウ本、カレンダーなどを発行している。

「『いったい何をやっているんだ? こんなことしてもテニュアはとれないよ』というのが科学者仲間の声でした」とMednickは話す。その本をMark Ehrmanと一緒に書いたのは、自分の研究を一般の人に知ってもらいたかったからだ、とMednickは話す。「ご覧のとおりの本です。ただ自分の研究を実社会に役立てたかったのです」とも説明する。動機の一部として、虚栄心や印税への期待があったことは認める。しかし、究極の動機は、旧習をひっくり返したいという欲求にあったようだ。彼女は自分の主義主張に向かって突き進んでいる、と友人や同僚はいう。その本は間違いなく彼女を有名にした。2007年にメディアの注目の的となったのだ。

世間が睡眠科学に夢中になり、出版市場は活況を呈した。アマゾンドットコムは、「睡眠」「医学」を冠する書籍を750冊以上も並べている。しかしその中で、睡眠を研究したことのある科学者が書いたものは少数にすぎない(販売数上位30位までの著者のうち、修士または博士号をもっているのは約3分の1にとどまる)。残りの多くは、専門家を自称する人やヨガ教師が書いたもので、牧師までが名を連ねている。そんな状況もあって、メディアは、真昼の睡眠が体によいことを証明した本当の科学者、Mednickに飛びついたのだ。

150回ものメディア出演や数えきれないほどのインタビューにもかかわらず、彼女の印税の取り分は3万ドル(約250万円)にしかならず、かろうじて前金を超えた程度だった。グーグルはMednickが提供したコンサルティングに対して一銭も支払わなかったという。グーグルの担当者は、その件に関して詳細を明らかにすることはできない、と語った。Mednickが報酬を受け取った唯一の企業は、オランダのMetroNaps社だ。同社は、仕事中にうたた寝するための斬新な「昼寝カプセル」を発売している。彼女は同社のウェブサイト用に睡眠調査用の質問群を考案し、1万~1万5000ドル(約83~120万円)を得たが、2010年12月時点で、自分の写真の使用を取りやめさせることができていないという。

「自分のしていることが本当にわかったのは、後になってからです。自分の写真と名前を使うことは許可しました。しかし、それが私自身のかかわりたいこととは全く違っていることに、あるときハッと気が付いたのです」と打ち明ける。

Mednickは、研究室に戻るとモニタリング室に入り、しばらくの間、部屋の雑音が被験者の邪魔にならないように気を配る。現在の研究テーマは、短期のレム睡眠の効能を調べることなので、被験者にはよく眠ってもらわなければならない。脳波計のデータ ( 脳の電気的活性の記録) によれば、この被験者の昼寝は発作的に生じるという。

彼女の研究の多くは、著書と同様に、昼寝の最適な長さと昼寝をとる最適な時間帯に着目している。これをわかりやすく示すため、MednickとEhrmanは、睡眠スケジュールの可視化に役立つ「昼寝ホイール」をデザインした。しかし、昼寝ホイールで出世できるかというと、そういうわけでもない。Mednickは研究助成金を獲得したが、今でもテニュアにつながるポストを探している。

睡眠に関する教育ドキュメンタリーをいくつか作り、『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラー『Power Sleep』(Harper, 1998)を書いたJames Maasは、「Mednickはリスクを冒している」と話す。「私だったら、テニュアを取るまで待ちなさいとアドバイスしたでしょう」。Maasによれば、ほとんどの大学関係者は、Mednickがとったような行動を大っぴらには批判しないものの、影響はもっと微妙で、例えば、昼間に実験室を離れてテレビ出演ばかりしていることを快く思わない資金提供者の心証が害されることもあるという(メディアへの露出の功罪については、Nature 2010年11月18日号465ページを参照)。

Stickgoldによれば、Mednickの世間的イメージは間違いなく本人のキャリアに影響を与えるが、それは、例えば補助金を受け損なうとか、基調講演が別の研究者に与えられるといった、目につきにくい形のものだという。Mednick本人には、それがいつ起こったのか、思い当たる節はない。しかし、影響度の高い主要な科学誌には論文が掲載されても、SleepJournal of Sleep Researchというこの分野の有力誌には発表できていないことを彼女は嘆く。

Sleepの編集長David Dingesは、Mednickは「興味深い研究をした立派な科学者」だとしつつ、全投稿論文の75%が不採用となっているのだから、と現状を打ち明ける。Mednickは同誌を非難こそしていないものの、自分が外の世界で行った活動が妨げになっているのではないか、と案じている。ただそうだとしても、自分の本やメディア出演については後悔していない、と言い切る。彼女はテレビ出演を続け、一般向けの出版社への原稿を書き続けている。そして、後輩には自分と同じことをするようアドバイスする。

Mednickはまだ、どこに所属しようか決められないでいる。しかし一方で、有名人に向かうステップは、すべて慎重に交渉しなければならない。2010年8月後半、彼女は、ドラマ性の高い対決シーンで知られる有名なトーク番組『Dr. Phil』から電話を受けた。彼女の本が気に入り、睡眠についての番組を作りたいという話だった。しかし最終的には、番組は「科学的なルート」つまり彼女を採用するのをやめ、パートナーの浮気を疑う女性の夢を解釈する人を選ぶことに決まった。

「多分それがベストだったと思います」とMednickは語っている。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110220

原文

Scientist as star
  • Nature (2010-11-18) | DOI: 10.1038/468365a
  • Erik Vance
  • Erik Vanceは、米国カリフォルニア州サンフランシスコのベイエリアを拠点に活動するフリーランスのライター。