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高ヒ素存在下で生きる生物

米国宇宙航空局(NASA)は2010年12月2日(現地時間)、「地球外生物を示す証拠の探索に影響する宇宙生物学的発見」と銘打った記者会見を行い、リンの代わりにヒ素を利用してDNAなどの生体分子を作り上げる能力をもつ微生物を発見した、と発表した。そのような能力をもつ生物はこれまで知られていない。この成果は、Scienceオンライン版に掲載された1。しかし、発表後まもなく、一部の科学者たちからその主張に疑問の声が上がり、また、このようなタイトルの記者会見で一般の人々に発表するのはどうかといった異論も出ている。

GFAJ-1と名付けられたこの細菌は、米国カリフォルニア州のモノ湖で発見された。モノ湖はヒ素を多く含む。多くの人々も、GFAJ-1がモノ湖や高ヒ素濃度の実験環境で生息できるという驚くべき特徴をもつことは、問題なく受け入れている。しかし一部の科学者からは、「論文のデータは、GFAJ-1はヒ素を利用しているのではなく、ヒ素の毒性を排除しながら、可能なかぎりのリン酸分子を拾い出しているらしいことを示唆している」という意見が出ている。この細菌が生命の新たな化学的挙動を示しているとするNASAの記者会見での主張は、好意的にみても時期尚早なのだという。

外部からのコメンテーターとして記者会見に招かれた、応用分子進化財団(米国フロリダ州ゲインズビル)の化学者Steven Bennerは、鉄の鎖とアルミホイルとの関係を引き合いに出し、細菌のDNAのリン酸と入れ替わったとされるヒ酸イオンは、形成する結合が桁違いに不安定だと説明した。Bennerによれば、この生物では、結合が弱い代わりに、DNAばかりか、環境からのヒ酸塩の取り込みや遺伝物質への組み込みに必要な分子のすべてがいっしょに存在していなければならないだろうという。

これに対し、アリゾナ州立大学(米国テンピ)の宇宙生物学者Paul Daviesをはじめとする今回の論文の共同著者は、ヒ酸の結合が特別な分子によって補強される可能性があり、ヒ素を利用する生物では、通常の生物と比較してとにかく分子の崩壊と構築の回転率が高い、と反論した。

しかし、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の生物地球化学者Roger Summonsは、この論文の大きな問題は、GFAJ-1がヒ素を取り込んでいることは示されているが、「ヒ素を含む有機化合物が全く確認されていない」ことだ、と語る。さらに、その確認は難しいことではないと話し、選択的質量分析法を利用すれば、DNAやRNAにヒ素が含まれていることを直接確認したり否定したりすることができたはずだ、と指摘する。

巨大な液胞は、この細胞がヒ素を隔離していることを示しているのかもしれない。 Credit: CIENCE/AAAS

今回のデータそのものが、周囲にある微量のリン酸塩を利用しながら、ただヒ酸塩を吸収して分離する生物を暗示しているのではないか、と考える研究者もいる。スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の生化学者Gerald Joyceは、「これは適応に関する大発見ですが、E.T.(地球外生物)の発見ではありません」と語る。そして、論文から1つ明らかなのは、この生物は膨らんでいるように見え、大きな液胞のような構造体(隔離された毒物の目印であることが多い)を含んでいることだ、という。さらに、ヒ酸塩で増殖するこの細菌は細胞周期の静止期に分析されており、Joyceによれば、静止期では活発な増殖時ほど生存のためのリン酸塩が必要でないという。実際、高濃度のヒ酸塩存在下で増殖した細胞は、RNAを全く含んでいないようであった。これはもしかすると、リン酸塩を温存するためにRNAの産生が遮断されたためかもしれない。論文の計算では、ヒ酸塩下で増殖した細胞のDNAには、ヒ素の26倍のリンが含まれることが明らかにされている。

ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)の微生物学者Rosemary Redfieldは、「こうしたことを見落とし、除外したのは、著者たちの過ちです。著者たちの主張することを鵜呑みにしてはいけません」と批判する。Redfieldは、この論文の問題点をまとめ、2010年12月4日付の自分のブログに掲載した。このブログは、2010年12月8日現在で3万件を超えるアクセスがある。

論文の筆頭著者で、米国地質調査所(カリフォルニア州メンロパーク)に所属するNASAの宇宙生物学研究フェロー、Felisa Wolfe-Simonは、こうした批判について言及することを拒んでいる。NatureへのEメールには、「この種の議論には与しません。正式に論文にし、我々の論文と同じように査読を受け、すべての議論が適切に調整されるようにきちんと審査のプロセスを経るべきだと考えます」とあった。

しかし、NASAの記者会見のテーマであり、Wolfe-Simonが繰り返し主張した、「地球外生物を示す証拠の探索に影響する宇宙生物学的発見」がメディアの注目を集めると、カリフォルニア大学デービス校(米国)の微生物学者Jonathan Eisenは、Wolfe-Simonの言い分を「ばかばかしい」とこき下ろした。「地球外生物云々の記者発表しておきながら、科学論文だけで議論しようなんてふざけていますよ」と言い捨てる。

Scienceを発行する米国科学振興協会(ワシントンD.C.)の広報Ginger Pinholsterによれば、Scienceでは、再現性のある研究だけでなく、反響の大きい人目を引く論文の掲載も、「出版の重要な目標」と考えているのだという。Pinholsterはまた、Scienceがリリースした記者向け論文要旨では、地球外生物の探索に言及しておらず、同誌が「何ら追加的なプロモーション行為を組織するものでもない」とも語っている。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110203

原文

BIOCHEMISTRY: Microbe gets toxic response
  • Nature (2010-12-09) | DOI: 10.1038/468741a
  • Alla Katsnelson

参考文献

  1. F. Wolfe-Simon et al. Science doi: 10.1126/science.1197258; 2010