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共生する細菌が昆虫の体色を変える (𡈽田 努)

––Natureダイジェスト:体色の研究を始めたきっかけは?

本研究で用いたアブラムシ(エンドウヒゲナガアブラムシ)。右は赤色、左はリケッチエラの共生により緑色になった。体長約4mm。 Credit: 写真提供:𡈽田努

𡈽田:偶然なんです。別の目的で、赤色と緑色のアブラムシを使って実験している際に、体色の変化を発見したのです。

緑色のアブラムシから体液を取り出して、赤色のアブラムシに注入し、それから産まれた赤色の子を飼育していました。産まれてから数日後、飼育容器を見てみると驚きました。虫が緑色になっているのです。自分の目を疑いましたね。容器を取り違えた可能性もあるし、実験をやり直してみました。しかし、同じ現象が再現されたのです。赤色が緑色に変化したと確信しました。

アブラムシは単為生殖ですから、子は親のクローンです。赤色のアブラムシの子は、赤色です。体液の注入で、子の体色がすっかり変わってしまうなんて、本当に思いもよらないことでした。そこで、その原因を調べてみることにしたのです。

––どのように調べたのですか?

注入した体液を解析して、細菌の存在を調べました。なぜかというと、アブラムシの体液中に共生している細菌のいくつかが、宿主にさまざまな影響を与えることがすでに知られていたからです。例えば、今回の発見の数年前に、共生細菌が宿主であるアブラムシの植物適応(利用する植物の種類)を左右することを私は発見していました1

解析を重ねた結果、ある細菌の関与が明らかになりました。リケッチエラという細菌です。そして、リケッチエラがアブラムシに共生していると、アブラムシの体内で緑色系の色素が増加することを突き止めました2*

生物にとって体色の意味は?

––野外に生息するアブラムシにもリケッチエラが共生しているのですか?

はい。共同研究者によるフランスでの調査ですが、調べたアブラムシ個体の7.9%に、リケッチエラが共生していました。野外に生息する緑色のアブラムシには、もともと緑色のものと、リケッチエラが共生して緑色となったものと、2種類が存在していたのです。

また、リケッチエラは親アブラムシの卵巣内に共生することによって、次世代にも安定して引き継がれることがわかりました。次世代のアブラムシは、生まれたては赤色で、成虫になるにしたがって緑色になることもわかりました。

––体色にはどのような重要性が?

アブラムシにとって、自分の体が赤色か緑色かは、生存にかかわる大問題です。植物上では、赤色のアブラムシは緑色のものよりも、捕食者であるテントウムシに食べられやすいのです。米国の研究で実証されています。植物の緑色を背景としたときに、赤色が目立つことがその理由であると推測されています。

––なるほど、緑色が有利なのですね。

いやそれが、そうとも限りません。アブラムシの体内に卵を産みつけて、やがて死に至らしめる寄生バチというハチがいます。このハチは、緑色のアブラムシを標的にする傾向があることがわかっています。赤色個体に卵を産みつけても、テントウムシに食べられてしまいやすいために不利であることが、影響しているのでしょう。

どんな捕食者が周囲に多いかなどによって、生物間の相互作用が変わり、体色の有利・不利も変わってくるのです。

––それでは、リケッチエラの共生は、どう影響しているのでしょうか?

緑色になったアブラムシは、寄生バチには寄生されやすくなると予想されるのですが、ここで、興味深いことがわかりました。リケッチエラが共生しているアブラムシのうちの多く(約80%)には、別な細菌、ハミルトネラかセラチアのどちらかが、同時に共生しているのです。この2つの細菌は、寄生バチが産み付けた卵やその幼虫を殺す働きをもつことが知られています。

すなわち、リケッチエラは、アブラムシの体色をテントウムシに食べられにくい緑色に変えるのと合わせて、寄生バチに対抗できる細菌ともアブラムシの体内に共生しているのです。アブラムシそしてリケッチエラ自身の生存率を上げている、そういう可能性が推測されます。

微生物の共生が進化をもたらす

––細菌などの微生物の共生が、宿主生物の進化に影響する可能性は?

アブラムシ体内には、共生細菌の生息する「菌細胞」があり、その細胞質にリケッチエラやブフネラが多数含まれる(リケッチエラを赤色、ブフネラを緑色で示した)。なおリケッチエラは菌細胞のほかに、体液中にも存在する。 Credit: 写真提供:産業技術総合研究所 主任研究員 古賀隆一

リケッチエラのような共生細菌は、宿主の生態系での生物間相互作用の進化に大きく影響を与えると考えられます。

また、共生微生物の遺伝子が、宿主生物のゲノムに入り、その生物の進化を引き起こすことが、いくつかの昆虫で報告されています。今年発表されたアブラムシ全ゲノム配列の情報を利用した研究からも、アブラムシの体色の赤色系色素の合成には、菌類から水平転移した酵素遺伝子が関与していることなどが明らかになりました。

––今後、リケッチエラの遺伝子がアブラムシのゲノムに移動する可能性は?

あるかもしれないし、ないかもしれません。遺伝子の水平転移やその遺伝子の定着の仕組みが、まだわかっていませんし。

長い時間が経てば、それが生じるということでもないようです。例えば、ブフネラという細菌は、ほとんどすべてのアブラムシ類に共生しており、必須アミノ酸などを合成・供給することで、アブラムシに不可欠の存在です。このブフネラ共生の起源は今から1億年以上も前にさかのぼると推定されていますが、遺伝子の水平転移は見つかっていません。

さまざまな手法を総動員させるのが生物学研究の醍醐味

––昆虫では、細菌などの共生が一般的にみられるのですか。

昆虫では、細胞内や体液中に共生細菌が生息すること(「内部共生」関係)が、かなり一般的にみられます。共生細菌がどのように分布し、どんな影響をもつかは、今まさに研究活発化の途上にあります。

––今回の研究では、分子から生態レベルまで、多様な手法が使われていますね。

それが、私の研究スタイルなのです。何かを研究する際、分子から細胞、個体、生態レベルでの現象の、どれか1つではなく、全体を知りたいのです。

私の性格は、興味がどんどん分散してしまうタイプです。よくいえば守備範囲が広いといえるのでしょうが、1つ1つの専門性や研究では、集中タイプの人にはかないませんので、自分の性格に、コンプレックスを抱いた時期もありました。しかし、今、共生や生物間相互作用の研究という、さまざまな切り口でテーマを見つけ出すことのできる研究領域に身を置くと、この性格でよかったと思えるようにもなりました。専門性の高い分野については、他の人と共同研究をすればいいわけですから。

生態学や動物学だけ、あるいは分子生物学や生化学だけというように、どちらかにだけ集中するのではなく、全体を視野におくことで、これまで気付かれなかったさまざまな事象に切り込むことができるのだと思います。

––今後の研究の進め方は?

まず、次世代シーケンサーを使って、体色変化に関与する共生細菌のゲノム配列や、その際に働く宿主側の遺伝子を網羅的に調べるつもりです。それにより、今後のさまざまな解析の土台となる事実が得られると思います。

それから、今回の研究が、医学や農学に応用できる可能性も大いにあります。私は、修士取得後、2年間ほど企業に勤務し、農薬の開発に携わっていたことがあります。そのときの経験からか、基礎研究はもちろん、応用研究にも興味があるのです。この辺りも、「興味分散型」で、私らしいのかもしれませんね。

––ありがとうございました。

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110226

参考文献

  1. * 産業技術総合研究所の深津武馬研究室をはじめ、4研究機関との共同研究。
  2. Tsuchida T.et al. Science. 303, 1989 (2004).
  3. Tsuchida T. et al. Science. 330, 1102-1104 (2010).