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中規模の研究室が最も高い成果をあげる!?

米国立衛生研究所(NIH)の傘下にある研究所の中で最大規模の研究所の1つが、NIGMS(国立総合医科学研究所、メリーランド州ベセスダ)だ。ここのJeremy Berg所長が書いたブログ記事が、この秋、NIHで評判になった。Bergは、2006年にNIGMSから研究助成金を受けた約3000人の研究者の科学的生産性を分析した。この種の研究用の強力なツールを開発したNIHのデータマイニングの専門家の助けを借りて、科学者がこれまで憶測でしかいえなかった「研究助成金の規模と科学的生産性の関係」を具体的な数字で示したのだ。

「必要なものはすべてそろっていたため、2年もかかるようなプロジェクトでなくとも、この問題に取り組めると思いました」とBergは明かす。

Bergの分析では、2006年にNIHから直接交付された研究助成金額をもとに、2938人の研究者を14グループに分類した。そして、2007年~2010年中盤までの発表論文数の中央値と、その論文が掲載された雑誌の平均インパクトファクターの中央値を、助成金額規模と関係付けてグラフ化した。

このグラフを見ると(右図参照)、発表論文数の中央値も平均インパクトファクターの中央値も、ともに年間研究助成金が75万ドル(約6200万円)の辺りで最大に達し、それ以上になると、いずれも目に見えて減少している。

研究室がある一定の規模に達すると、管理が一段と難しくなり、「研究助成金1ドル当たりの平均発表論文数は減少する」というのが長い間の通説だった、とBergはいう。しかし今まで「このことを、より定量的に示したデータは実際には得られませんでした」と指摘し、即座に、助成金のレベルのばらつきが大きい点を付け加えた。「80~90万ドル(約6600~7500万円)の助成金を受け取る研究者が、同じ期間中に40~50編の論文を発表するケースもあります。同様に、平均的な行動がすべての人の行動を反映しているわけではない点にも留意することが大事です」。

公的資金支出の説明責任

経済の低迷と財政赤字の膨張によって、米国政府は、緊縮財政を強化しているが、Bergの分析は、こうした時期に発表された。米国では、予算に関する法案が下院で発議されるため、歳出に厳しい姿勢をとる共和党が下院の多数派となる2011年1月からは、経費削減の圧力が強まる可能性が高い。そして、経費削減を推進する政治家が、その意思決定の参考にするため、今回のBergのような分析に関心を示す可能性がある。

「科学は、一般市民にとっての最大の関心事でないことは明らかで、不況時には、ぜいたくとみられる可能性があります。そのため、公的資金の影響と支出について、より大きな説明責任と証拠書類の充実が求められているのです」。こう語るのは、米国ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のJohn Marburger研究担当副学長だ。Marburgerは、George W. Bush大統領の下で、科学技術政策局の局長として、科学政策の策定・評価システムの合理性を高める作業を推進した。「議会と政府は、単なる成功物語以上のものを求めています」。こう付言するのは、NIH傘下の国立アレルギー・感染症研究所(メリーランド州ベセスダ)の科学管理担当副所長John McGowanだ。

現在、Bergのものとよく似た分析が、より大規模な形で進行中だ。2010年5月に始動したSTAR METRICS(Science and Technology in America’s Reinvestment ― Measuring the Effects of Research on Innovation, Competitiveness and Science、米国の再投資における科学技術:研究のイノベーション、競争力および科学への効果の測定)だ。これはNIHと米国立科学財団が主導するプロジェクトで、連邦助成金の受領者データと発表論文数、特許数、被引用回数や雇用状況等の成果を結びつけて、米国における研究支出の経済的・社会的影響の測定法を開発することをめざしている(Nature 2010年3月25日号488ページ参照)。

一方、McGowanのチームは、NIH助成金の受領者とインパクトファクター、被引用回数、特許出願数、公開特許数を含む各種評価指標を結びつけて、生産性を測定するためのコンピューターツール「e-SPA(electronic Scientific Portfolio Assistant、電子版科学ポートフォリオアシスタント)」を開発した。現在、NIHでは、約1000人のスタッフが、研究ポートフォリオを計画したり評価したりする時や、個別の助成金交付に関する「ぎりぎり」の選択をする際に、このe-SPAを利用している。

2006年には、国立環境衛生科学研究所(米国ノースカロライナ州リサーチトライアングルパーク)が、27万5000件のNIHの助成金と発表論文の対応関係を1980年までさかのぼって検索できるSPIRES(Scientific Publication Information Retrieval and Evaluation System、科学出版情報検索評価システム)の運用を始めた。

一方で、こうした取り組みに懐疑的な論者もいる。「科学の特定の領域に生産性があるからといって、それが社会的価値の予測指標になるという理屈にはなりません。科学者が大きな関心を示しても、応用面ではさほどの価値のないテーマで生産性が高くなることがあるからです」。こう話すのは、ワシントンD.C.に本部のあるアリゾナ州立大学「科学・政策・成果コンソーシアム(Consortium for Science, Policy and Outcomes)」の共同ディレクターDaniel Sarewitzだ。

それでも、こうした分析結果は、ますます縮小する財源をめぐって競争を繰り広げる科学者の間で注目を集めている。ノースカロライナ大学チャペルヒル校の生化学者で、NIGMSから研究助成金を交付されているDorothy Erieにとって、Bergの分析には、重要な指摘が含まれている。「受け取っている研究助成金が22万5000ドル(約1900万円)より多い場合と少ない場合では、生産性の違いが非常に明確に現れます。受け取った助成金で2人しか雇えなければ、高い生産性を上げることは難しいのです」。

限界もきちんと認識すべき

Bergは、今回の分析は、会話の糸口に使える程度のもので、これを使って機械的に判定を下せるようなものではない、と強調する。「助成金を受け取っている研究者が4編の論文を発表し、そのうちの1編がRNA干渉法の発見に関するものであった場合、この研究者に『あなたが受け取っている助成金のレベルなら、7編の論文を発表していなければならないのに、4編しか発表していないじゃないですか』と話すようなことは、モノの考え方として明らかに誤っています」とBerg。

2010年にNIGMSから年間80万ドル(約6600万円)の助成金を受けて、ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)の研究室を運営した発生生物学者Raphael Kopanは、NIHの研究投資に対する見返りを科学的に分析したBergの試みは称賛されるべきだ、と話す。しかし、例えば研究者主導型の研究に対する助成金とNIGMS主導のプロジェクトに対する助成金との比較や、助成金交付機関に属する研究者とそうでない研究者の比較といった区別をしないと、「小規模の研究室で、限られた助成金で研究を進める場合に最も高い研究成果が得られる、といった誤った結論が導き出されるおそれがあります。そのような結論は必ずしも正しいとは思いません」とKopanは話している。

それでもBergの分析は、「潤沢な研究資金を得ている研究室に対しては、新たな研究助成金を交付しない」という20年間続いているNIGMSの方針を正当化するものとなっている。1999年以降、NIGMSに申請中の助成金を合わせると各機関団体からの直接支援の総額が75万ドルを超える研究室については、NIGMSは助成金申請を却下してきた。

Bergの分析は、このNIGMSの方針の「現実性をチェックするもの」となっており、その分析結果は「NIGMSが大きな誤りを犯していないことを示している」とMarburgerは話す。

Bergの次のプロジェクトは、2010年1月に発効した「研究助成金申請書の簡略化」について、その影響を調べることで、主たる研究テーマは、申請書の簡略化が申請者の評価結果に与える影響を明らかにすることだ。

今後、何が起ころうとも、予算が抑制される方向に進む可能性は高い。そのため、政府系研究機関は、その生き残りを図るうえで、できるかぎり最良の定量的評価指標を開発して、「武装」することが重要となる。こうした環境下で、Bergたちは「非常に適切な」論点に取り組んだ、とKopanは話す。生物医学研究のコストが高騰している中で、議会は、NIHの予算をそれに合わせて増額してはおらず、それだけでNIHの機能を縮減する結果になっている、とKopanは主張する。そして、もし予算削減を断行せざるを得ないのであれば、「してもよいが、ただし、正しく行うべきだ」と語っている。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110223

原文

Study says middle sized labs do best
  • Nature (2010-11-18) | DOI: 10.1038/468356a
  • Meredith Wadman