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自信過剰は自然選択において有利に働く

運転免許を持っている人に、自分の運転技能を評価するように言うと、ほとんどの人が「平均より上」と答えるだろう1。同じことが、認知課題の遂行能力2、魅力(ただし、女性ではなく男性の場合)3、行動の健全性4についての自己評価についてもいえる。我々は概して、自分の能力を実際より高く評価しているのだ。高校生100万人を対象とした調査では、実に70%の生徒が自分を平均以上のリーダーであると評価していた(逆に、自分を平均以下だと思っている生徒は2%だけだった)5。さらに驚くべきことに、大学教授の自己評価によれば、その94%が平均以上の教育能力を有していることになる6

回答者の全員が正しいはずがないのは明らかだ。だからといって、彼らが社会生活に適応できていないとか、精神的に不健康であるという訳ではない。むしろ、抑うつ状態の人々を対象とする調査に限定したほうが、集団における自己評価に整合性が見えてくる7(ただし、この知見には疑問の声も上がっている8,9)。精神的に健康な人々は、いわゆる「肯定的幻想」という幸せな病気にかかっていて、自分の能力や自分がコントロールできる出来事について過大評価し、危険に対する弱さを過小評価している10。もちろん、過大評価の程度が甚だしい場合には自己愛性人格障害や誇大妄想ということになるが、健康な人々の自己評価は、実際の能力よりもわずかに高いところから始まっているようだ。その理由について説明できそうなモデルを、JohnsonとFowlerがNature 2011年9月15日号317ページで提案している11

まず、明らかに問題になるのは、過信がいかにして自然選択の過程を生き残ってきたかということだ。多くの人におめでたい自己評価が見られることは、自信過剰であることが、適応的でさえあるかもしれないことを示唆している。これは、適応的でないにもかかわらず、集団内にある程度の割合で存在している統合失調症などの形質とは対照的だ。それにしても、他人と比較した自分の能力の評価を誤ることが適応的であるとは、いったいどういうことなのだろう? 自分の能力を誤解していたら、判断を誤るだけだとは思われないだろうか?

図1:蝶のように舞い、蜂のように刺す
モハメド・アリは、自分は「世界の王」だと信じていた。この究極の自信が彼を支え、多くの勝利をもたらした。JohnsonとFowler11によれば、過信は進化上の利点となるという。 Credit: Getty Images

これに対しては、これまでにいくつかの説明が提案されている。その1つが、自分を過信している人は他人にも自分の偉大さを信じ込ませることができるという利点を指摘するものだ。確かに、揺るぎない自信ほど強い説得力があるものはない。このため、他人と比較した自分の位置付けに対して上向きのバイアスがかかると考えられる12。こうした過信はあちこちで間違いを引き起こすかもしれないが、他人から高い評価をされることで、間違いを上回る利益を得る可能性がある(図1)。

今回、JohnsonとFowler11が提案している説明は、これとは明らかに大きく異なっている。彼らのモデルによれば、バイアスがかかったセルフイメージは人々に正しい判断をさせることができるが、バイアスのかからないセルフイメージは最適でない判断を導くおそれがあるという。これは直観に反しているように聞こえる。ポイントは著者らが、人間が物事を判断する過程について「純朴経済学者」のような考え方をするのをやめた点にある。(といっても、言葉のとおり、「純朴な」経済学者という意味ではない。ここでいう純朴とは「純朴概念」のことで、人は日常的経験から物事に対して思い込みがあり、それによって概念やルールを形成しているという考え方のことである。)

著者らのモデルで想定しているのは、1つの価値ある資源をめぐって、2人の人間がその所有権を主張するかどうかを判断するという状況だ。両者が所有権を主張する場合には、2人はその資源をめぐって戦うことになる。戦いはどちらにとってもコストがかかるが、強いほうが勝って、資源を手にすることになる。一方だけが所有権を主張する場合には、資源はその人のものになる。どちらも所有権を主張しないなら、資源は誰のものにもならない。

さて、競い合う2人が相手の闘争能力を正確に評価できるなら、最適な戦略は明らかだ。自分のほうが強ければ戦えばよいし、自分のほうが弱ければ相手に資源を譲ればよい。話がおもしろくなるのは、両者が相手の強さについて不十分な情報しか持っていない場合である。この場合、強いほうが相手の強さを過大評価して、所有権を主張するのをためらう可能性がある。そうしてためらっている間に弱いほうが所有権を主張すれば、報酬を手にすることができてしまうのだ。

この状況は、経済学者が「完全な合理性」と呼ぶ領域、すなわち、競い合う2人が自分の置かれた状況を完全に理解し、相手が資源の所有権を主張する見込みを正しく予想しているという仮定のうえで、扱うことができる。しかし、JohnsonとFowlerは、正しい判断へはもっと近道があるという。それは、単純な発見的方法(つまり、自分のほうが強いと思ったら戦う)を、バイアスと組み合わせたものである。資源の価値が戦いのコストを上回っている場合には、あちこちで余分な戦いをするリスクよりも、相手が所有権を主張しなかった資源を手に入れられる利益のほうが大きくなる。このとき、自分の闘争能力を過大評価する特性は好都合になる。反対に、資源の価値が戦いのコストを下回っている場合には、自分の闘争能力を過小評価しているほうがよい。なお、著者らのモデルにおける人々の行動は実際にはもっと複雑で、自分を過大評価する人と過小評価する人が安定して混在する集団へと進化するという予想なども導かれている。

もう1つの進化論的説明も考えられる。過信は平均的な報酬を少なくするかもしれないが、一方では、大きな成功を手にする人々は自信過剰のグループから現れるという説明だ。例えば、ルーレットの「腕前」についての過信は、概してプレーヤーの負けを誘う。けれども、ルーレットで大儲けする人々は、頻繁にこのゲームをしているはずだ。「勝者がすべてを手に入れる」などの強い選択では、過信が有利に働くと考えられる。

さて、今回のJohnsonとFowlerの研究11からは、さまざまな興味深い問題が出てくる。例えば、我々の脳には、戦いのコストが低い場合の「勝利の戦略」の回路が組み込まれているはずだが、その方法は2種類考えられるだろう。1つは単純な発見的方法と過信が合わさったもので、自分のほうが強いと思ったときにだけ戦うが、自分の強さを過大評価しているというものだ。もう1つは、過信のない「完全な合理性」が作用するもので、若干の不確実性がある場合には、自分よりわずかに強いと思った相手とも戦うことが勝利の戦略となるかもしれない。今後の実証研究や理論研究により、どちらの方法が我々の特徴をよりよく説明しているのかが明らかになるかもしれない。

さらには、取引行為における過信13、非常に複雑な金融商品を購入しようとする意欲(これが現在の金融危機を引き起こしたと考えられる)、戦争に至る政治的決定14、動物の闘争行動の進化15などと、今回の知見との関連を解明することができたら、興味深い。94%の大学教授が自分の能力を平均以上だと評価しているなら、今回の知見に関連して自然に出てくるこうした問題に片っ端から取り組むだけの「過信」も持っているはずだ。

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2011.111228

原文

Selection for positive illusions
  • Nature (2011-09-15) | DOI: 10.1038/477282a
  • Matthijs van Veelen、アムステルダム大学(オランダ)実験経済・政治意思決定センター。
  • Martin A. Nowak、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)数学科および有機体・進化生物学科進化ダイナミクスプログラム。

参考文献

  1. Svenson, O. Acta Psychol. 47, 143-148 (1981).
  2. Kruger, J. & Dunning, D. J. Pers. Social Psychol. 77, 1121-1134 (1999).
  3. Gabriel, M. T., Critelli, J. W. & Ee, J. S. J. Pers. 62, 143-155 (1994).
  4. Hoorens, V. & Harris, P. Psychol. Health 13, 451-466 (1998).
  5. Alicke, M. D. & Govorun, O. in The Self in Social Judgment (eds Alicke, M. D., Dunning, D. A. & Krueger, J. I.) 85-106 (Psychology, 2005).
  6. Cross, P. New Directions Higher Educ. 17, 1-15 (1977).
  7. Taylor, S. E. & Brown, J. D. Psychol. Bull. 103, 193-210 (1988).
  8. Shedler, J. et al. Am. Psychol. 48, 1117-1131 (1993).
  9. Colvin, C. R. & Block, J. Psychol. Bull. 116, 3-20 (1994).
  10. Sharot, T. The Optimism Bias: A Tour of the Irrationally Positive Brain (Pantheon, 2011).
  11. Johnson, D. D. P. & Fowler, J. H. Nature 477, 317-320 (2011).
  12. Trivers, R. Deceit and Self-Deception: Fooling Yourself the Better to Fool Others (Allen Lane, 2011).
  13. Barber, B. M. & Odean, T. Q. J. Econ. 116, 261-292 (2001).
  14. Johnson, D. D. P. Overconfidence and War: The Havoc and Glory of Positive Illusions (Harvard Univ. Press, 2004).
  15. Enquist, M. & Leimar, O. J. Theor. Biol. 127, 187-205 (1987).