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下痢から子どもを守る

毎年、下痢のために5歳未満の子どもが100万人以上死亡している。下痢は、5歳未満の子どもの第2位の死亡原因(1位は肺炎)で、その40%がロタウイルスによるものだ。そして、ロタウイルス感染によって死亡した子どもの半数は、アフリカの子どもである。

まもなく、そのアフリカで、ロタウイルスワクチンの接種キャンペーンが初めて大規模に実施される。これは、スイスのジュネーブに本拠を置くGAVIアライアンス(「ワクチンと予防接種のための世界同盟」より改称)によるプログラムだ。GAVIは、2015年までに40か国の世界最貧国で、5000万人の子どもにロタウイルスワクチンの接種を行うことを計画している。ロタウイルス胃腸炎は世界中で一般的に見られる疾患であり、高所得の国では死亡する子どもはごく少数だ。こうした国では、入院や点滴による水分補給治療を容易に受けることができ、また、ワクチン接種がより一般的になっているからである。

ロタウイルスワクチン接種キャンペーンの開始
ロタウイルスワクチンが13のアフリカ諸国で子どもに提供される予定である。アフリカ諸国ではロタウイルスが子どもの高い死亡率の原因になっている。 Credit: SOURCE: GAVI/WHO

すでに、GAVIからの資金援助を受け、ニカラグア、ボリビア、ガイアナおよびホンジュラスの4か国で、ロタウイルスのワクチン接種プログラムが成功をおさめており、今回は、アフリカの13か国(右図参照)とアフリカ以外の4か国の計17か国に規模を拡大している。「飛び上がるくらいうれしいです。やっとワクチンをアフリカの子どもたちに届けられるのですから」と、「保健分野における適正技術導入プログラム」(PATH:米国ワシントン州シアトル)のJohn Weckerは話す。PATHは、世界保健機関(WHO)と米国疾病対策予防センターと協力してロタウイルスワクチン接種プログラム(RVP)を進めている。

これまで、高所得国で承認されたワクチンが低所得国に供給されるまでには、15~20年もかかっていた。だが、GAVIからの資金援助によって、ロタウイルスをはじめ、いくつかのワクチンについては迅速になりつつある。現在のロタウイルスワクチンは、高所得国と中所得国での臨床試験に基づいて、ちょうど5年前に最初にWHOと米国食品医薬品局によって承認された。低所得国でこれらのロタウイルスワクチンの接種プログラムによる臨床試験を行うことは、たとえ、そうした国では栄養状態が悪く、ほかの感染症にかかっている子どもが多いためにワクチンの効果がそれほど得られなかったとしても、キャンペーンをより拡大するためには重要であった。しかし、臨床試験から、これらのワクチンが下痢の症例数を減少させること、そして、さらに重要なことに、実際に重症例や死亡を防ぐことが証明された。そのうえ、複数の変異性の高いロタウイルス株も予防した。これは、予想外のことだった。研究者たちは、ロタウイルスは変異性が高いので、多くの異なるロタウイルスワクチンが必要かもしれないと思っていたからだ。

RVPでは、過去数年間にわたって、発展途上国の保健当局者に、発展途上国での疾病による負担やワクチンの効果の証拠を示して、ワクチン接種を強く求めてきた。このことが、ワクチン接種が最も必要な場所の特定、ワクチンの有効性の評価、およびワクチンの安全性のモニタリングに役立つ疾患監視ネットワークの構築につながっている。

実は、ロタウイルスワクチンの開発は1990年代に中止されたことがある。ワイス社(2009年にファイザー社[米国]が買収)のワクチン、ロタシールドの重篤な副作用のためである。ロタシールドは、1998年に米国で導入されたが、接種を受けた子ども1万人当たり1~2例で、腸重積(致命的な腸閉塞)のリスクが示され、数か月後に市場から回収された。

今回の新しいワクチン、ロタリックスとロタテックの臨床試験では、それぞれ6万人以上の子どもを対象に検討されたが、腸重積のリスク上昇は見られなかった。しかし、南米での導入後に行われた調査では、ロタシールドよりはるかに低いが、腸重積のリスクが示された(M. M. Patel et al. N. Engl. J. Med. 364, 2283–2292; 2011)。だが、Weckerによれば、WHOと国家監視官がそのデータを再検討した結果、腸重積のリスクは10万人当たり1~2例とわずかに上昇したが、ワクチン接種の利益のほうがはるかに大きいと述べているという。

ロタリックスを製造するグラクソ・スミスクライン社(英国)は、ワクチンを1回接種当たり2.50ドル(約190円)で、GAVIのキャンペーンに提供すると申し出ている(ワクチンは2回接種が必要)。これは現在のワクチン最低価格を67%も下回る。メルク社(米国)もロタテックの割引価格での提供を約束している。GAVIは、ここ数年のうちに、新興国のいくつかの製造業者で自社ワクチンの生産が始まれば、価格はさらに低下すると予想している。

GAVIはロタウイルスワクチン接種プログラムに先立ち、2010年12月から肺炎球菌(肺炎やほかの感染症を引き起こす細菌)のワクチン接種プログラムを実施している。そのプログラムは、今年の9月下旬には、発展途上国19か国から37か国にまで拡大した。「この2つのキャンペーンは、確実に状況を好転させます。これらのワクチンは、発展途上国の子どもの主要な死亡原因である下痢と肺炎を大きく減少させるでしょう」とWeckerは語っている。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2011.111219

原文

Vaccine campaign to target deadly childhood diarrhoea
  • Nature (2011-09-29) | DOI: 10.1038/477519a
  • Declan Butler