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パーキンソン病の新治療法を科学が阻害する!?

Credit: E. ANTHONY JOHNSON/ALAMY

Peggy Willocksは44歳のときにパーキンソン病と診断された。病気の進行は速く、4年後には米国テネシー州エリザベストンの小学校長の職を辞めざるを得なくなった。その後ほどなく彼女の症状は悪化し、1人で身支度や食事、歯磨きや入浴をするのが難しくなり、部屋の中を人の手を借りずに歩くこともほとんどできなくなった。

彼女は、カリフォルニア州南サンフランシスコのバイオテク企業であるTitan Pharmaceuticals社が開発した、スフェラミン(Spheramine)という実験的治療薬の臨床試験(治験)に参加した。スフェラミンは、特殊な人工マイクロ担体に付着させた培養ヒト網膜上皮細胞だ。この細胞群を脳内に移植すると、そこでドーパミン前駆体であるレボドパを産生して、パーキンソン病の症状を低減してくれると期待されている。2000年8月、Willocksはこの療法を受けた2番目の患者となった。

頭蓋に定位用の鉄製の輪を固定された後、全身麻酔を施された。次に、外科医がその枠と磁気共鳴画像法(MRI)による多数の像から得た座標をもとに、位置を決め、頭蓋に孔を開けた。そして、脳の白質の中にカテーテルを通し、奥深くにある線条体に移植用の細胞群を注入した。

最初は何の効果も見られなかったが、6~8か月経つと、Willocksはよくなったと感じ始めた。この変化は常にゆっくりで段階的だったが、手術後9か月後頃に1回だけ、例外的な変化があり、主治医はこれを見て「平衡感覚が大幅に改善されている」と言った。この第一相臨床試験の対象となった彼女とほかの5人の患者は、手術後1年までの間に運動能力に48%の改善が見られ、4年後でもこの改善状態はほぼ保たれていた1

それから10年、彼女は今、症状が悪化しているのがわかるが、手術を受ける前よりはずっといいと話す。彼女はこの療法がうまくいったと信じて疑わない。しかし研究者たちはそうは思っておらず、スフェラミンは2008年にお蔵入りになった。追試の二重盲検法を使った第二相試験で、プラセボ(偽薬)以上の効果が見られないことがわかったからだ2。このときに細胞療法と比較対照されたのが、脳の「偽手術」である。これは、脳内に細胞を注入しないことだけが異なり、あとは、Willocksが受けた手術とすべてほぼ同じ手順で進められる。

パーキンソン病をはじめとする神経疾患を、侵襲的な手法で治療しようとしている研究者にとって、比較対照実験としての脳の偽手術は、簡単だしやりやすい方法だ。現在、実験的な組織移植法、遺伝子治療、幹細胞療法が開発され続けており、この偽手術法は今後増えていくとみられる。Willocksが参加したような小規模で安全な臨床試験は、治療の有効性を知る「手がかり」にはなるかもしれないが、有効性を「実証する」ようには設計されていない。

二重盲検法というのは、医師も患者もわからない状態でなされる検査だが、この偽手術の場合、最低限、医師の側は目あきでわかっている。関与する研究者も患者も非盲検、つまり医薬が投与されていることを知っている場合、先入観にとらわれてしまい、実験結果に歪みが生じる可能性がある。「盲検ではない方法で得られる結果に信頼性がないことははっきりしています」と言うのは、ニューヨークのマウント・サイナイ医療センターの神経学者で、20年以上も前から細胞を使ったパーキンソン病の脳外科手術療法を研究してきたWarren Olanowである。「自分の研究データや仮説を二重盲検法で検証しないなんて、まともな科学者には考えられません」。

しかし、脳の偽手術は費用がかかりすぎ、危険もあり、医学生物学的行為として非倫理的側面もある、と指摘する研究者もいる。偽手術は不要なのかもしれないのだ。ケンブリッジ大学(英国)の臨床神経研究者Roger Barkerは、こうした療法の施術の仕方はいろいろだし、患者の応答の仕方にもばらつきがあるので、次の開発段階へ進む前に、非盲検の状況でプロトコルをきちんと整えておく必要がある、と主張する。また、こうした侵襲的な療法は費用がかかり、複雑で、適した患者の人数も少ないために研究の規模が制限されるので、偽手術による対照群から得られる結果は、統計的有用性が制限される。

Barkerとヨーロッパ各地の研究仲間は、現在、胎児のドーパミン作動性神経細胞を移植する多施設臨床試験に向けて、患者登録を進めている。総額で1200万ユーロ(約13億円)規模となる予定だ。ここでは、偽手術による対照群の検査は十中八九行われない。プラセボを使った対照群は、いわば歴史的前例にすぎず、脳外科手術の臨床試験には適用できないだろうとBarkerは言う。一方で、Willocksやほかの患者たちはもっと踏み込み、プラセボ対照実験は単に不要なだけではなく、有用となりうる療法を失墜させている、と攻撃する。

めんどうな対照実験

パーキンソン病の外科的療法は、過去25年、まさに苦難の道を歩んできた。1987年、メキシコの外科医の論文3で、重度のパーキンソン病患者2人に、ドーパミンを産生する副腎由来組織を移植したところ、奇跡的な治療効果が見られたことが報告された。その後、数年の間に何百人かの患者がこの療法を受けたが、後に行われた数例の遺体解剖によって、移植した細胞群は実際には生着していなかったことが判明した4。それと同じころ、胎児由来神経細胞(Barkerが臨床試験で使うのと同様のもの)の移植療法を検討する小規模な研究が開始され、いろいろ入り交じってはいるが有望な結果が得られた。

しかし、この細胞移植法と偽手術を比較解析した2つの研究5,6の結論は、この移植法は効果がないばかりか、ジスキネジアまで起こすことが多々あるというものだった。ジスキネジアとは、特に投薬を受けているパーキンソン病患者に見られる運動性障害のことだ。この7年の間に、小規模な試験で有望とされた3つの実験的治療法(スフェラミンを含む)1,7,8は、偽手術対照群と比較する第二相臨床試験で、すべて失敗に終わっている2,4,9(下表を参照)。

脳の偽手術は、砂糖のプラセボを使うわけではない。頭蓋に定位用の枠を装着した後、患者は普通、麻酔をかけられ、外科医が頭蓋骨に孔を開ける。大半の場合、この穿孔は脳を保護する硬膜のところで止められるが、時にはもっと深く開けることもある。神経成長因子GDNFについて調べた第二相臨床試験では、参加した患者全員の脳にカテーテルを挿入し、対照群ではGDNFではなく生理食塩水を注入した9

「偽手術では、こうした手順をすべて演じ切り、端から見ていて、実際の医療行為をした場合と全く区別がつかないようにしなければなりません」と、Ceregene社の医務部長Joao Siffertは言う。同社はカリフォルニア州サンディエゴにあり、ニュールツリンと呼ばれる別の神経成長因子の遺伝子をウイルスベクターで送り込む療法を研究している。

多くの偽手術の場合、手術室にいる外科医から看護助手まで、全員が手術を忙しく進めているふりをしなくてはならない。場合によっては、機械のスイッチを入れて適当なノイズをわざと出すこともある。完璧な手順を踏むことで、誰がどの治療を受けたのか、手術チーム以外の誰にもわからなくできるのだ。「非常にめんどうですし、動かす人や物もたくさんあるのです」とSiffertは言う。あれやこれやで臨床試験の費用は積み重なっていく。Siffertの試算では、手術を演じる費用からデータ管理まで、患者50人規模の研究で1000万ドル(約7億6000万円)以上もかかることになる。

それでも、少なくとも北米では、パーキンソン病研究者は偽手術の利用を圧倒的に支持しており、2004年の調査では支持率は94%にもなった10。約20%が、こうした治療行為なしの脳手術でも正当化されると回答している。また、支持派はこの手法がかなり安全だと言っている。脳の偽手術には間違いなくリスクがあり、とりわけ顕著なのは全身麻酔に伴うリスクだが、支持派によれば、実際の治療にリスクがあるのとは異なり、害を被った例はほとんど知られていないという。また、偽手術集団に入った参加者は普通、その療法が最終的に認可された場合、それで治療してもらえる約束になっている。その場合、頭蓋にすでに開けられた穿孔を使って投与されることになるだろう。

偽手術は、プラセボ効果や先入観を排除するのに役立つ。パーキンソン病では、プラセボ効果が特に強く現れる。その理由の1つは、治療でよくなるはずだという患者の期待が、この疾患に欠乏している神経伝達物質であるドーパミンの放出を促すからだ11。「プラセボ効果は実際に現れ、その程度もすごく大きいのです。生理学的な裏付けも得られています」と、ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)でパーキンソン病とプラセボ効果を研究している神経学者Jon Stoesslは話す。胎児神経細胞移植法を二重盲検で調べたある研究では、患者の病状の改善は、実際に移植手術を受けたかどうかではなく、自分が移植手術を受けたと信じているかどうかと相関していた12。さらにStoesslは、同僚の未発表の研究を引用して、プラセボ効果は2年間も続くことがあると話す。

先入観はプラセボ効果よりも重要な混同・混乱因子だと考える研究者は多い。「研究者は、自ら開発した療法が有効であってほしいという偏った姿勢で研究に臨んでいます」と、トロント大学(カナダ)の神経学者で、パーキンソン病の実験的な脳外科療法の臨床試験に何度か参加したことのあるAnthony Langは話す。どの臨床試験でも、研究者の先入観が、患者の反応に対する評価に影響を及ぼしたり、患者の期待を膨らませてプラセボ効果を高めてしまったりする可能性がある。

パーキンソン病研究でこの問題がさらにややこしくなるのは、患者がどの程度よくなっているかを客観的に測る尺度がないことだ。「それはまさに、嵐に翻弄される船に乗っているようなもので、疾患の本当の変化が読み取れないのです」と臨床試験方法論学者のSteven Piantadosiは話す。シーダー・サイナイ医療センター(米国カリフォルニア州ロサンゼルス)に所属する彼は、「偽手術は、適切に行えば対照実験となりうるでしょう」と言う。

しかしBarkerはそうは考えない。非盲検試験でも、「目隠し」された評価者が患者を評価するなどの段階を踏めば、研究者の先入観をコントロールできる、という意見もあるが、Barkerはそうは思わない。彼の姿勢はある意味で、当然である。ヨーロッパでは、偽手術が米国ほどは容認されておらず、英国では偽手術は一度も行われたことがない。

Barkerは、胎児組織の移植が少なくとも一部の人にとって効き目があるという信念をはっきりと持っている。「その証拠を示すために偽手術など必要ない」と彼は語り、昨年発表された論文13を挙げた。この論文では、かつて治療を受けた13歳と16歳の2人の患者を取り上げ、これらの患者では細胞移植療法による症状改善がいまだに維持されており、彼らの脳の移植部位には機能するドーパミン産生神経細胞が認められると報告されている。彼は、過去の複数の研究で得られた結果にばらつきがあるのは、実験的治療法のために選ばれた患者、移植組織の特性、移植の手法にばらつきがあるせいだと考えている。彼の行う臨床試験でも、2つの偽手術対照実験で見られたような副作用を引き起こすことなく、有効性を示さねばならない。それには何らかの対照実験が必要だが、深部脳刺激療法など、効き目があることがわかっている認可済みの治療法との比較、という形になるという。

しかし、有効性の確認には時間をかけるのが一番だとBarkerは話す。ほとんどの臨床試験では、最終評価の時期は治療からわずか1年後で、これでは十分な長さとはいえない。移植した細胞群や注入した成長因子が完全に機能を果たすまで1年以上かかるだろうが、プラセボ効果はもっと早く消えてしまうとみられるからだ。「試験終了まで3~5年は欲しいですね」とBarkerは言う。

失敗した第二相臨床試験のうちの一部から、いくつかのヒントが得られている。試験終了後も追跡した患者から、有益な話が得られているのだ4。そのため、偽手術の対照実験が有用な医薬の将来性をつぶしている、という声も出ているのだ。Barkerと共同研究をしているルンド大学(スウェーデン)の神経科学者Anders Björklundは、ほんとうに効き目がないのではなく、技術的もしくは方法論的な問題のために臨床試験が失敗に終わっていたとしたら、偽手術のせいで有用な療法を投げ捨てていることになると話す。

擁護と不満の声

「その通りのことが、今まさに起こっているんですよ」とパーキンソン・パイプライン・プロジェクトという患者活動家ネットワークのリーダーを務めるPerry Cohenが話す。彼は偽手術の必要性に疑問を投げ続けてきたが、第二相試験の相次ぐ失敗の後、「我々は声に出し始めたのです」という。「これは問題ですよ。これらの臨床試験は失敗したけど、一部の患者で効き目を発揮しているのは明らかなんですから」。

研究者にとって、こうした反応を感情に動かされたものと片付けるのはたやすい。「患者は回復することを強く望み、積極的かつ外科的な治療法ほど治療効果が高いと思いがちです」とLangは言う。しかしCohenは、患者にはそれぞれに優先したいことがあり、研究者はそれらに配慮すべきだと反論する。研究では、プラセボ対照群を用いて偽陽性を排除している。しかし患者が本当に恐れているのは偽陰性、つまり効き目があるのに誤ってそれを否定されてしまうことなのだ。これによって、実験中の療法が、最適化される前につぶされてしまう。

優れた臨床試験ほど、偽陽性は排除され、偽陰性率は高くなる。つまり、よくて先延ばし、悪ければ行き止まりなのだ。例えばスフェラミンは、「ずっと棚ざらし状態なのです」とCohenは言う。彼はもう1つ、アムジェン社のGDNFの第二相試験を挙げた。この臨床試験は、パッとしない結果と安全性の潜在的懸念が生じ、2004年に中止された。この安全性問題は、療法そのものではなく、アムジェン社のやり方のせいにする声もあった。現在、研究者の関心が改めてGDNFに向いているが、Cohenは2度目のチャンス到来を喜びつつも、「ここまで6年も棒に振ったんですよ」と話している。

患者の側では、研究者からのリスクについてもさまざまな見解がある、とCohenは話す。彼はTom Intiliの話をしてくれた。この患者は50歳のときにパーキンソン病になって10年後に、ニュールツリンの二重盲検プラセボ対照実験に参加した。最初、Intiliの症状は劇的に改善された。ところが、実験の結果が公開されて、彼は自分がウソの治療を受けたことを知った。すると彼の症状は急激に悪化し、治験を受ける前よりも衰弱してしまった。「非盲検試験が心理学的にどんな影響を持つのか、我々にはわからないんです」とCohenは言う。

さらにCohenは、プラセボ効果を排除しようとするのは全くの見当違いだ、とも主張する。「プラセボ効果を取り除きたくはないです。むしろ守りたいのです。なぜなら、プラセボ効果は、現実として、治療効果の一端を担っているからです」と彼は話す。パーキンソン病では心理的要因が非常に顕著であり、プラセボによる反応が実際に治療効果を高める可能性もある、と彼は説明する。「それは私も偽手術が必要だと思いたいですよ。でも、そう思う理由を探しても、何もないんです」と彼は言う。

Willocksは、自分が、最近棚上げされた実験的療法の多くが復活可能なことを示す生き証人だと言っている。もちろん、科学的見地から言えば彼女の経過は1つの逸話であって、データではない。5月に、失敗に終わったスフェラミンの第二相試験(彼女が10年前に受けた療法)の結果がようやく発表された2。この論文では、締めくくりにプラセボ効果の危険性に関する警告が書かれており、二重盲検法でプラセボ効果を抑制することの重要性が強調されている。「この論文の最終段落を見て、私は困惑しました」とWillocksは話す。「10年も経っているのに、どうしてプラセボ効果と呼べるのか、私には理解も納得もできません」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2011.111222

原文

Experimental therapies for Parkinson's disease: Why fake it?
  • Nature (2011-08-11) | DOI: 10.1038/476142a
  • Alla Katsnelson
  • Alla Katsnelsonは、ニューヨーク市で活動するフリーランスの科学ライター。

参考文献

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