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関心が高まる海底地震観測網

日本の地震学者たちは、何年も前から1つの海底断層のことを心配している。それは、日本の東海沖から四国沖にかけての海底に走る、「南海トラフ」と呼ばれる細長いくぼみである。日本の歴史上最大級の地震のいくつかが南海トラフで発生していて、次の巨大地震が発生する時期は近いと考えられている。そこで研究者らは、2011年の初頭に海洋調査船「かいよう」に乗り込んで、この領域の海底に地震観測装置を設置してきた。

その目的には、海底断層に関する知識を得ることのほかに、この領域で次に大地震が発生したときに、陸上の観測点よりも数秒早くそれを検知し、防災に役立てることも含まれていた。ところが、3月に「かいよう」が一連の観測装置を設置していたちょうどそのとき、南海トラフから北東に800kmも離れた東北沖で断層が破壊され、巨大地震が発生した。断層の破壊は巨大な津波を引き起こし、太平洋沿岸の市町村に壊滅的な被害をもたらした。

地震学者たちは、東北沖の日本海溝が、これほど巨大な地震を引き起こせるとは考えたこともなかった。そうした無思考状態を生むことになった遠因の1つは、応力の蓄積の兆候をとらえられるだけの観測装置が海底に設置されていなかったことだ。2枚のプレートが衝突し、一方が他方の下にもぐり込んでいる場所では、どこでも同じようなデータ不足が問題となっている。

このような場所は「沈み込み帯」と呼ばれ、地球の歴史上最大級の地震を発生させてきた。1960年にチリ沖で発生したマグニチュード9.5の巨大地震はその1つで、これまでに記録された地震としては最大のものである。2004年には、インドネシアのスマトラ島沖の沈み込み帯で起きた地震でも大津波が発生し、23万人以上の死者を出す大惨事となった。また、米国北西部の海岸線に沿った沈み込み帯は、来世紀中にマグニチュード9クラスの巨大地震を引き起こすと予測されている。

地震学者たちを悩ませているのは、これらの巨大な断層が、陸地から数百kmも離れた、水深数千mの海底にあるという現実だ。そうした場所に、断層の構造を明らかにしたり、地殻の曲がりなどの変化を検出したりするための地震計やGPSユニットなどの観測装置を設置し、観測点として維持していくのは容易ではない。

現在、日本の陸上には8700以上の観測点があるのに対して、海底断層を監視するための沖合の観測点はわずか50しかない。ほかの国々の備えはさらに貧弱で、沈み込み帯の中で最も危険な領域がある海底にも、センサーはほとんど設置されていない。研究者たちは陸上の観測点で得られる観測データに頼らざるを得ないが、震源から遠く離れた観測点に届く信号は弱く、いわば、心臓専門医が患者の靴の上に聴診器をあてて、心臓の状態を探っているような状況でしかないのだ。

研究者たちは今、もっと近くで海底断層の活動を観察しようと動き出している。南海トラフに海底ケーブルネットワーク型観測システムを構築しようとする日本の取り組みは、最も野心的なプロジェクトだ。米国とカナダには、米国のカリフォルニア州北部からカナダのブリティッシュ・コロンビア州にかけての「カスカディア沈み込み帯」を監視する計画がある(下図参照)。地球物理学者たちは、これまでよりも質の高いデータが得られれば、沈み込み帯の活動の仕組みをよりよく理解し、差し迫った地震の兆候を特定できるかもしれないと考えている。

シンガポール地球観測所の測地学者で、インドネシア沖の地震のリスクの研究をしているEmma Hillは、「海底で観測しないかぎり、私たちが行っているのは単なる推測でしかないのです」と言う。

南海トラフの監視

地球の地殻を構成する巨大な海洋プレートと大陸プレートの動きを記述するプレートテクトニクス理論において、沈み込み帯はリサイクルセンターのような位置付けにある。2枚のプレートが衝突すると、低温で密度の高い海洋地殻が下にもぐり込み、浮力が大きい大陸地殻のほうが上に乗り上がる。しかし、ベルトコンベヤーに乗った板状の海洋地殻がシート状の大陸地殻の下にもぐり込んでいくというモデルは、いわば漫画のようなもので簡略化されすぎている。「私たちはまだ、両者の境界をきれいで滑らかな平面としてモデル化していますが、いずれ、もっと複雑なものになっていくでしょう」とHillは言う。

地球物理学者たちは、2枚のプレートがこすれ合う場所で起きていることを、より詳細に知りたがっている。彼らは、2枚のプレートが何らかの方法で固着しているのではないかと考えている。おそらく、沈み込むほうのプレートの上にある海山などの構造が、その上に乗り上げるほうのプレートの下面に引っかかるのだろう。数十年後か数百年後、2枚のプレートが固着していた部分が突然ずれて、巨大地震を引き起こす。2011年3月に日本で発生した巨大地震について言えば、研究者らは、2枚のプレートの間に固着域があるかもしれないと感じてはいたものの、その危険を十分に評価することができなかった。なぜなら、その沈み込み帯の構造や、そこに応力が蓄積する仕組みに関する知識がなかったから である。

彼らはむしろ南海トラフのほうを心配していた。日本政府による公式なハザード予測では、南海トラフで今後30年以内にマグニチュード8クラスの地震が発生する確率は70%とされている。日本の地球物理学者たちは、地震・津波観測監視システム(DONET)の一環として、南海トラフの中の地震が発生すると考えられている領域に、20基の海底観測装置からなるネットワークを構築しようとしている。2006年に始まったDONETプロジェクトは、年内にシステムが完成する予定である。その費用はすでに、船舶使用時間を除いて、約63億円かかっている。

海底の観測システムには、沈み込み帯の内部で発生した地震動だけでなく、地球上のあらゆる場所で発生した地震動を観測する地震計も含まれている。これらの地震動は、上下のプレートの境界の形状を明らかにするのに役立つはずだ。圧力センサーは、その上の水柱の重さの変化を測定することにより、地殻の曲がりを追跡する。海底の観測装置は電気通信ケーブルで地上の観測局とつながっていて、研究者はセンサーのデータにリアルタイムにアクセスできる。

沈み込み帯では、応力が蓄積し、巨大地震により解放され、再び応力が蓄積していく「地震サイクル」が繰り返されている。海洋研究開発機構のDONETプロジェクトを率いる金田義行は、この観測システムで地震サイクルの全貌をとらえることをめざしている。研究者らは、大地震がどのようにして始まるか、それに先立ってどのような活動が見られるか、といった問題を明らかにしたいと考えている。

南海トラフで大地震が発生すると、震源の近くにあるDONETの観測装置は陸上の観測局よりも数秒早く地震波を検知することができる。そのため、その分だけ早く大阪や東京などの都市に住む人々に緊急地震速報を出せることになる。圧力センサーは、沿岸地域に向かっていく津波に関する速報を出すことも可能にする。

カスカディア沈み込み帯

米国の研究者たちは、自国の地震についても心配している。彼らが注目しているのは、カスカディア地域である。ここは過去に大地震と津波に見舞われたことのある地域だが、前回の大地震からすでに300年以上経過しているのだ。コロンビア大学(ニューヨーク)のラモント・ドハティー地球観測所のMaya Tolstoyは、「カスカディア沈み込み帯の地震は、深刻な被害をもたらすはずです」と言う。

カスカディア・イニシアチブは、沖合の巨大な断層の挙動を明らかにするために、観測装置を臨時に設置する4年間の研究プログラムだ。Tolstoyはその主任研究員の1人である。2011年7月、研究チームは、陸上の既存の観測網を補強するため、60基の観測装置を海底に設置する作業に取りかかった。このプロジェクトは、米国国立科学財団からの支援のほかに、2009年米国復興・再投資法による500万ドル(約3億8000万円)の資金提供も受けた。

海底に設置された観測装置は1基当たり6万~8万ドル(約460万~610万円)で、圧力計とスープ缶程度の大きさの地震計を、水平調整装置付きの耐圧容器の中に格納し、さらに鋼鉄製の覆いをかぶせて潮流や漁具から保護するようになっている。ただ、海底の観測装置はケーブルで本土と接続されていないので、研究者らは1年に一度、センサーを1基ずつ回収してデータをダウンロードし、新しい観測点に移動させることになる。カリフォルニア大学バークレー校(米国)のRichard Allenによると、カスカディア・イニシアチブのデータは、沈み込み帯のどこで地震が発生しているかを正確に突き止めて、プレートどうしの境界の位置や構造、例えば、プレートの凹凸の大きさや、どの部分が固着しているかなどを明らかにしてくれるだろうという。

海底での観測は、カスカディア地域の陸上の地震計で記録された異常な地震信号を解明するうえでも役立つはずだ。この地域の陸上のセンサーは、約12~14か月ごとに群発する微小な地震動を検知している(N. I. Gershenzon et al. Geophys. Res. Lett. 38, L01309; 2011)。また、非常にゆっくりした揺れなので人間には感じとることができないが、かなりの量のエネルギーを解放している地震イベントも検知している。研究者たちは、これらの信号は沈み込み帯の内部の活動を反映しているのではないかと考えている。例えば、プレートの内部の層が別々の動きをしているのかもしれないし、深部で液体が移動しているのかもしれない。研究者らは、沖合のセンサーの記録から、これらの異常な信号を説明するヒントが得られることを期待している。センサーは、沈み込み帯の固着域の変化も検出できるかもしれない。

米国は、カナダと協力して、カスカディア地域の海底を長期にわたって監視する観測システムも構築しようとしている。これは、生物、海洋、地震データを広く収集して、基礎研究だけでなく、有害藻類の異常発生や地震などの災害に関する警報の発令にも役立てようという「ネプチューン計画」の一環として実施される。カナダはこのプロジェクトに1億4300万カナダドル(約110億円)を投じており、2010年には、3か所の地震観測局、5台の海底圧力記録計およびその他の観測装置からなるシステムの設置を完了した。これらは長さ800kmのケーブルでループ状に接続され、陸上の観測局に情報を送っている。

一方、米国側の作業は予算の問題で遅れているが、2011年の夏にケーブルの敷設を開始し、数年後には観測システムを完成させる予定になっている。数百kmもの光ファイバーケーブルを敷設するには莫大な費用がかかるため、米国の研究者らは、自律的に航行し、データを収集することができるロボットを開発しようと取り組んでいる。提案されているプロジェクトの中には、リキッド・ロボティクス社(米国カリフォルニア州サニーベール)が開発した波力を利用して航行するロボットを、独立型の海底センサーと組み合わせるというものもある。

研究者らは、沖合のさまざまなセンサー網からデータが入ってくるようになれば、沈み込み帯と、それに関連する危険について、より深く理解できるようになると期待する。このような海底観測が、「これから数年間の話題の中心になりそうです」とHillは言う。プロジェクトの中には以前から進められていたものもあるが、2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震は、沈み込み帯の研究の緊急性をにわかに高めた。「日本の震災がきっかけになって、今、この研究に大きな注目が集まっています」とHillは明かした。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2011.111124

原文

Danger zones
  • Nature (2011-08-25) | DOI: 10.1038/476391a
  • Naomi Lubick
  • Naomi Lubickは、ストックホルム(スウェーデン)在住のフリーライター。