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お風呂にする? それともH2

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2011.111120

原文:Nature (2011-08-11) | doi: 10.1038/476154a | Hydrogen for dinner

Victoria J. Orphan & Tori M. Hoehler

深海の熱水噴出孔には、微生物と動物との多様な共生関係が存在するが、そうした関係にエネルギーを供給する物質は2つだけだと考えられていた。今回、第三のエネルギー源が発見された。

近年、水素をエネルギー源として開発するための研究が推進されている。その1つが、水素を代謝する微生物の活性を利用する方法だ。だが人類に先んじて、そうした戦略をすでに利用している動物がいた。Nature 2011年8月11日号の176ページに掲載されたJillian Petersenらの論文によると、海床の熱水噴出孔では、水素を多く含む海水中に存在するイガイ類が、体内に水素を消費する細菌を生息させ、その代謝を利用して生育しているというのだ1

かくして水素は、微生物と動物との共生関係の中で25年ぶりに発見された新たな化学的エネルギー供給源となり、硫化水素とメタンに次いで、熱水噴出孔で利用される数少ない物質の仲間となった。

数十億年にわたる光合成活動により、地球上では、化学的に還元状態にある大量の岩石の上に、高度に酸化された物質の薄い層が形成された。つまり、地球が実質的に1つの電池となっているのだ。熱水循環はこの電池をつなぐ役割を持っており、海床の地殻を通って循環する流体が還元状態の(電子を多く持つ)物質を含んで海洋の酸化性環境にジェットとして噴き出る。こうした巨大な還元状態の岩盤(アノード)から海洋(カソード)への物質の輸送により、電子の流れが形成される。そして、この電子の流れは、普通の電池と同じように利用可能なエネルギーの源となっている。

図1:熱水の中で
写真のイガイと、それに伴う動物相は、大西洋中央海嶺のワイドアウェイク噴出孔域の熱水中に存在する。写真は、深海潜水艇MARUM-QUESTの遠隔操作で撮影。 | 拡大する

MARUM, UNIV. BREMEN

熱水噴出孔の流体化学によって運ばれるエネルギーは、微生物と動物のコミュニティーを繁栄させる。このため、噴出孔付近は、生物がまばらな海床にあって、高密度に生物が存在する生命のオアシスとなっている(図1)。しかし、噴出孔で最も豊富で際立っている動物は、食物を食べるための口もなければ、噴出する化学物質を直接代謝する能力も持っていない。その代わり、そうした能力を持つ微生物との特筆すべき共生関係に依存している。このような微生物と動物との特異な協力関係に関する研究は、30年前、ガラパゴスハオリムシ(Riftia pachyptila)と硫化水素ガス(H2S)を酸化する細菌との共生関係についての論文2,3から始まった。それ以来、熱水噴出孔に生息する共生動物の例は、数多く発表されてきたが、そのいずれもが、メタンか硫化水素のどちらかを代謝することによるものだった4

熱水噴出孔系の微生物と動物との共生関係では、食べ物は限られているように見えるが、実は、いろいろな物質がエネルギー源として利用されており、本当に驚かされる。水素、アンモニウム、金属、およびそのほかのさまざまな還元物質は、メタンや硫化水素とともに、噴出孔の海水に豊富に含まれると考えられ、付近ではこうした物質の多くを摂取して消費する自由生活性の(共生していない)微生物が発見されている5。特に水素は、水と海洋地殻性岩石との反応で生成されるごくありふれた産物であり、多くの噴出孔の海水に大量に含まれている。例えば、かんらん岩(マントル様の岩石)が主成分の噴出孔系では、水素がメタンや硫化水素よりも大量に存在し、微生物の代謝に利用可能なエネルギーを多く貯蔵している6

熱水噴出孔系の微生物と動物との相利共生では、宿主動物の生理学的な限界によって、化学的基盤に制限があるように思われる7。しかし、発見から34年を経てもいまだに熱水噴出孔系の解明が進んでいないために、制限されているように見えるのかもしれない。Petersenら1は今回、この共生関係が、現実には従来考えられてきた以上に、代謝的に汎用性を持っていることを明らかにした。

水素の利用をはじめ、深海の熱水噴出孔系の生物学的、地球化学的なプロセスに関する研究には、噴出孔ならではの困難がある。平均水深が2kmを超えるような遠隔地に存在し、物理的、化学的条件が一様でなくきわめて変わりやすい(それが噴出孔の特徴となっている場合が多い)からだ。そうした環境に近づくには、有人/無人の潜水艇が必要だが、ようやく手に入れた動物標本、生態学的観察結果、および船上での地球化学的な分析結果からは、この種の動的な生態系のごく一部を切り取っただけの断片的な情報しか得られない。Petersenらは、こうした船上での個別の測定に頼らずに、深海の現場で使用可能な質量分析装置を投入し8、噴出孔系内の物質の分布を直接明らかにした。すると、イガイが高密度で生息する海床では水素とメタンが共に消費されている、という興味深い結果が得られた。

図2:水素を消費する共生細菌
イガイの一種、Bathymodiolus puteoserpentisは、深海の熱水噴出孔に生息する。そこでは、水素、メタン(CH4)および硫化水素(H2S)など、いろいろな物質が放出されている。このイガイは水管から海水を吸入し、共生細菌が生息する大きなエラに送る。共生細菌には、メタンを二酸化炭素に酸化して(青色の矢印)エネルギーを利用するものもいれば、硫化水素を硫酸(SO42–)に酸化して(淡緑色の矢印)エネルギーを利用するものもいる。Petersenら1は、硫化水素を酸化する細菌がエネルギー源として水素も利用し、水素を水へと酸化している(暗緑色の矢印)ことを明らかにした。 | 拡大する

研究チームが現場で得た地球化学的データは、イガイの生息する海床で活発な水素代謝が行われていることを示唆している。しかし、イガイのエラに生息する既知の2つの共生細菌(一方は硫化水素を、もう一方はメタンを代謝している:図2)と水素代謝とを直接結びつけるには、もう一歩進んだ証拠が必要だった。そこでPetersenらは、水素を吹き込んだ海水中で共生細菌を含むエラの組織を培養し、その細菌が二酸化炭素を固定する速度を測定した。その結果、硫化水素に浸した組織の固定速度と同程度であることがわかり、硫化物を酸化する共生細菌とメタンを酸化する共生細菌のうち少なくとも一方は、イガイの水素消費にもかかわっていることが指摘された。

研究チームはさらに、エラ組織中の共生細菌のメタゲノム解析を行い、水素の酸化に重要な遺伝子hupL(水素を酸化する酵素、[NiFe]ヒドロゲナーゼの一部をコードする)が硫化物酸化遺伝子と同じDNA断片上に存在することを明らかにした。このことは、硫化物を代謝する共生細菌が水素の消費にかかわっていることを強く示唆している。これを明確にするため、Petersenらは、共生細菌のhupL遺伝子とヒドロゲナーゼタンパク質を標的とする蛍光プローブを利用した。すると、エラで硫化物を酸化する共生細菌はhupLプローブによる光を発したが、近くにいるメタンを酸化する共生細菌は光を発しなかった。これらの結果から、古くから知られている細菌とイガイとの共生関係は、未知の代謝によって成り立っていることが強力に支持された。

このイガイの硫化物酸化共生細菌の近縁生物が関与する共生関係は、還元性環境に広く存在している。したがって、エネルギー源として水素をも利用する共生関係は、今後ほかにも発見されるだろう。実際、Petersenらは、噴出孔に生息するフクレツノナシオハラエビ(Rimicaris exoculata)の共生微生物がhupLを持っていることを発見した1。つまり、甲殻類も共生によって水素をエネルギー源として利用している可能性が、遺伝的に示唆されたのだ。今後の追跡研究では、共生生物による水素利用の全貌を明らかにするとともに、化学合成的生態系で水素が利用される時期と場所に影響する環境的、生物学的要因も特定する必要がある。

Petersenらの研究は、生物科学の世界で生じている技術主導的な革命を示す、よい例である。ますます強力で特異的なものとなる分子ツールが次から次へと開発されて、分類学的な同一性と遺伝子が代謝の潜在能力や活性と関連付けられ、可視化されて実際に目で観察できるようになってきている。さらに、こうした技術と、熱水噴出孔のように遠く離れた極端な環境であっても、現場で物理化学的パラメーターを解析できる新たな装置とを一体化していくことにより、生物学者は、制限のある人工的環境のモデル生物に依存した研究から解き放たれる。生物学的事象に関する我々の理解は、より環境的、生態学的に正しい状況に位置付けられるようになっており、これまで知られていなかった生命を支える活動が新たに発見されるだろう。

(翻訳:小林盛方)

Victoria J. Orphan、カリフォルニア工科大学地質学惑星科学部門(米国)。

Tori M. Hoehler、NASAエイムズ研究センター(米国)。

参考文献

  1. Petersen, J. M. et al. Nature 476, 176–180 (2011).
  2. Cavanaugh, C. M., Gardiner, S. L., Jones, M. L., Jannasch, H. W. & Waterbury, J. B. Science 213, 340–342 (1981).
  3. Felbeck, H. Science 213, 336–338 (1981).
  4. Dubilier, N., Bergin, C. & Lott, C. Nature Rev. Microbiol. 6, 725–740 (2008).
  5. Jannasch, H. W. & Mottl, M. J. Science 229, 717–725 (1985).
  6. Amend, J. P., McCollom, T. M., Hentscher, M. & Bach, W. Geochim. Cosmochim. Acta (in the press).
  7. Childress, J. J. & Girguis, P. R. J. Exp. Biol. 214, 312–325 (2011).
  8. Wankel, S. D. et al. Nature Geosci. 4, 461–468 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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