アフリカ東部で奇病が流行
その少年は7、8歳に見えたが、実際の年齢はもっと上だったのかもしれない。その病気は、特に成長を妨げてしまうからだ。発作が始まると、母親はSudhir Bungaを呼びに来た。Bungaは、学校の校庭で木の下に座る少年を見つけた。「その子はうつろな目をしたまま、5~8秒おきに断続的に首を縦に振っていました」とBungaは話す。「発作は3分ほど続きました」。その光景にBungaは少しも驚かなかった。
それは今年5月、スーダン南部の田舎での出来事だった。Bungaは米国疾病対策センター(CDC;ジョージア州アトランタ)に所属する内科医であり疫学者である。その地域で小児に発生する謎の病気「頷き症候群(nodding syndrome;頷き病ともいう)」を調べる緊急対策チームの一員として、現地入りしていたのだ。しかし、Bungaが初めてこの病気に出くわしたとき、心の準備をしていたにもかかわらず大きなショックを受けた。「現地でこの病気を実際に見たときには、精神的にまいってしまい、心が痛みました。患者にとってこの病気は本当に大きな負担だと感じました」と彼は言う。
頷き症候群は、アフリカ東部で拡大しつつある、まだほとんど解明されていない奇病である。アフリカ東部の南スーダンやウガンダ北部の地域社会は現在、頷き症候群によって大きな打撃を受けている。この病気は、1962年タンザニア南部で発見された。その後、人里離れた山岳地帯に、数十年間、隔離された状態で存在していた1。だが、世界保健機関(WHO)の医師Abdinasir Abubakarによれば、南スーダンでは現在、数千人の子どもがこの病気にかかっているという。Abubakarは南スーダンで活動しており、Bungaの参加したCDC調査団の調整役だった。「問題は、もちろん、この症候群が新しい地域へ広まりつつあるのかどうかです」とAbubakar。
南スーダンは今年7月9日に国家として分離独立したばかりだが、頷き症候群は同国にとって不安をあおる材料となっている。生まれたばかりの南スーダンは、新たに出現した医学上の脅威に立ち向かう力は乏しく、国外からの資源や専門家の援助がなければ早晩打ちのめされてしまうだろう。
「南スーダンで頷き症候群が広がれば、新政府の存続は危ういでしょう」と述べるのは、WHOの地中海東岸地域事務所(エジプト・カイロ)とともに活動する疫学者Martin Opokaだ。「南スーダン政府は、国際社会からの支援が必ず必要になります」。
Opokaは、2002年にWHO調査団の一員として南スーダンの頷き症候群の発生率調査を手伝い、今年また、CDC調査団を手伝うために再びこの地域を訪れた。この調査団は、CDCのGlobal Disease Detection and Emergency Response(GDDER)によって派遣され、小児科、神経科、栄養学を専門とする内科医で疫学者の4名で構成される。GDDERは毎年、地域の保健所の要請に応えて調査団を何度か派遣し、奇病や難病の集団発生を詳細に調査している。「ほとんどの場合、我々が現地に赴く前に、あるいは、少なくとも帰国するまでには原因がわかります。ところが、ほんの一握りですが、謎に包まれた奇病の流行があるのです」とGDDERの主任であるScott Dowellは言う。
頷き症候群はそうした奇病の1つである。この症候群にかかる子どもの大半は5~15歳で、身体の成長と認知機能の発達の両方が損なわれる。顕著な特徴は、首を縦に何度も振る病的な「頷き発作」で、脳活動の異常によって首の筋肉の緊張が短時間失われ、頭が前に垂れるために起こる。この発作は、ものを食べると始まることが多く、寒い場合にも起こることがある。
CDC調査団をはじめ、さまざまな研究チームが行った脳波解析によると、症状としては現れないごく小さな発作が多くの子どもで認められた。また、磁気共鳴法でとらえた画像の一部からは、脳の萎縮や、海馬および脳内支持細胞であるグリア細胞の損傷が明らかになっている。
頷き発作が始まると、健康状態は悪化していく。発作が始まるとおそらく摂食行動が抑制されるため、子どもは栄養失調に陥る。また、おぼれたりやけどしたりといった事故にも遭いやすくなる。多くは学校に行けなくなり、場合によっては感染を恐れて隔離される。「いったん発症すると、そのまま死を待つことになります。そして、死に至るまでの時間は、ほかの病気の場合よりもずっと短いのです」とDowellは話す。
タンザニア南部に限局していたこの病気は、現在、南スーダン(右地図参照)と、ウガンダ北部のある地域(直接、南スーダンに隣接していない)で急速に拡大しつつあるようだ。ウガンダ保健省は、ウガンダ北部では2009年下半期に2000人を超える子どもが発症したと報告している。CDC調査団は今年5月、独立前の南スーダンのジュバ(現在の首都)に赴き、頷き症候群が広がりつつある村々を装甲車に乗って訪れた。
最も発症しやすいのは、最貧層の子どものようである。だが、CDC調査団が集めた地域調査用の抽出集団には、頷き症候群の発症を説明できそうな食生活や文化的慣習上の変化は何も見られなかった。CDC調査団は現在、南スーダンで、内戦中の集団の移動やそれに関連した化学物質摂取が一因になっているかどうかを探っているところだ。また、タンザニア南部での調査では家族内での集中発生が見られた2が、これほど多くの症例が短期間に現れることは、遺伝学だけでは説明がつかない。CDC調査団が最近訪れたある村では、ほとんどすべての家庭に頷き症候群の子どもが1人いた。「八方塞がりの状態です」とDowellは言う。
調査団は、線虫類のフィラリアの一種Onchocerca volvulus(以下「オンコセルカ」)が、頷き症候群の犯人ではないかと疑っている。オンコセルカはブユが媒介する寄生虫で、河川盲目症(オンコセルカ症ともいう)の病原体としてよく知られている。ウガンダ北部でのCDCの調査から、血液検体にこの寄生虫の感染が見られる子どもでは、頷き症候群の有病率が高いことがわかっている。しかし、最近のタンザニアでの調査2では、発症した子どもの脳脊髄液検体に、オンコセルカに対する抗体の有意の増量は認められなかった。
「寄生虫オンコセルカが実際に脳内に到達できることを示す明らかな手がかりは、つかめませんでした」と、この研究2の論文筆頭著者でミュンヘン工科大学(ドイツ)の顧問神経学者のAndrea Winklerは話す。「ただし、何らかの自己免疫反応が起こっている可能性も除外できません」。しかし、もしそうだとしてオンコセルカ症と頷き症候群を関連付けたとしても、成人や、オンコセルカ症が風土病になっている別の地域の人々が頷き症候群にならない理由を説明することはできないだろう。
CDC調査団は現在、頷き症候群の子どもでよく見られる、ビタミンB6(ピリドキシン)の不足が原因になっていないかどうかを調査中である。Dowellは、ピリドキシン依存性てんかんと呼ばれるまれな遺伝病が、乳幼児にけいれん発作を起こすことに注目している。こうした乳幼児に十分な量のビタミンB6を投与すると、発作症状は消える。CDC調査団は、今年後半に計画されている再度の調査旅行で、ビタミンB6によって頷き症候群の症状も緩和できるかどうかを調べる臨床試験を実施する予定だ。
関心が高まれば、この奇病もそのうち解明が進み、いずれは治療の道がみえてくるだろうとOpokaは考えている。「頷き症候群は静かに増えています。何もしなければ、どんな結末がやってくるかわかりません」と彼は話す。一方Bungaは、楽観的で、調査団が集めたデータから何か得られるはずだと考えている。「現地調査で何か明確な答えを持ち帰れたかって? いや、それはできなかったけれど、調査の道はまだいろいろありますよ」とBungaは話す。
翻訳:船田晶子
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2011.111010
参考文献
- Aall, L. Review and Newsletter-Transcultural Research in Mental Health Problems 13, 54–57 (1962).
- Winkler, A. S. et al. Epilepsia 49, 2008–2015 (2008).