Editorial

ベンチャー・フィランソロピーを受け入れよ

米国メリーランド州に本部を置くCystic Fibrosis Foundationが、2000年にカリフォルニア州のバイオテクノロジー会社Aurora Biosciences社に出資したとき、革命が始まった。それまで、生物医学系の慈善団体が営利企業の株を取得するのはタブーであり、大学の研究室に寄付をするのが通例だった。そうした過去の日々は終わり、今や「ベンチャー・フィランソロピー」の時代だ。

ベンチャー・フィランソロピーのモデルでは、研究プロジェクトに対する投資を継続するかどうかは、あらかじめ定められた中間目標や最終期限が満たされているかどうかにかかっている。Nature 2011年7月21日号275ページの記事のように、慈善団体は、この種のプロジェクトによって生じる知的財産に興味を持ち始めており、こうした発想に不安を覚える人は多いはずだ。出資に対して得る利益とは、売り上げの何%といった形の権利使用料にとどまらない。慈善目的の投資そのものを守るために、知的財産契約の条項を利用するのもその1つなのだ。

産業界との連携はリスクを伴う。たとえ有望な薬物があって企業が特許権を保有していても、治療薬として開発する事業から手を引いてしまえば、たなざらし状態になってしまう。こうした状況による損失を防ぐため、現在、慈善団体から資金を受ける研究のかなり多くでは、interruption licenceという条項が用いられている。これによって、慈善団体は、プロジェクトが中止された場合は知的財産権を回復し、再ライセンスできるようになっているのだ。

このほかに「research-only」条項もある。これは、企業に対して、保有する特許技術を大学の研究室で自由に使えるよう認めさせ、その分野の研究を進歩させる条項だ。特許は、今でもビジネスにおける重要な通貨の役割を果たしている。したがって、新薬開発のための最良の方法は、おそらく、慈善投資家が知的財産に関して「指示は与えるが過剰な支配はしないこと」だと思われる。もし慈善団体が高額の権利使用料を要求すれば、投資家の財政的要求に配慮せざるを得ない企業は、プロジェクトを避けようとするかもしれない。また、慈善団体が連携先の企業や大学との知的財産の共同所有権を求めれば、企業や大学は、研究によって得られる特許のライセンス供与をためらうかもしれない。

一方で、大学の研究者も、知的財産にもっと注意を払うことで、利益を得られる場合がある。ただこの考え方は、大学で尊重されている知的活動の自由に反する部分もある。そこで、ベンチャー・フィランソロピーの方法は、有用なモデルとなるかもしれない。実際、資金提供者探しやトランスレーショナル・リサーチ(橋渡し研究)の推進によって、産業界と連携する大学の研究室は増えている。大学と製薬会社の連携において、インタラプション・ライセンスとよく似た権利を研究者に与える研究契約が、すでに用いられている(Nature 2011年6月23日号433~434ページ参照)。

多くの大学研究者は、特許の考え方自体を否定し、自らの研究を公開し続けたいと考えている。この方法でうまくいったケースもある。米国に本部のある官民パートナーシップである「Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative」は、研究成果に関して特許を取得せず、新しい診断ツールの探索を加速させることができた。Michael J. Fox Foundationも、パーキンソン病のバイオマーカーを探索するProgression Markers Initiativeで同じ方法を使っている。

産業界もこうしたプロジェクトの価値を認め、積極的に推進派になっている。しかし、この方法が最もうまくいくのは、初期の科学的な基礎づくりの段階だ。そのあと特許を取得しないでいると、民間部門の投資意欲が冷え、下流部門での開発が進まないこともあるのだ。

だからといって、産業界の要求を学界や慈善団体が完全に受け入れるべきだと言っているわけではない。確かに、企業との交渉の席では、学界も慈善団体も、インタラプション・ライセンスのような弱い支配手段についてまで、抵抗を受けることは想定すべきだ。その上でなお、知的財産の所有権に関して強硬な姿勢をとることは、医療研究から治療法を生み出そうとしている人々を、究極的には助けることになると知るべきだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2011.111033

原文

With strings
  • Nature (2011-07-21) | DOI: 10.1038/475266a