130億光年を超える「最も遠い天体」を発見
図1:最も遠い銀河
a. 近赤外線で撮影されたハッブルウルトラディープフィールドの画像。今までに撮影された中で最も遠い宇宙の画像である。b. 銀河UDFy-38135539の合成近赤外線ハッブル画像5。この銀河は、Lehnertらの分光観測により、これまでに観測された中で最も遠い天体とわかった1。c. 銀河UDFy-38135539からの光のスペクトルのシミュレーション。銀河の星の年齢は1億年と仮定している。Lehnertらは、観測されたスペクトルにおける水素ライマンα輝線の正確な位置から、この銀河の赤方偏移量を8.56と結論した。 Credit: A,B, NASA/ESA/G. ILLINGWORTH (UCO/LICK OBSERV. & UNIV. CALIFORNIA , SANTA CRUZ)/R. BOUWENS (UCO/LICK OBSERV. & LEIDEN UNIV.)/HUDF09 TEAM
パリ天文台のMatthew Lehnertらは、空のハッブルウルトラディープフィールドとよばれる領域にある1つの銀河について分光観測を行い、これまでに知られている最も遠い天体であることを発見した。彼らはこの結果をNature 2010年10月21日号940ページに報告した1。この銀河は地球から40億パーセクを超えた距離にあり、赤方偏移量zは8.56に達する。この赤方偏移量は、これまでガンマ線バーストがもっていたz = 8.2という記録を破った(ガンマ線バーストは宇宙空間で起こる1回限りの強烈な爆発現象で、光度のピークから数時間以内に減光する)2,3。今回の銀河はおそらく、約10億個の星からなり4、ビッグバンから6億年以内にできたもので、今後数千万年にわたって現在私たちに見えている明るさで輝き続けるだろう。
この銀河はUDFy-38135539と名付けられている。ハッブル宇宙望遠鏡のワイドフィールドカメラ3を使って可視光と近赤外線波長で行われた撮像観測によって、8よりも大きな赤方偏移をもつ銀河の候補とされていたものの1つだ(図1)5,6。ここで、赤方偏移量zの銀河の場合、赤方偏移した水素ライマンα輝線の波長は0.1216(1+z)マイクロメートルであり、それよりも波長の短いスペクトルは、光源と観測者の間にある銀河間物質中の中性水素原子による光子吸収のために観測されない。
ライマンα輝線の検出によって赤方偏移の大きい銀河の候補を見つけるには、通常はスペクトルの複数の周波数帯で画像撮影を行う。しかし、一般的に使用されるフィルターは広い周波数通過帯域をもつので、ライマンα輝線の場所ははっきりせず、赤方偏移の見積もりは近似的なものだ(一般的には赤方偏移の見積もりの誤差は約0.5である)。さらに、高赤方偏移天体からの光の周波数は広い範囲にわたるのが特徴だが、褐色矮星や異常な性質をもった低赤方偏移銀河なども同じような特徴をもち、こうしたほかの天体である可能性もある。だから、画像撮影から得られた赤方偏移の推定値を確かめるためには分光観測が必要だ。
Lehnertらは、チリの超大型望遠鏡VLTの近赤外線インテグラルフィールド分光写真装置「SINFONI」を使って、UDFy-38135539を計16時間にわたって観測した1。彼らは得られたスペクトルから、高い統計的信頼性(6σ)で1.1616μmの輝線を検出し、この輝線はこの銀河の水素ライマンα輝線だと結論した。輝線の波長から、銀河の赤方偏移はz = 8.56とわかった。輝線のスペクトル強度はSINFONIの検出限界に近いので、輝線が宇宙由来であることを証明するため、彼らはいくつかの統計的テストを行った。それでも、この輝線が水素のライマンα輝線ではない可能性はごくわずかながら残っている。Lehnertらは、この輝線が0.3727μmの分離できていない酸素II二重項であるという可能性を99.9%の信頼性でしか除外できていない。もし酸素II二重項であれば、この銀河の赤方偏移はz=2.12ということになる。
Lehnertらの結果1は、観測的宇宙論において重要かつ大きな進展だ。UDFy-38135539は今まで見つかった中で最も高い赤方偏移をもつ銀河であり天体だが、それだけではない。ビッグバンから6億年以内に起こった宇宙の再電離時代に確かに存在していることがわかった、初めての銀河なのだ。この時代に、宇宙に初めて生まれた天体からの放射が、ビッグバンで作られた水素原子から電子を取り去って電離させたと考えられている。Lehnertらは、UDFy-38135539の周囲に少なくとも1Mpc(メガパーセク)の半径をもつ電離した水素ガスの泡が存在していると推測している。そのような泡があれば、ライマンα輝線の光子は中性の銀河間物質に達するまでに赤方偏移して吸収周波数から逃れることができる。
泡の半径は、銀河が自身の放射によって作り出すことができるとみられる半径よりも大きい。これは、再電離時代の電離を起こす源は、第一には、UDFy-38135539のような大きな銀河の周りに群れをなして集まっているとみられる小質量銀河だという説を間接的に裏付けるものだ8,9。しかし、電離を起こす源に関するこの推論は間接的な証拠に基づいたものであり、電離を起こす源も1つしか考慮していない。これとは別に、視線方向に引き延ばされた球形ではない形の泡が存在しているのだとする説もある。ライマンα放射が中性銀河間物質から逃れる仕組みには、最大で500kms–1に達する大規模銀河ガス流出の存在も寄与しているのかもしれない。こうした流出があれば、放出時のライマンα光子の周波数は変化する10,11。
Lehnertらの研究1の成功は、高赤方偏移天体の分光が可能であることを示したものであり、まさに刺激的だ。UDFy-38135539はこの時代ではかなり典型的な銀河であり、ハッブルウルトラディープフィールドの小領域の中で8よりも大きな赤方偏移量をもつ可能性のある5つの天体の中で3番目に明るかったにすぎない5。もっと明るく、分光観測をしやすい、8程度の赤方偏移量をもつ天体はおそらく、ハッブル宇宙望遠鏡を使って始まったばかりの深宇宙観測計画「CANDELS」で見つかるだろう12。しかし、今後の観測は必ずしも簡単ではないはずだ。第一に、UDFy-38135539と同じくらい明るく、約8の赤方偏移量をもつすべての銀河が、同じくらい強いライマンα放射をもつわけではないからだ。第二に、Lehnertらは、地上からの観測では、UDFy-38135539と似たライマンα輝線を見つける可能性は50%しかない、と見積もっている。観測時の雑音レベルは、大気中の原子や分子の輝線のために波長によって大きく異なるからだ。
2010年代の後半に、30メートルクラスの次世代地上望遠鏡とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が登場し、こうした観測上の問題の多くを克服するだろう。例えば、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光写真器「NIRSpec」は、地球大気による雑音に影響されず、SINFONIよりも高い信号対雑音比で観測でき、1万秒以下の観測時間でz=8~9の銀河からのライマンα放射を検出できるだろう。しかし、宇宙の再電離を引き起こした源のトポロジーとその正体を突き止めるためには、新しい望遠鏡の完成を待たなければならないということはないはずだ。Lehnertらが示したように、現在の地上の観測機器で高い赤方偏移量をもつ天体の分光観測を行うことは、とても意味のあることだ。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2011.110128
原文
Galaxy sets distance mark- Nature (2010-10-21) | DOI: 10.1038/467924a
- Michele Trenti
- Michele Trenti、コロラド大学宇宙物理学・宇宙天文学センター(米国)。
参考文献
- Lehnert, M. D. et al. Nature 467, 940–942 (2010).
- Tanvir, N. R. et al. Nature 461, 1254–1257 (2009).
- Salvaterra, R. et al. Nature 461, 1258–1260 (2009).
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- Dijkstra, M. & Wyithe, J. S. B. Mon. Not. R. Astron. Soc. doi:10.1111/j.1365-2966.2010.17112.x (2010).
- www.stsci.edu/cgi-bin/get-proposal-info?12060
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