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明るみに出たショッキングな人体実験

Credit: M. HALEVI

Q: 米国政府はなぜこんな研究を実施したのでしょうか?

A: 梅毒がペニシリンで治ることは1946年までにわかっていました。この研究の第一の目的は、ペニシリンが梅毒の予防薬としても使えるかどうかをみることでした。また、ペニシリンで梅毒が一度治った人間が再び感染するかどうかにも関心がありました。米国政府当局は、第二次大戦時の兵士に水銀軟膏の入った「性病予防キット」を配給しましたが、あまり順守されなかったからです。  実験を手配したのはグアテマラ人医師Juan Funesです。彼は米国公衆衛生局(PHS)で研修を受け、その後グアテマラ公衆衛生局の性病対策部門の責任者になっていました。実質的にはFunesとPHS研究員John Cutler(後にタスキギー実験に関与)の2人が組んでこの実験を進めました。

Q: 研究はどのように行われたのですか?

A: 当時のグアテマラでは売春が合法で、中央刑務所にも売春婦が入っていました。そこでFunesたちは、梅毒に感染している売春婦を送り込んだのです。感染例が少ない場合、梅毒菌の接種もしました。後期の実験では、囚人の体(前腕や頬やペニス)に擦り傷を作り、菌を付けた綿やガーゼ片を1.5~2時間当てたままにしました。しかし、この方法では梅毒を感染させることがなかなかできず、最終的には関心が薄れ、実験は1948年までに中止されました。[その後、米国疾病対策センター(CDC)は、696人の被験者のうち427人が感染したと判定されていたことを知った。うち369人は後にペニシリンで「適切な治療」を受けた。]

Q: これらの実験は、許可を受けてなされたのですか?

A: グアテマラ中央刑務所は事前の約束なしに訪れることはできず、責任者の承諾を得ずにこうした実験を始めることもできません。これは、後年に研究が行われたグアテマラ国立精神衛生病院の場合も同じです。この病院でのケースでは、CutlerとFunesは、同病院にプロジェクターなどの備品を提供する見返りとして、研究を進めることができたのです。抗てんかん薬のダイランチン(フェニトイン)も提供しました。というのも、この病院にいた大勢の患者は実際にてんかん患者でしたが、発作を抑える薬剤がいっさいなかったからです。つまり、病院管理者たちとの取り引きに基づいて、実験は遂行されたのです。

Q: これまで、この事実が一部でも公表されたことはありましたか?

A: いいえ。1950年代初めにCutlerはニューヨーク州シンシン刑務所(米国)で行われた梅毒接種計画に関与していました。その研究は公表され、関係者は囚人たちの同意を得たと述べています。しかし彼らはグアテマラの実験には言及していません。私は、グアテマラ実験が倫理的に危ういものだったことを彼らが認識していたと思います。PHS内部にも自分たちがやっていることについて疑問の声がありました。しかし当時、保健行政当局は梅毒と戦っていました。私は、保健当局者が被験者たちを梅毒との戦争で使う兵士に見立てていたのだと思います。

Q: 全容をどのようにして知ったのですか?

A: 2年前にピッツバーグ大学(米国)で研究していたとき、かつてそこで教鞭をとっていたCutlerが文書を残していたことを知りました。タスキギーに関して未知の記述があるかもしれないので、文書の閲覧を頼みました。そして見つけたのが、今回のグアテマラ事件の資料だったのです。ショックでした。論文が梅毒接種について書いていたからです。私は20年前からタスキギー実験について研究しており、タスキギーでは梅毒菌接種はなされなかったことを、多大な時間をかけて説明してきました。ですから、この資料を読んだとき、本当に信じられませんでした。

Q: その後どうなりましたか?

A: 『Examining Tuskegee(タスキギーの検証)』を書き上げた後、私は2009年6月にピッツバーグ大学へ戻り、自分の解釈が正しいことを確認するために、グアテマラ実験の研究に再び取りかかりました。論文は2011年1月にJournal of Policy Historyで発表される予定です。そのコピーを、1972年にタスキギー実験が曝露されたときのCDC所長で、私がずっと連絡を取ってきたDavid Sencerに進呈しました。彼を通じて内容を読んだCDC関係者が非常にショックを受け、元のデータを見るために梅毒の専門家を1名派遣してきました。彼は私が見つけた資料を確認し、この話がCDC上層部へと伝わったのです。

Q: 現在の研究者はここから何を学べるでしょうか?

A: 米国の薬剤臨床試験の大半は、現在、各国の協力の下に行われています。我々は米国内のことは管理できますが、外国では何が行われているのでしょうか。また、もしグアテマラの実験が民間の製薬会社によって行われたものであったなら、私が実験の真相について知ることは決してなかったでしょう。この事件から得られる教訓は、研究機関における審査委員会の設置と、国際的な臨床試験におけるインフォームドコンセントの確実な理解・適用の確認が重要だ、ということです。

翻訳:船田晶子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110125

原文

A shocking discovery
  • Nature (2010-10-07) | DOI: 10.1038/467645a
  • Susan Reverby interviewed by Ivan Semeniuk