News Feature

次世代宇宙望遠鏡JWSTへの期待と現実

低温試験を実施するため、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡を構成する18枚のセグメントのうち6枚を準備するNASAの技術者。 Credit: NASA/MSFC/D. HIGGINBOTHAM/E. GIVEN

失敗はありえない

この計画は成功させなければならない。天文学者にとって、代替計画はない。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として2014年の打ち上げが予定されているNASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)は、天文学者が今後数十年のうちに答えを出したいと願っている大問題のほとんどに対して、その解決のカギを握っている望遠鏡だからだ。

JWSTは、宇宙空間をはるか彼方まで見通し、時間をさかのぼって、この宇宙で最初に形成された銀河を見せてくれるはず。このプロジェクトが、米国の天文学コミュニティーが立案した「天文学・天体物理学10年研究計画」の2001年版で最優先事項となったのは、まさにそのためである。それから10年、JWSTへの期待はさらに高くなっている。2010年8月に発表された同研究計画の「2010年版」に掲げられた科学的目標の大半は、JWSTなしには達成することはできないだろう。

シカゴ大学(米国イリノイ州)の宇宙論学者で、過去2回の10年研究計画委員会のメンバーを務めたMichael Turnerは、「我々は、JWSTが無事に打ち上げられ、大成功をおさめることを既定の事実として考えています」という。「すべてはJWSTの存在を前提として計画されているのです」。

実はそこに天文学者たちの懸念もある。リスクもまた天文学的だからだ。JWSTの6.5 mの主鏡は、ハッブル宇宙望遠鏡の直径の3倍近くあり、宇宙空間に打ち上げる物体の中ではこれまでで最大となる。この望遠鏡は、光を検出するための高感度の装置から、巨大な宇宙船を50K(ケルビン)以下という極低温に保つ冷却システムまで、人類がいまだ挑戦したことのない多くの技術に頼ることになる。そのうえ、地球から150万kmも離れたところで最初に試行するときに、完璧に稼働しなければならない。そこは月までの距離の4倍も遠い場所なので、宇宙飛行士が修理しに行くことは不可能だ。アポロ計画を成功に導いたNASAの長官にちなんだ名をもつこの望遠鏡が失敗したら、天文学の進展は1世代は遅れることになるだろう。

このように、天文学者にとってJWSTは非常に重要な望遠鏡なのだが、彼らの思いは複雑だ。現時点で約50億ドル(4000億円強)というJWSTの建造費をまかなうために、ほかの大きなプロジェクトの予算は削られ、この大仕事が終わるまでは本格的に着手することができない状況にある。宇宙のダークエネルギーに関する調査を行う広域赤外線サーベイ望遠鏡(WFIRST)は、10年研究計画2010年版では宇宙・天文学プロジェクトの最優先事項とされたが、その建造に着手するのはJWSTの打ち上げが終わってからだ。NASAの天体物理学部門長であるJon Morseは、「それまでは、新しいミッションに多額の投資をするわけにはいかないのです」という。しかし、NASAと欧州宇宙機関(ESA)が現在運用している宇宙望遠鏡はすべて、今後数年のうちに設計寿命を迎えてしまう。

さらに悪いことに、JWSTの建造費は増加の一途をたどっている。NASAは2009年に、望遠鏡の費用超過をカバーするために予算に9500万ドル(約79億円)を上乗せすることを要求した。2010年には、さらに2000万ドル(約17億円)を必要とした。2011年については、もう6000万ドル(約50億円)の上乗せを要求したが、もっと多くの資金を投入しなければならないだろうという噂が渦巻いている(右図参照)。

NASAからの要求を受けて、その予算を監督する政府小委員会の委員長であるメリーランド州選出のBarbara Mikulski民主党上院議員は、2010年6月、独立の調査委員会を設けて、JWSTプロジェクトのスパイラル的な費用増大と遅延の原因を調査し、その解決策を提案するよう要請した。「JWSTの建造は、偉大な技術的チャレンジです」とMikulskiはいう。「けれども、費用超過があってよいということにはなりません」。

独立調査委員会の委員長であり、かつてNASAのボイジャー、ガリレオ、カッシーニのミッションのプロジェクトマネジャーを務めたJohn Casaniは、委員会が行うのは提案であり、決定ではないと強調する。調査結果はNASAに伝えられ、2011月2月のオバマ大統領による概算要求の際に、同委員会の提案を織り込んだ予算計画が発表されることになっている。けれどもCasaniは、JWSTが陥っている苦境の打開策を探る際には「すべてが再検討の対象になり」、装置の開発を中止したり、プログラムを縮小したりする可能性もあるという。

野心的な計画、かさむ費用

ハッブル宇宙望遠鏡の後継機に関する最初のコンセプトが提案されたのは、1989年のことだった。これはハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げの1年前だが、天文学者たちは既に、ハッブル宇宙望遠鏡では、ビッグバンから5億年が経過して最初の恒星や銀河が形成されてきた「宇宙の夜明け」までさかのぼって見ることができないことを知っていた。だから、次世代の宇宙望遠鏡に、このギャップを埋める性能をもたせることは、次のステップとして合理的だと思われた。

1993年に、NASAはカーネギー天文台(米国カリフォルニア州パサディナ)のAlan Dresslerを議長とする天文学者からなる委員会に、次世代宇宙望遠鏡はどのようなものでなければならないかを定義させた。まずは、新しい望遠鏡の鏡は、最初の銀河が発するかすかな光を集められるだけの大きさがなければならない。委員会は、主鏡の直径を4 m以上にすることを勧告した。

次に、その望遠鏡は極低温でなければならない。温度が50K以上になると、望遠鏡自体からの赤外線の熱放射が、天文学者がとらえようとしているかすかな光子を圧倒してしまうからである。「全体の計画を推進したのは科学でした」とDresslerはいう。

最後に、その望遠鏡は地球からはるか離れたところで稼働するものでなければならない。赤外線波長では、地球は電球のように輝いている。そのため、委員会は、地球の軌道から外側に150万km離れたところにある第2ラグランジュ点(L2)に望遠鏡を投入するよう勧告した。太陽と地球の重力の作用で、ここにある望遠鏡は静止し続けることができるからだ。また、L2にある望遠鏡は常に地球が投げかける影の中に入っているため、低温に保つのが容易になるという利点もある(「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」参照)。

1995年12月、DresslerはNASAの当時の長官であるDaniel Goldinに勧告の要旨を説明した。Goldinは、この勧告に大いに興味をそそられた。彼は当時、「より速く、より良く、より安く」という戦略を掲げて、多くの成果をもたらす刺激的なミッションを低コストで実現しようと、NASAの科学プログラムを揺さぶっていた。彼は、シリコン・バレーや航空宇宙産業界の「スカンク・ワーク」プロジェクト(大きな組織の中にある高度な自主性を認められた小規模なベンチャー部門が、革新的な研究開発を行うこと)からヒントを得て、かさばる電子機器を小型化し、部品に既成品を多く用い、組織の諸経費を縮小し、ミッションの技術的境界を連続的に拡大していくことを強く主張した。Dresslerの提案は、このアプローチを試す絶好の機会のように思われた。

Goldinは問いかけた。望遠鏡の主鏡の直径を、4 mではなく、6~8 mにしないか? 必要な技術の一部は、既に存在していた。NASAが当時開発していたスピッツァー宇宙望遠鏡は、ベリリウムという金属でできた0.85 mの鏡を備え、極低温で赤外線観測を行うものだった。ベリリウムは触れると皮膚障害を引き起こすので特別な取り扱いを要するが、軽量で、極端な温度変化にさらされても変形しない。これらの革新的な技術を用いれば、JWSTに巨大な鏡をもたせつつ、コストを下げることができるはずだ。Goldinのスピーチの言葉を借りれば、「ガラスを捨てよう。ガラスは地上で使うものだ」ということになる。

一部の天文学者は、この野心的なミッションの費用が、当初、5億ドル(約420億円)から10億ドル(約830億円)という幅をもって見積もられていたことに疑問を感じていた。それでも、最初のうちは、Goldinの方法はうまくいきそうにみえた。このアプローチを用いた初期のミッションのいくつかは大成功をおさめた。その例としては、1997年の画期的な火星探査計画マーズ・パスファインダー・ミッションと、このミッションの探査車「ソジャーナ」、および、月面に氷が存在する証拠を発見した1998年のルナ・プロスペクター・ミッションなどがある。

しかしその後、1999年には広域赤外線観測衛星(WIRE)の望遠鏡と、2つの火星探査ミッション(マーズ・クライミット・オービターとマーズ・ポーラー・ランダー)の大失敗が続いた。これによりNASAの威信は失墜し、人々は、「より速く、より良く、より安く」という戦略をとることは、より大きいリスクをとることでもあることを痛感した。2001年にGoldinの任期が終わるころには、NASAは既に伝統的なアプローチに回帰しつつあった。すなわち、リスクをとることを避け、徹底的に試験を行い、隅々まで管理する、はるかに費用がかかるアプローチである。

この変化でJWSTのコストは急激に膨れ上がり、ついに10億ドルを超えてしまった。コストを下げるために、主鏡の直径は8 mから6.5 mに変更された。NASAは多くの工学的トレードオフ研究を進めた。しかし、科学作業部会が望遠鏡の設計を固めるよう要請されると、これまで隠れていた要素が表面化してきた。科学者たちが、望遠鏡をどんどん複雑なものにしていったのだ。

増やされた機能とそのための新技術

Credit: NASA

JWSTの科学的目標は、発表されるたびに膨らんでいった。その中心となる装置には、主として宇宙初期の恒星や銀河を調べるための広視野近赤外線カメラ(NIRCam)と近赤外線多天体分光器(NIRSpec)、銀河系内の塵に包まれた天体を観測するための多目的中赤外線カメラと分光器のほか、この3つの装置を補助する精密誘導センサー(FGS)と波長可変フィルターイメージャー(FFI)が含まれるようになった。

こうした機能を追加するには、高額で、ほとんど証明されていない技術を利用しなければならない。装置には、非常に大きく、極めて安定な赤外線検出器が必要だ。5層の膜からなる遮光板は、望遠鏡に巻きつけた形で打ち上げた後、宇宙空間で広げて、望遠鏡を極低温まで冷却できるようにしなければならない。大きさはテニスコートほどにもなる。

大きい主鏡は既存のロケットのフェアリング(保護カバー)には入らないので、調節可能な18枚の六角形のセグメントに分けて折りたたむようにし、遮光板と同様、軌道上で広げるようにする必要がある。各セグメントは粉末冶金プロセス(粉末状ベリリウムを加熱・加圧する)で入念に成形し、金で被覆し、磨き上げる。

NIRSpecは、明るい星の隣にある薄暗い天体も含めて、100個までの天体のスペクトルを同時に観測できるようにしなければならない。それを可能にするのが、マイクロシャッターアレイとよばれる電気機械素子だ。NIRSpecのマイクロシャッターアレイは髪の毛数本分の幅のマイクロシャッターを6万2000個以上並べたもので、これら1つ1つの開閉を制御することができる。

さらに、望遠鏡に用いられる技術のすべてが、打ち上げの際の激しい振動や、宇宙の厳しい真空や、時間をかけて極低温まで冷却する工程に耐えられなければならない。特に、望遠鏡の光学面はナノメートルの精度で調整されており、こうした条件に耐えて精度を保つ必要がある。そして、最低でも、ミッションが基準とする5年間は、すべてがほぼ完璧に稼働するようにしなければならない。

このように見ると、NASAがJWSTの初期の技術開発だけに20億ドル(約1700億円)近くを費やしてしまったのも不思議ではない。NASAは、性能をほどほどに抑えてコスト増に歯止めをかけることはせずに、欧州宇宙機関(ESA)とカナダ宇宙庁(CSA)というパートナーを探し出し、多額の出資を受ける道を選んだ。

JWSTプロジェクトの全体は、NASAゴダード宇宙飛行センター(メリーランド州グリーンベルト)が管理し、航空宇宙産業界の巨大企業であるノースロップ・グラマン社(カリフォルニア州ロサンゼルス)が元請業者になった。JWSTの予備設計のレビューが終わり、NASAがその建造に公式に着手した2008年の春には、複数の機関、国家、大陸にわたる、数十億ドル規模の多機能ミッションへと変貌していたのだ。

試験はどこまで行うべきか

ゴダード宇宙飛行センター29号棟のクリーンルームには、約1年前から、JWSTのさまざまな部品のエンジニアリングモデルがぽつぽつと運び込まれるようになった。2011年の春から夏には、実際に打ち上げられるハードウェア部品が届きはじめる予定だ。JWSTの技術の中で特にリスクの高いものは、既にそのすべてが最重要段階まで到達しており、2014年の打ち上げに向けてスケジュールどおりに動いている。

残された最大の難関は、望遠鏡が全体として機能することを確認するために、フライトコンポーネントを組み立てて、試験を行うことだ。もちろん、そのすべては残りの予算内で実施しなければならない。問題は、望遠鏡を完全に組み立ててしまうと、大きすぎて既存の熱真空槽に入らなくなってしまうことである。JWSTの科学的目標が新しい技術を必要としたのと同じように、ミッション担当者は、それを試験するための全く新しいプロトコルを考案しなければならなかった。

「試験には、本当に欠かすことのできないものと、できればやっておきたいというものがあります」とDresslerはいう。「これだけのプロジェクトになると、どうしても、二重、三重にチェックをしたくなりますが、それをする資金的余裕はないかもしれません」。ところが一方で、それをしない余裕もないだろうと彼はいう。コスト削減のために試験を控えたハッブル宇宙望遠鏡は、軌道に打ち上げてから主鏡に不具合があることが明らかになり、ミッション全体に深刻な影響を及ぼしてしまったからだ。

JWSTを擁護する人々は、さらなる予算超過があったとしても、JWSTは大型宇宙望遠鏡の歴史的なコストパターンを打ち破るはずだと主張する。「ハッブル宇宙望遠鏡の場合、建造と打ち上げだけで、現在の貨幣価値にして最大50億ドル(約4200億円)かかりました」とDresslerはいう。「これに対して我々は、地球から150万kmの彼方で、極低温で稼働する、ハッブル宇宙望遠鏡の7倍近い大きさの望遠鏡を、ハッブル宇宙望遠鏡よりも少ないとはいえないまでも同程度の費用で建造しているのです。これはすばらしい望遠鏡であり、おそらく、我が国が今後建造する宇宙望遠鏡の中で、最も大きなスケールのものになるでしょう」。

翻訳:三枝小夜子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110106

原文

The telescope that ate astronomy
  • Nature (2010-10-28) | DOI: 10.1038/4671028a
  • Lee Billings
  • Lee Billingsは、ニューヨークに拠点を置くフリーランスのライター。