Editorial

楽観論と不安が入り混じるリン鉱石資源

リン酸塩の形態で存在するリンは、RNA、DNAや細胞代謝に重要なかかわりをもっており、あらゆる種類の生物がリンに依存している。リンは、窒素やカリウムと共に植物の健全な成長に必須で、肥料によるリンの補給は、現代農業の1つの柱となっている。

肥料の原料となるリン鉱石は、埋蔵量が有限なため、資源枯渇の懸念が指摘されてきた。例えば米国地質調査所のデータでは、リン鉱石の供給量が早ければ25年後にピークを打つことが予想され、それを巡って議論が続いてきた(Nature 2009年10月8日号716~718ページ、本誌2010年4・5月合併号参照)。農業では、リン酸塩の代替品がないため、このような予測は、緊急で重大な問題に発展する可能性がある。

しかし、今年になって国際的非営利団体のIFDC(土壌肥料農業開発国際センター;米国アラバマ州マッスルショールズ)が行った「世界のリン鉱石の埋蔵量と資源」研究における暫定的な解析結果では、リン鉱石の埋蔵量は300~400年分あるとされた。ただし、リン鉱石埋蔵量に関して正確な情報を得ることは難しく、IFDCも、より正確な予測を行うためには、さらなる研究の進展が必要なことを認めている。鉱業界、政府や関心を持つ研究者は、IFDCの予測研究に対する協力要請に応えるべきであろう。

リン鉱石の問題の1つは、将来にわたって、世界の需要を満たせるだけの供給量を確保できる保証があるかどうかだ。そして、もう1つ重大な懸念がある。リン酸塩やその他の肥料は、一部の地域ではほとんど浪費されているといってよい状況にあるにもかかわらず、別の地域では、手ごろな価格で肥料を入手できない農家がいるという現実だ。

米国、欧州やその他の地域では、農家は数十年間にわたって肥料を浪費してきたが、今ようやく高度な評価法を用いることで、肥料を使用する時期、量、配合比を把握できるようになった。その結果、食料生産量の増加傾向が続く中でも、世界のリン酸肥料に対する需要を抑えることができたのである。

しかし、その他の諸国、特にアジアでは、肥料の過剰な散布が続いている(Nature doi: 10.1038/news.2010. 498; 2010年9月29日オンライン掲載参照)。また、アフリカの一部諸国などの最貧国では、高額の輸送費や現地の市況のために、肥料の入手コストが農家の手の届かないところまで高騰している。

さらには、現在の肥料製造法では、リン鉱石を肥料に変換する効率を最大限に高めることができていない。リン鉱石の供給国は、中国とモロッコの2か国に集中しており、その他の国々は、この両国の誠意を頼りにリン鉱石を輸入している。ところが、その誠意が、近年の極端な価格変動によって揺らいでいる。そうした不安要素を含みながらも、食料生産は肥料に大きく依存しているため、供給の不公平、肥料の再利用を含む肥料の持続可能な利用の必要性といった論点が、持続可能な開発に関する議論からほとんど抜け落ちているのだ。

例えば、こうした論点は、2009年11月にイタリアのローマで開かれた国連食糧農業機関(FAO)主催の世界食料安全保障サミットで、付随的に言及されるにとどまった。しかし、水文学者、土壌研究者や食品科学者は、リン鉱石を巡る問題に対して認識を高め始めている。11月1~3日にロンドンで開催される「クロップ・ワールド2010」の会議では、この論点に的をしぼった議論が行われる。会議には、数多くの研究者に加えて、産官の代表者も参加し、英国政府からは主席科学顧問のJohn Beddingtonが参加する。彼は、政治の世界で食料安全保障問題に対する意識を高めるために尽力してきた人だ。

FAOのような国際機関が肥料の持続可能な利用を本気で支持すれば、問題解決への取り組みに弾みが付くはずだ。既にFAOは、肥料の需給状況を追跡調査しており、リン酸肥料の利用状況に関する報告書も公表している。持続可能な肥料供給について、具体的なプログラムは進められていないが、FAOの農業および天然資源を担当する部門が、この分野で、ある程度の研究を進めており、これが活動を進めるうえでの基礎となるだろう。今、FAOがしなければならないのは、この問題を舞台の隅から中央へと押し出して、未来の農業と持続可能な開発を形作るための政策策定プロセスに組み込むことである。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110133

原文

Not quite assured
  • Nature (2010-10-28) | DOI: 10.1038/4671005b