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意志でニューロンをコントロール

思考の制御によってコンピューター画面上の画像を変化させられることが、カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)の研究チームにより発表された1。Moran Cerfらは、被験者の脳とコンピューターを接続し、有名な人物や物の画像を2枚重ね合わせて見せると、被験者が脳細胞1個の発火率(活動の程度)を意識的に変化させて、一方の画像だけをはっきりと表示できることを示した。この成果から、映像や音、匂いなどの情報を次々と受け取っている我々の脳が、意識的な思考を介して、注意を向けるべき刺激と無視すべき刺激とを選別していることが明らかになった。

今回の研究の被験者12人は、難治性の重度てんかん患者であり、UCLAロナルド・レーガン医療センター(米国ロサンゼルス)で、発作開始にかかわる脳組織部分を切除する手術を受けるために待機中だった。論文著者の1人で同センターの神経外科医Itzhak Friedは、発作の原因となる正確な脳領域を特定するために、内側側頭葉(MTL)という脳領域の周辺に64本の微小電極を埋め込み、自発性発作が起こるまで継続して記録を取る予定でいた。MTLは海馬を含む脳領域で、記憶と関連付けられており、てんかん発作の発生源となることが多い。

神経科学者たちは何年も前からFriedと協力しており、発作を待つ時間を利用し、埋め込んだ電極から記録を取って、ヒトの心がどのように働くかを探る実験を行ってきた。解析法の改良により、今では、ノイズの多い電気的背景から単一ニューロンの発火を検出できる。Friedらはこの6年間で、ヒトが特定の人物1人もしくは物体1個を認識したときに、1個のニューロンが発火することや、対象物を想起するだけでも発火が起こることを明らかにしてきた。

機械を介した読心術

今回の実験では、12人の患者に対し、コンピューター画面上に、マリリン・モンローやマイケル・ジャクソンの写真など、有名な画像110枚を見せ、1つの画像に対して特異的かつ確実に反応する単一ニューロンを特定した。それらの結果から、それぞれの被験者で、MTLの異なる部分にあるニューロンと、それに反応する画像4枚を選び出した。

次に、被験者に、4枚のうち2枚をそれぞれ50%の透明度で重ね合わせた画像を見せた。そして被験者に、一方の画像を考えて、その画像を浮かび上がらせるよう頼んだ。被験者には10秒の時間が与えられ、その間、研究チームは、それぞれの画像に対応するニューロンの発火信号をデコーダーにかけた。デコーダーで解読された情報はコンピューター画面上の重ね合わせ画像へ反映され、ニューロンの発火率が下がっているほうの画像は薄れ、上がっているほうの画像は浮かび上がるようになっている。

被験者は、このようにオンラインで画面上にフィードバックされた画像を見ながら、目的の画像を強く浮かび上がらせ、他方の画像を弱めて消すことができた。試験の成功率は3分の2以上で、被験者は短時間でこの作業を習得できた。

その後の被験者たちの話から、目当ての画像を強めようとした被験者もいれば、いらない画像を弱めようとした被験者もいたことがわかった。どちらの場合もうまくいっていた。ただし、コンピューター画面上へのフィードバックがかなり重要で、「脳−マシン・インターフェース」がないと、実験の成功率は大きく下がって3分の1を下回った。

この実験は、視覚刺激として競合している複数の画像の認知状態を、ヒトが思考を用いてどうやって変えられるのかを示しているとCerfは話す。「外界環境から、ある程度、現実性はもたらされますが、脳自身が内部で検討して対象物を形作ったり無視したりできるのです」。

将来的には、意識はあるが麻痺のために意思の伝達ができない閉じ込め症候群患者で、この種の脳−マシン・インターフェースを利用して、「水」や「母」などの概念に反応するニューロンの発火をモニターすれば、思考の一部を読み取れるようになるかもしれないとCerfはいう。ただし、現段階ではまだSFの領域を出ていない、と彼は釘を刺している。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110103

原文

'Marilyn Monroe' neuron aids mind control
  • Nature (2010-10-27) | DOI: 10.1038/news.2010.568
  • Alison Abbott

参考文献

  1. Cerf, M. et al Nature 467, 1104-1108 (2010)