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AIとサステナビリティの交差点:AIがもたらす光と影

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2026年2月17日、東京大学とシュプリンガーネイチャーの共催による7回目のシンポジウム「SDGs Symposium 2026 – AIとサステナビリティ:持続可能な未来に向けた機会と挑戦」が開催された。世界各国から会場・オンライン合わせて約500名が参加したこのシンポジウムは、国内外の学術界、出版界、科学館、産業界、国際機関の第一線の研究者・実務者が集結し、こうしたAIの「光」と「影」を多角的に検討する場となった。

このシンポジウムを通して浮かび上がったのは、「持続可能なAI」とは単なる技術的最適化の問題ではなく、社会構造、資源配分、そして制度や倫理の在り方そのものを問い直す課題であるという認識である。開会挨拶で東京大学総長の藤井輝夫(ふじい・てるお)も、「こうした問題には技術や産業だけでなく、学術界や政策の側を含む多様な主体の協働が不可欠です」と強調した。以下では、各登壇者の議論を手掛かりに、AIとサステナビリティの接点で今、何が問われているのかを解き明かす。

デジタル空間の物理的限界:水とエネルギーとレアアース

私たちがスマートフォンやPCの画面越しにAIと対話するとき、その計算がクラウドという雲の中で処理されていると錯覚しがちだ。しかし、AIは極めて物理的な存在である。

Credit: Eugene Mymrin/Moment/Getty

Natureの編集長でネイチャーポートフォリオ チーフ・エディトリアル・アドバイザーであるマグダレーナ・スキッパー(Magdalena Skipper)は、AIの急激な普及が環境に与える直接的な負荷についての厳しい現実を示すデータを紹介した。生成AIを用いた検索は、従来のウェブ検索の4〜5倍のエネルギーを消費する。さらに、巨大データセンターの冷却には莫大な水資源が必要であり、ある地域のデータセンタークラスターは、その地域の月間水供給量の約6%を消費した事例もあるという。

世界的な数字で見れば影響は大きくなさそうに見えても、地域社会にとっては死活問題となる。スキッパーは、この見えざる負荷を可視化することの重要性を強調し、「全ての電球にはワット数のようなエネルギーの表示があります。AIチャットボットにもそのような指標を導入してみてはどうでしょうか」と提言する。

こうした物理的限界にさらなる警鐘を鳴らしたのが、国際連合大学学長であり国連事務次長のチリツィ・マルワラ(Tshilidzi Marwala)教授である。AIハードウエアの製造は、希土類元素に大きく依存しており、それらの採掘には多大な環境的・社会的コストが伴うことが少なくないと強調した。彼はさらに、性能とコストを優先する発想から脱し、持続可能な材料の選定へと移行する必要性を訴えた。そして「有限な資源で無限の成長を遂げることはできません」と注意を促す。

現在、レアアースのリサイクル率はわずか1%未満にとどまっている。持続可能性をコストや性能に次ぐ第三の指標としてハードウエア設計の初期段階から組み込まなければ、AIの発展自体が地球環境の限界という壁に突き当たる可能性が極めて高い。

半導体産業の責任と「システミックガバナンス」

AIを支える物理的インフラの最前線に立つ半導体産業も、この危機感と無縁ではない。東京エレクトロン株式会社 サステナビリティ グローバルヘッドである荻野裕史(おぎの・ゆうじ)は、AIデバイスの需要拡大により、半導体市場が2030年までに1兆ドル(約150兆円)規模に達するという予測を示した。

AIの進化は半導体の微細化・高集積化によってけん引されているが、それは同時にデータセンターの電力需要の急増を意味する。国際エネルギー機関(IEA)の予測によれば、データセンターの電力需要は今後大幅に増加し、それに伴う二酸化炭素(CO2)排出量の増加も免れない。荻野は、半導体の省電力化などの技術的進化に加えて、データセンターのエネルギー源を化石燃料から低炭素エネルギーへ転換することが不可欠であると説き、「企業はシステミックガバナンスとして、エネルギー管理と環境、そして倫理と人権に同時に、かつ統合的なアプローチで取り組まなければなりません」と述べる。

技術開発とガバナンスは、後追いではなく同時並行で進まなければならない。これは産業界全体に求められる重い責任である。

エリートの独占か、インクルーシブな変革か

環境負荷と並んでシンポジウムの核となったのが、「公平性」と「包摂性(インクルーシブネス)」の問題である。マルワラは、AIへの投資の80%以上は米国と中国に集中していると指摘する。このままでは、持っている者はさらに与えられ、持っていない者は持っているものまで奪われるという「マタイ効果」がAI分野でも強く作用することになる。

広島大学教授のアユーブ・シャリフィ(Ayyoob Sharifi)は、スマートシティーにおけるAI活用の光と影を浮き彫りにした。AIやブロックチェーンは、食料配分の最適化や透明性の高いガバナンスを実現する可能性を持つ一方で、アルゴリズムに潜むバイアスが採用や警察活動における差別を助長する危険性がある。さらに、高価なインフラを前提とするスマートシティーは、富裕層やデジタルリテラシーの高い層(エリート)だけが恩恵を独占する「エリートキャプチャー」を引き起こし、ジェントリフィケーションを加速させて弱者を周縁化するリスクがある。シャリフィは、技術論に陥りがちな現代社会に対し、「『これを作れるか』ではなく『これを作るべきか』、あるいは『これが効率を高めるか』ではなく『正義と持続可能性を前進させるか』を問う必要があります」と問いを投げ掛ける。

複雑に絡み合うSDGs

国連の持続可能な開発目標(SDGs)の17の目標は、それぞれが独立しているわけではない。地球環境戦略研究機関(IGES)のAI・ニューフロンティアグループディレクターである周新(Xin Zhou)は、脱炭素化(目標13)が進めばクリーンエネルギー(目標7)や健康(目標3)に波及効果をもたらす一方、再生可能エネルギーのための土地開発が食料生産(目標2)と競合する可能性もあるといった、相乗効果やトレードオフについて指摘した。

周は、政策立案が縦割りで行われている現状を危惧し、ここにこそAIの真の価値があると主張する。AIによる自然言語処理や機械学習を用いれば、複雑な水・エネルギー・食料の相互依存関係を可視化し、リスクマップをリアルタイムで更新して、場当たり的ではない統合的な政策判断を支援できるからだ。

しかし、AIがシステムの分断を改善するか、それともさらに縦割り(サイロ化)を深めるかは自動的に決まるわけではない。「AIが持続可能性を加速させるのか、それとも不平等や分断を深めるのかは、ガバナンスによって決まります」と周は言う。

より賢い技術を求めるだけでなく、それを用いるより賢い制度が不可欠なのである。

フィジカルAIと「社会との対話」

フィジカルAI、すなわちAIが物理空間に進出する際の課題を提示したのが、日本科学未来館副館長で、IBM東京基礎研究所のメンバーでもある高木啓伸(たかぎ・ひろのぶ)だ。

高木が取り組むのは、視覚障がい者のための自動ナビゲーションロボット「AIスーツケース」の開発である。ディープラーニングとリアルタイムの物体認識によって、AIは周囲の世界を理解し、説明することができるようになった。しかし、ロボットが混雑した公共空間を安全に移動するためには、技術的な完成度だけでは不十分である。周囲の人々がそのロボットをどう受け入れるかという社会的受容性の壁が存在するのだ。

ここで重要になるのが、科学技術と社会をつなぐサイエンスコミュニケーションである。実証実験を通じて視覚障がいのない参加者もロボットを体験し、対話を通じて社会的ルールを共創していく過程こそが、AIの社会実装には欠かせない。高木は、技術開発が向かうべき究極の目的を、ある少年の言葉を借りて表現した。「8歳の男の子が『大人になったら、ロボットと一緒に遠くに行きたい』と言ったのです。私たちにはそれを実現する責任があります」。

炭素削減から「社会設計」へ ― パネルディスカッションが浮き彫りにした本質

各登壇者のプレゼンテーションを受けた後半のパネルディスカッションでは、議論の視座がさらに一段引き上げられた。モデレーターを務めた東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 教授の

横山広美(よこやま・ひろみ)は、ここまでの議論を総括し、AIとサステナビリティの問題が持つ真のスケールを「持続可能なAIとは、単にカーボンフットプリントを削減することではありません。むしろ、AIに関する私たちの社会、経済、ガバナンスのシステムをどのように設計するかという根本的な問題なのです」と再定義した。

横山が強調したのは、「分配の正義」である。現実社会では、AIの利益を享受する者と、水や電力の枯渇、さらには監視社会化のコストを支払う者が、地域間・世代間で非対称になっている。パネルでは、規制の主体は単一ではなく、国際社会、国家、そして産業界という多層的なアプローチが必要であることが確認された。一方で、規制の抜け穴を狙う規制逃れのリスクや、データが不足している言語や集団においてはAIの性能格差が不可避であるという厳しい現実も突き付けられた。今後のAI開発においては、その限界を隠すのではなく、医薬品の副作用のように明示することが求められる。

全員参加型の未来構築へ

もう1つの中心的なテーマは何だったのか。それは、AI開発における公平性と公正性、より具体的には包摂性である。マルワラは、データ、インフラ、計算資源へのアクセスが依然として高度に集中しており、そのため少数の国々がAI開発の方向を形作ることを可能にしていると指摘した。このような集中を是正しないままにすれば、優位な立場にある者と不利な立場にある者との格差が拡大する恐れがある。

この課題に対し、学術出版の立場からシュプリンガーネイチャー・ジャパンの代表取締役社長アントワーン・ブーケ(Antoine Bocquet)は、政策決定の基盤となる知の偏在に関して、「私たちの調査では、政策文書で引用されている研究の78%がグローバルノースの著者に由来しているという、根強い地理的不均衡が明らかになりました」と説明する。

東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)センター長の福士謙介(ふくし・けんすけ)は、分断が深まる現代社会において、対話と共通ルール構築の土台となる学術協働の意義を、「不幸にも分断された世界において、学術的な協働はぜいたく品ではなく、必要不可欠なものです」と語り、会を締めくくった。

持続可能なAIへの道は平坦ではない。シリコンバレーの大手テクノロジー企業から、アフリカの農村部の人々、政策立案者、そしてメディアに至るまで、全てのステークホルダーが同じテーブルに着く必要がある。AIの恩恵を権力者や一部の先進国・富裕国が独占し、その環境的・社会的コストを未来の世代や脆弱な地域に押し付けるような構造は、是正が求められる。

AIという強力な技術を、環境負荷や格差拡大の装置ではなく、持続可能な社会を支える基盤へと転換できるか。その答えは、AIのアルゴリズムの中ではなく、それを利用し、規制し、共生していく私たち人間側の知恵とガバナンスの中にこそある。

執筆者:Natureダイジェスト編集部

スピーカー/パネリスト

藤井 輝夫
東京大学 総長

チリツィ・マルワラ
国際連合大学 学長、国際連合 事務次長

マグダレーナ・スキッパー
Nature編集長、ネイチャーポートフォリオ チーフ・エディトリアル・アドバイザー

アユーブ・シャリフィ
広島大学 教授

周 新
地球環境戦略研究機関(IGES) AI・ニューフロンティアグループ ディレクター

高木 啓伸
日本科学未来館 副館長、IBM東京基礎研究所 研究員

荻野 裕史
東京エレクトロン株式会社 サステナビリティ グローバルヘッド

Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.202606.pr