ピエゾでひもとくメカノセンシングの全貌
Credit: Juan Gaertner/Science Photo Library/Getty
–– ノーベル賞を2021年に受賞したパタプティアン教授の研究室でポスドクをされていたのですね。
2013〜2016年の3年間、アーダム・パタプティアン(Ardem Patapoutian)教授(米国スクリプス研究所)の研究室でポスドクとして研究していました。教授は、機械刺激のセンサーを作る「ピエゾ(Piezo)」遺伝子を発見し、2010年1と2012年2に論文発表しました。私が在席したのはその直後の時期です。
機械刺激の受容をメカノセンシングといいます。皮膚に分布する皮膚触覚が物に触ったときの感覚、あるいは圧力、振動などを受け取ることです。それまで皮膚触覚の神経細胞の研究は行われていましたが、刺激を受け取る分子の実体については分かっておらず、それを見つけたのがパタプティアン教授でした。私はピエゾ遺伝子の働きをより詳しく明らかにしていく研究を行いました。
–– パタプティアン研究室に行くきっかけはどのように?
博士課程2年の時に、次に進む研究室を考えるために、いろいろな分野の論文を読んで探しました。その時にパタプティアン教授のピエゾ発見の論文を見つけ、興味を持ったのです。
私は大学院では脳の形作りという発生生物学の研究を行っていましたが、将来は、生物の形態だけでなく、生物の機能について研究したいと思っていました。生物の機能が正常に保たれるためには、ある一定の範囲にその機能が収まるようにフィードバック機構が働きます。そうした機構が生体で作動するためには、機能を測るセンサーが必要だろうと考え、刺激のセンサーであるピエゾが面白いと思いました。
–– それでパタプティアン研究室に応募されたのですね。
はい。私が研究室を探す際に、もう1つ重要視していたのは、分子は同定したがノックアウト解析はこれから、という研究の段階にあることです。その点でも、パタプティアン研究室はぴったりでした。
ノックアウト解析とは、遺伝子を欠損させることで、その遺伝子の働きを知る手法です。私は大学院時代にノックアウトマウスの解析を行っていましたので、その技術でパタプティアン研究室に貢献できるだろうと考えたのです。過去の発生生物学の研究の歴史を振り返ると、発見された遺伝子やそれに伴う生命現象の解明が、ノックアウトマウスによって格段に進むのは明らかでした。インタビュー時のプレゼンで提示した私のこの考えを、パタプティアン教授は評価してくれたようです。
ピエゾはこのように突き止められた
–– パタプティアン教授が発見したピエゾについて詳しく教えてください。
神経細胞の細胞膜上に機械的な刺激を受容するイオンチャネル(受容体)がありそうだということは以前から知られていました。細胞をガラス棒でつつくと電流が発生するという、電気生理的な実験の結果が知られていたからです。電流の発生は、機械刺激がイオンの流れに変換されて、細胞内に伝わっていくことだと推測されていました。
このイオンチャネルの実体である分子を突き止める際に、パタプティアン教授の方法が優れていたのは、神経細胞の培養細胞を使って解析した点です。教授は、いろいろな種類の培養細胞をガラス棒でつついてみて、反応が最も鋭敏でデータを求めやすい培養細胞の種類を特定しました。というのも、もしマウスから回収した感覚神経を用いて同様の実験を行った場合には、感覚神経のサブタイプが混ざって存在することになり、サブタイプの種類によっては、機械刺激だけでなく、温度刺激、化学刺激など、複数種類の刺激のチャネルが細胞に存在するため、実験した際のデータにばらつきが出てしまいがちです。
教授はその後、特定した種類の培養細胞のみを使って、RNA干渉という遺伝子抑制技術を用いて遺伝子を1つずつ調べていきました。すると72番目に、ついに電流を発生させるイオンチャネルの遺伝子としてピエゾを発見したというわけです。このピエゾから作られるタンパク質は、細胞膜を貫通する大きな構造体で、以前の解析技術では見つかりにくいことも分かりました。
ピエゾが作るイオンチャネルの近傍に機械刺激が加わる(= ガラス棒でつつく)と、それによってチャネルタンパク質が変形して、イオンの流れが変わり、細胞内に刺激が伝達されることが分かりました(図1)。
図1 ピエゾタンパク質からなるイオンチャネル
ピエゾタンパク質からなるイオンチャネルは、細胞が押されたり引っ張られたりすることにより変形し、イオンが細胞内に流入する。右はピエゾタンパク質を上から見た構造。扇風機の3枚の羽のように見える。 Credit: Left: Keiko Nonomura; Right: PDB-6KG7
–– ノックアウトマウスの解析はどのように行いましたか?
研究室ではまず、皮膚の神経細胞でピエゾ遺伝子をノックアウトしたマウスを解析しました。正常なマウスは地面が揺れることを嫌がったり、あるいは背中にテープを貼ると剝がそうとしたりするのですが、ピエゾをノックアウトするとそうした行動がなくなりました。つまり、ピエゾが皮膚触覚に関わる遺伝子であることが証明されました3。また、ピエゾには互いによく似た構造のピエゾ1とピエゾ2が存在します。皮膚触覚に関与するのはピエゾ2であることが突き止められました。
一方、私は、体全体の細胞でピエゾ2をノックアウトしたマウスを解析しました。このマウスは生後すぐに死んでしまうことが、研究室のこれまでの実験で分かっており、おそらく呼吸が障害されるのではないかと推測されていました。しかしその後の解析が難しく、死んでしまうメカニズムは、研究室内でたらい回しのようにされていた研究テーマでした。私は、たとえ解析結果がトップジャーナルに出なくても、何か面白いことが分かればサイエンスが前に進むだろうから、それで良いと思って着手しました。
–– なるほど。それで、呼吸の障害の解析はどのように?
まず、ピエゾ2をノックアウトすると、マウスは24時間以内に死んでしまうことを確認しました。肺には2種類の感覚神経(Jugular神経とNodose神経)が分布することが知られています。そこで、それぞれの感覚神経でピエゾ2をノックアウトしたマウスを作製し、呼吸を測定しました。また、それらの神経の活性化の状況を共同研究者が電気生理学的に測定しました。
これらの実験結果から分かったことは、Jugular神経のピエゾ2が新生仔マウスの正常な呼吸パターンを生み出すのに必要であること、また、Nodose神経のピエゾ2は肺の膨張時の体積変化の検出に働くセンサーであることです(図2)。この結果は、内臓において機械的な刺激を受け取るセンサーとしてピエゾ2がどのように働くかを示す最初の研究となり、Natureに発表することができました4。
図2 感覚神経(Nodose神経)のピエゾ2を欠損させたときの呼吸
正常マウスでは人為的に肺を膨張させたときに呼吸回数(縦線の数)が減るが、欠損マウスでは減らないので、ピエゾ2が肺膨張時の体積変化のセンサーであることが分かった。 Credit: Sofya Drugakova/iStock/Getty; Rui B Chang
このように最終的に素晴らしい結果が得られたのですが、これに至るまでの過程では、いろいろ苦労もありました。例えば当初は、肺の発生学的な異常を最初に調べたものの特に異常は見られず、よく分からないまま時間が過ぎていきました。やがて神経サブタイプ特異的なノックアウトマウスの解析結果が出ると、見える世界が一気に変わったことを実感しました。また、呼吸測定装置は別の研究室から借りることができたものの、その扱いが難しく手こずりました。しかもこの装置の検出器は極めて鋭敏であり、2階の実験室から地下の部屋に移したことで振動の影響を受けにくくなり、ようやく安定したデータが得られるようになったのです。ちなみに、研究の見通しや仮説の素晴らしさだけでなく、このように実験の作業工程そのものにも研究結果が左右されることは、学生時代から研究の面白みの1つと考えていました。
パタプティアン研究室で学んだこと
–– パタプティアン研究室の雰囲気はどうでしたか?
パタプティアン教授がとても頭の良い人であることは面接に伺った時点でよく分かりました。彼はそのテーマのカギとなる事象にしか興味がなく、関連する周辺の事象の解析などはやりたがりません。そうした周辺の研究を私が提案しても、「それは良くない」と却下され、その判断が正確で素早いことに驚きました。無駄な実験を減らすことが、メンバーのモチベーションを高く維持する上で重要と彼は考えていたのだと思います。研究室は米国サンディエゴにあり、美しい海岸がすぐ近くにあって、私を含めメンバーのメンタルはとても健康的でした。
教授のやり方で特に興味深かったのは、他のいろいろな研究者から共同研究の依頼が来たときに、教授はまず研究室のメンバーにメールを送り、どうしようかと尋ねることです。私たちは、その日の予定を一時中断し、やる価値があるかどうかを自分たちなりに調べ、返信します。教授はその返信に基づいて、引き受けるかどうかを決めるという流れでした。私は、大学院の時から専門外の論文の検索には鍛えられていたので、論文を調べ、そこから得られるアドバイスを伝えていました。
教授は日頃から各ポスドクに、どのように研究室に貢献するかをよく考えなさいと伝えていました。私は英語での議論にはあまり貢献できないので、論文を読むことによってそれを果たしたいと思いました。欧米人は英語ができますが、だからといって自分の専門外の古い論文を探して何か見つけられるかというと、必ずしもそうとは限りません。現在の自分の研究に直結する論文しか読まない人が多いのです。
私が研究室に貢献できたことのもう1つは、手先が器用だったので、複雑な解剖学の実験などを任されたことです。こうした作業では、どれだけ集中力を持続させられるかが重要でした。
日本に戻ってメカノセンシングの役割を追求
–– 日本に戻られて、キャリアアップを続けられました。
基礎生物学研究所の藤森俊彦(ふじもり・としひこ)教授の研究室で助教のポストが見つかり、帰国しました。大学院時代の三浦正幸(みうら・まさゆき)教授(現在、基礎生物学研究所 所長)、それからポスドク時代のパタプティアン教授から学んだことを日本の次の世代に伝えていくことが1つの使命であると思い、学生や若手の教育ということにしっかり向き合おうと思いました。それまでは、研究室の運営、科研費の取り方、学生への対応の仕方など何も分からなかったので、助教としてそれらも学ぶことを心掛けました。藤森研究室の秘書さんを通して教えてもらったことも多くありました。
助教を5年務めた後、東京工業大学(現在、東京科学大学)で准教授となり、その後、現在のポジションである京都大学に移り、教授となりました。東京工業大学では初めて自分の研究室を持ち、私自身いろいろと成長できましたが、スタッフは准教授1人だけだったこともあり、私の考えを学生が気にし過ぎてしまう傾向にありました。現在の京都大学ではスタッフを雇うことができるため、私とは別な考えを持つスタッフが存在し、メンバーからさまざまな考えが出ることの大事さを実感しています。
–– 日本での研究内容は?
パタプティアン研究室での研究を日本に持ち帰ることを許可してもらい、日本でもピエゾを中心にしたメカノセンシングの研究を続けています。
助教時代には、ピエゾ1がリンパ管の内皮細胞で発現し、リンパ液の逆流を防ぐ働きをする弁の発生に必要なことを突き止めました5。今後も、内臓などの生体組織が機械刺激を感じて機能する仕組みを見つけていきたいと考えています。また、生理的な役割だけでなく、病態解明にも寄与していく予定です。
図3 リンパ管の弁形成過程
弁が突出する段階で、内皮細胞でのピエゾ1発現が必要であることを解明。青は弁が形成される領域。緑は弁形成に関与する内皮細胞(の核)を示す。 Credit: Keiko Nonomura
対象とする発生時期としては、「生後発達期」(生後〜思春期)に着目しています。この時期は変化が非常に大きい時期で、臓器は機能を発揮しつつ、同時に機能の変化も引き起こさなくてはならないので、その両立をメカノセンシングの視点で調べていきたいと思います。発生期や成体期に比べると、生後発達期の研究者人口はかなり少ないので調べられていないことがたくさんあります。研究している人口がまだ少ない領域やテーマに着目することの大事さは、大学院時代の三浦教授の教えによります。
–– ライフイベントとの両立で感じられていることは?
東京工業大学のポジションは女性限定で、同時に入った女性准教授が数名いました。彼女たちと昼食時におしゃべりすることは、精神衛生上とても良いものでした。私は当時、出産後の子育てが始まったばかりの時期にありました。頑張っていても、時間的制約もあり、業績としての成果が表に出にくいので、そうした気持ちを共有できる仲間がいたことは貴重だったのです。京都大学でも、自分の気持ちをオープンに話せる同僚が見つけられています。
現在、子どもは3歳です。夫も研究者で、家族が一緒に住めることを大切にしてきました。子どもと一緒に私たちも成長している最中です。
–– 若手研究者には何を伝えたいですか?
私は高校生の頃に絵を描くことが好きだったこともあり、学生時代から、芸術と科学の共通点や違いについてよく考えてきました。実際に研究者になり、芸術も科学も、何かを理解しそれを表現する活動なのではないかと感じています。研究者としても、自分の感じていることをどんどん表に出し表現していく方が、楽しく研究できるのではないでしょうか。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)
著者紹介
野々村 恵子(ののむら・けいこ)
京都大学医生物学研究所
メカノセンシング生理学分野 教授
2012年 東京大学大学院薬学系研究科 博士課程修了(薬学博士)。2013〜2016年米国スクリプス研究所 パタプティアン研究室ポスドク。2017〜2021年 基礎生物学研究所 助教。2022〜2023年 東京工業大学(現在、東京科学大学)生命理工学院 准教授。2024年より現職。文部科学大臣表彰 若手科学者賞ほか受賞。
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250638
参考文献
- Coste, B. et al. Science 330, 55–60 (2010).
- Coste, B. et al. Nature 483, 176–181 (2012).
- Ranade, S. S. et al. Nature 516, 121–125 (2014).
- Nonomura, K. et al. Nature 541, 176–181 (2017).
- Nonomura, K. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 115, 12817–12822 (2018).
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