免疫細胞に異常なミトコンドリアを送り込む、がん細胞の巧妙な生存戦略
Credit: Nanoclustering/Science Photo Library/Getty
–– がん組織中のT細胞のミトコンドリアに着目された経緯は?
あるセミナーで「ミトコンドリアが細胞間を伝播する」という話を聞き、「がん組織でも同じことが起こるのか?」と興味を持ったのが、そもそもの始まりです。私は呼吸器内科医として臨床に当たっていたのですが、同じ肺がんでも、患者によって免疫療法が効く人と効かない人がいるのはなぜか疑問に思い、腫瘍免疫の研究を始めた経緯がありました。
2019年に独立することになり、独自の研究テーマを模索していたところ、血液内科医の友人から、造血幹細胞が遺伝子変異によってクローン性に増殖する状態であるクローン性造血の話を聞き、私の手元にあった「腫瘍浸潤リンパ球(TIL)」の試料を解析することにしました1。ミトコンドリアの伝播にも興味があったので、ついでにミトコンドリアDNA(mtDNA)も一緒にシーケンスしたところ、その結果が非常に興味深く、ミトコンドリア伝播と腫瘍免疫を研究テーマに据えることにしたのです。
–– 興味深い結果とは?
シーケンスした試料12例中の5例で、TILのmtDNAに変異が認められました。そのうちの4例でがん細胞とTILをペアで持っていたので両者のmtDNA変異を比較した結果、3例で同一のmtDNA変異が共有されていることが確認され、直感的に「がん細胞のミトコンドリアがTILに伝播したのではないか」と感じました。
がん細胞のミトコンドリアはTILに伝播して置換していた
–– 実験や解析はどのように進められたのでしょう?
まず、がん細胞とTILのミトコンドリアを異なる色の蛍光タンパク質で標識した上で、これらの細胞を共培養しました。すると、時間経過とともに、がん細胞からTILへとミトコンドリアが伝播する様子が観察され、一部のTILでは15日後にほぼ全てのミトコンドリアががん由来のものに置き換わり、その状態が維持されることが分かりました。
ミトコンドリアは、細胞間に作られるナノチューブや細胞外小胞などによって移動すると考えられているため、これらの経路を阻害する薬剤を添加したところ、がん細胞からTILへのミトコンドリア伝播が観察されなくなりました。
図1 TILとがん細胞の共培養
TILのミトコンドリアを緑色、がん細胞のミトコンドリアを赤色で標識して共培養したところ、TILに赤色が伝播して、緑色と混ざって黄色になり、一部は完全に赤色になった。REF. 2
–– ミトコンドリアがどのような機構で置き換わるのでしょう?
がんの微小環境では、がん細胞が活性酸素(ROS)を大量に作り出しています。ROSによって損傷したミトコンドリアはオートファジーを受けて分解され(いわゆる、マイトファジー)、再利用されることが知られているので、私たちはROSが置換のカギを握るのではないかと考えました。そこで、がん細胞とTILの共培養系にROSを除去する化合物であるN-アセチル-l-システイン(NAC)を添加すると、がん細胞からTILへのミトコンドリア伝播は起きるものの、TIL内でのがん細胞由来ミトコンドリアへの置換は観察されなくなることが分かりました。
一方、がん細胞のミトコンドリアはROSの影響を受けにくい性質、つまり「マイトファジー耐性」を獲得することが知られています。その原因を調べたところ、がん細胞では脱ユビキチン化酵素であるUSP30の発現が高く、このタンパク質ががん細胞のミトコンドリアに接着して共にTILへと伝播することで、マイトファジーに必須のユビキチン化をTIL内で阻害しているらしいことが分かりました。そこで、共培養系にUSP30を阻害する薬剤やsiRNAを加えてみたところ、がん細胞からTILへのミトコンドリア伝播が部分的に抑制され、マイトファジー耐性が弱まったことを確認できました。
以上の結果から、私たちは、がん細胞からTILに伝播したミトコンドリアは、接着して共伝播するUSP30によってマイトファジーを免れる一方、TILのミトコンドリアは、ROSによって促進されるマイトファジーにより排除され、最終的に「ROS存在下でも排除されない、がん細胞由来のミトコンドリア」に置き換わると結論付けました。この現象は、「がん細胞のミトコンドリアがTILのミトコンドリアを乗っ取った」と表現できます。
図2 がん細胞からTILへの伝播と置換のモデル
がん細胞とTILの間では、双方向にミトコンドリアが伝播している。がん細胞由来のミトコンドリアはUSP30と共伝播するため、ROS存在下でもマイトファジーを免れる。一方、TIL由来のミトコンドリアはマイトファジーによって分解されてしまうため、がん細胞のミトコンドリアがTILのミトコンドリアに置き換わることはないと考えられる。
mtDNA変異を持つTILは正常な腫瘍免疫能を果たせない
–– mtDNAに変異があるミトコンドリアには、どのような異常が現れるのでしょうか?
形態的には、クリステと呼ばれる内部構造のひだの数が少ないという異常が認められました。機能的には、電子伝達系の酸化的リン酸化が阻害され、ATP産生を解糖系に依存する割合が高まります。また、グルコース1分子から作られるATPは、電子伝達系では最大約34分子なのに対し、解糖系で作られるATPはわずか2分子であるため、ATPの産生効率が悪いミトコンドリアを持つTILは、その機能が大幅に低下すると予想されます。
実際、mtDNA変異を持つTILを細胞レベルで詳しく調べたところ、老化しやすくアポトーシスを起こしやすいこと、免疫チェックポイント分子であるPD-1の発現低下、細胞傷害活性の低下、長期生存する記憶T細胞の減少など、さまざまな異常が認められました。これらの異常は、TILががん細胞を駆逐できず、本来の抗腫瘍免疫を発揮していないことを示唆しています。がん細胞側から見れば、巧妙な生存戦略の1つといえます。
–– TILが機能を果たせないことは、生体でも確認できたのでしょうか?
はい、生体マウスを用いた実験で確認しました。T細胞のミトコンドリアが生まれつき障害されたマウス(ミトコンドリア障害マウス)と正常マウスとで抗腫瘍免疫を比較したところ、ミトコンドリア障害マウスのTILには、ミトコンドリアの質量が小さい、老化が早いといった異常が見られ、正常マウスのTILには、これらの異常は見られないことが分かりました。
また、これらのマウスの皮下に腫瘍を埋め込み、免疫記憶を担うT細胞が増えるかも調べたところ、正常マウスでは増えていることが確認されましたが、ミトコンドリア障害マウスではその増加は確認できませんでした。
さらに、腹腔内に免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体)を定期的に注入し、治療効果を比較したところ、抗PD-1抗体による腫瘍抑制効果(がん体積の減少)は正常マウスの方が有意に大きいのに対し、ミトコンドリア障害マウスでは治療効果が小さく、治療効果が持続しにくいことが分かりました。両群とも、複数回の抗PD-1抗体投与によって腫瘍が消滅した例は見られましたが、再度腫瘍を埋め込んだ結果、正常マウスでは腫瘍が拒絶されたのに対し、ミトコンドリア障害マウスでは腫瘍が拒絶されず、腫瘍が増大する結果となりました。これらの結果は、ミトコンドリア障害マウスではTILの異常によって正常マウスよりも免疫チェックポイント阻害薬が効きにくく、長期奏効を得にくいことを示しています。
–– がん患者のデータでも検証されました。
細胞レベルと生体マウスで得られた結果をヒトで検証するために、化学療法未実施かつ抗PD-1抗体治療を受けた患者の腫瘍試料と臨床データ(メラノーマ95例、非小細胞肺がん86例)を用いて、腫瘍組織(がん細胞とTILが混在)のmtDNA変異の有無および抗PD-1抗体投与開始後の生存期間を調べました。その結果、mtDNAに変異を持つ症例では生存期間が有意に短いことが明らかになりました。この解析では、がん細胞とTILを厳密に区別できなかったものの、ヒトでもがん細胞からTILへのミトコンドリア伝播が起こり、これがミトコンドリアの機能不全を引き起こし、TILの細胞傷害活性を弱めて、免疫チェックポイント阻害薬の効果を減弱させている要因になっていることが明らかになったと考えています。
未開のテーマで勝負する
–– 論文はNatureに掲載されました。
結果の興味深さに加えて筆頭著者である大学院生の池田英樹(いけだ・ひでき)さんの希望もあって、Natureに投稿しました。最初の投稿では、やんわりとリジェクトされたのですが、編集部から真摯(しんし)なコメントを受け、全ての指摘に対応して論文を練り直し、再投稿しました。その後、追加実験もいくつか実施し、最終的に掲載となりました2。粘り強い取り組みの甲斐があったと、非常にうれしく感じています。
–– 成果は、臨床にどのように応用可能でしょうか?
応用の道は多岐にわたると考えています。例えば、がん細胞とTILにおけるmtDNAの共通変異の有無を簡易に調べることができるようになれば、免疫チェックポイント阻害薬の効果判定のマーカーとして利用できる可能性があります。ミトコンドリアのmtDNA変異を標的にした新たな創薬や治療法の開発も期待されます。
–– 最後に、今回の成功のカギと次の目標について伺えますか?
まずは、研究室を立ち上げる際に、独自の研究テーマを模索した点が良かったと思っています。日本は、米国や中国に比べると研究費が限られており、若くして独立したばかりの状況では、他にはないアイデアで勝負する必要があり、頭を絞って着想に至りました。
次の段階として、より詳細な機構、他の細胞での変化、薬剤などによる影響、さらにはがん以外の慢性炎症疾患などの状況において、異常細胞から免疫細胞へのミトコンドリア伝播があるのかを検討し始めています。慢性炎症疾患は発がんリスクが高いことが分かっていますが、そこにミトコンドリア伝播が関与している可能性も解析してみたいです。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)
著者紹介
冨樫庸介(とがし・ようすけ)
岡山大学学術研究院医歯薬学域
腫瘍微小環境学分野 教授
2006年京都大学医学部医学科卒業。呼吸器内科医として肺がんの分子標的薬開発を目の当たりにし、臨床検体の解析、トランスレーション研究が重要だと思い、大学院に進学。在学中にがん免疫療法に関する研究が数々報告され、「がん免疫について勉強しなくては」と思い、国立がん研究センターの西川博嘉(にしかわ・ひろよし)分野長の下でのポスドクを経て、2021年より現職。臨床検体が一番ヒトの病気の真実に近いとの思いで取り組み、基礎的な検証、臨床への還元を目指している。ミトコンドリア研究はここ数年の取り組みであり、数多くの謎に直面しながらも、「ミトコンドリア沼」に奮闘し楽しんでいる。
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250538
参考文献
- Mukohara, F. et al. Proc Natl Acad Sci USA. 121, e2320189121 (2024).
- Ikeda, H. et al. Nature 638, 225–235 (2025).
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