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iPS細胞由来神経細胞によるパーキンソン病治療で成果!

Credit: Ruslanas Baranauskas/Science Photo Library/Getty

–– パーキンソン病の細胞治療を目指された経緯とは?

私は脳外科医で大学院生の頃から神経回路の再構築や神経再生に興味がありました。細胞治療の研究を始めたのは1989年で、直接のきっかけは、大学院生として所属していた京都大学医学部脳神経外科学講座の菊池晴彦(きくち・はるひこ)教授に「再生医学をやってみないか?」と言われたことでした。京都大学に再生医科学研究所もiPS細胞研究所もない頃のことです。学位取得後の1995年に留学したソーク研究所(米国)のFred Gage研究室において、神経幹細胞が発見される場面を目の当たりにしました。1998年には、あらゆる細胞に分化し得るヒト胚性幹(ES)細胞が世に出てきました。こうした成果も、細胞治療研究を後押ししてくれました。

実は、最初は脳梗塞を標的にしていました。ところが実際に研究を始めると、脳梗塞は関与している細胞も病巣範囲も多様で手に負えず、「ドーパミン神経細胞が失われて運動機能が低下していく」という比較的シンプルな病態のパーキンソン病を対象に据えることにしたのです。

–– パーキンソン病の治療の現状と問題点とは?

パーキンソン病は、脳の黒質にあるドーパミン神経細胞が減ることによってドーパミン量が不足し、震え、手足の動かしにくさ、強張りなどの症状が出る、進行性の神経難病です。日本には約29万人の患者がおり、指定難病になっています。発症メカニズムは不明で、多くは50歳以降に発症します。

治療には、大きく薬物療法と手術療法がありますが、いずれも根本治療にはなりません。基本となるのは薬物療法で、ドーパミン前駆物質のL-ドパ(薬剤名レボドパ)の内服により、少なくなったドーパミンを補います。L-ドパは脳内に移行してドーパミン神経細胞に取り込まれるとドーパミンに変換され、シナプス小胞から細胞外に放出されます。ドーパミン神経細胞が残っているうちはよく効く薬ですが、病気が進行してドーパミン神経細胞がさらに減少すると効きが悪くなったり副作用が出たりします。

手術療法では、脳の視床下核に電極を入れて刺激し、過剰になっている神経活動を抑制します。こうすると神経回路の活動バランスが是正されて、運動機能が改善するのです。ただし、ドーパミン神経細胞の減少に伴って回路のバランスが再び崩れるので、やはり効きが悪くなります。

図1 iPS細胞から作製したドーパミン神経細胞を用いた細胞治療の概念図
患者の頭部を固定した上で両側に小さな穴を開け、左右の脳の被殻にドーパミン神経細胞を注入した。移植容量は、被験者7人のうち3人には、左右それぞれに2.1〜2.6 × 106個の細胞。4人には、左右それぞれに5.3〜5.5 × 106個とした8。Tabarらのチームは同様の方法でES細胞を注入している9

–– 臨床試験に至るまでは、どのような道のりでしたか?

山中伸弥(やまなか・しんや)教授らが、2006年にマウスiPS細胞1を、2007年にヒトiPS細胞2を作製したことを発表しました。そこで、私たちはヒトiPS細胞を使って「ドーパミン神経前駆細胞、あるいはドーパミン神経細胞」を作り出し、それを脳に移植する治療を目指すことにしました。生命倫理的な観点から、日本ではヒトES細胞を臨床に用いることはできなかったからです。

iPS細胞からドーパミン神経細胞を作製するには、外胚葉、神経前駆細胞、ドーパミン神経細胞の順に分化誘導します。マウスにおいては、ES細胞やiPS細胞からドーパミン神経細胞を誘導する手法が確立されていますが、ヒトに使えるレベルのドーパミン神経細胞を得るには、いくつかの大きな問題がありました。第1は、ヒトiPS細胞を作製するために必須の4つの遺伝子(Oct4Sox2Klf4c-Myc)をレトロウイルスを用いて導入していたことです。c-Mycががん関連遺伝子であるために、この手法は腫瘍形成のリスクがありました。そこで私たちは、c-Mycの代わりにL-Mycを使い、さらに染色体に組み込まれることのないエピソーマルプラスミドによる遺伝子導入法を開発しました3

第2は、iPS細胞を樹立し、拡大培養するためにフィーダー細胞と呼ばれるマウスの細胞を用いていたことです。ヒトの細胞治療でマウスの細胞を使うわけにはいきませんので、私たちは、ラミニンフラグメントを用いることで、フィーダー細胞なしに培養できる方法を開発しました4

第3は、分化させた細胞にはドーパミン神経細胞以外の雑多な細胞が含まれるため、ドーパミン神経細胞のみをどのように選別し、抽出するかという問題です。私たちはドーパミン神経前駆細胞がコリン(CORIN)というタンパク質を発現することを利用して、選別・抽出する手法を開発しました5

上記の手法でドーパミン神経細胞を作製し、よりヒトに近いカニクイザルのパーキンソン病モデルの脳に移植する実験を行い、移植細胞が生着してドーパミンを産生すること、長期にわたって運動症状を改善すること、腫瘍形成などが見られず安全性に問題がないことなどを確認しました6

このようにして、2016年にはヒトに使えるレベルのドーパミン神経細胞を作製できるようになり、この細胞で入念に安全性と有効性を確認した後7、2018年に医薬品医療機器総合機構(PMDA)から、治験開始の承認が下りました。

–– 臨床試験の概要について説明いただけますか?

2018年8月に、医師主導の第1/2相治験を開始しました。対象は、全国からエントリーしていただいた、50〜69歳の7人のパーキンソン病患者です。いずれも、臨床診断基準に基づいて診断された、症状が比較的重い方々です。

ドーパミン神経細胞を作るために用いたヒトiPS細胞は、日本人に最も多いHLAの遺伝子型(HLA-A 24:02、HLA-B 52:01、HLA-DRB1 15:02、HLA-C 12:02、HLA-DQB1 06:01、HLA-DPB1 09:01)を持つ健常者の末梢血から樹立されたもので、約17%の日本人と一致します。

このiPS細胞からドーパミン神経細胞を作製し、さらに球状細胞塊にまで培養したものを移植に用いました。移植手術は、患者の頭部を固定した上で両側の頭蓋骨に小さな穴を開け、左右の脳の被殻に細胞塊を注入するというものです。7人のうち3人には低容量(左右それぞれに2.1〜2.6 × 106個)の細胞を、4人には高容量(左右それぞれに5.3〜5.5 × 106個)を移植しました。他家移植となるので、免疫抑制剤としてタクロリムスを体重当たり0.06 mg、1日2回投与し、12カ月後に半量に減らし、15カ月後に中止しました。試験前から服用していたL-ドパなどは、そのまま服用してもらいました。

移植後は、24カ月にわたって、主要評価項目である「安全性と有害事象」、副次評価項目である「運動症状の変化とドーパミン産生能」について慎重に経過観察しました。

私たちは世界で初めて、iPS細胞を用いたドーパミン神経細胞移植の治験を行い、安全性を確認し、治療効果の可能性も示せました

–– どのような結果が得られたのでしょうか?

有害事象については、移植と関連する可能性があるものとして、1人にジスキネジア(不随意運動)、4人に創部のかゆみが発生した程度で、重篤なものはありませんでした。また、タクロリムスの投与により、肝障害1人、腎障害2人などの副作用が見られましたが、こちらも一過性で重篤ではありませんでした。こうして、主要評価項目の安全性と有害事象については、問題ないことを確認できました。

副次評価項目の結果も納得できるものでした。磁気共鳴画像法(MRI)で、細胞増殖マーカーを用いた異常な細胞増殖と、ミクログリア活性化マーカーを用いた炎症の有無を調べましたが、いずれも確認できませんでした。また、移植前、および移植1年後と2年後に、陽電子放出断層撮影(PET)を用いて被殻におけるドーパミンの産生量を調べたところ、解析した6人全員で産生量が増えており、24カ月後の平均増加率は44.7%でした。特に、細胞を高容量で移植した患者で顕著な増加が見られました。

運動症状については、4人がオフタイム(服薬なしが12時間以上)における運動症状の改善(パーキンソン病の病態評価に用いられるMDS-UPDRS Part IIIの平均スコア変化が−9.5点〔−20.4%〕)が見られ、オンタイム(服薬状態)においては5人で改善(同−4.3点〔−35.7%〕)が見られました。一方、6人でオンタイムにおけるジスキネジアの増加が見られましたが、これは、移植細胞によるドーパミン産生によるものと解釈できました。

図2 PET画像で捉えた被験者の脳内のドーパミン産生
左から、細胞移植前、移植後12カ月、移植後24カ月の画像。パーキンソン病になるとドーパミンの産生が低下し、PET画像では黄色から緑色に表示されるが、細胞移植後にはその部位が赤くなっている(矢印)。つまり、移植細胞が脳内でドーパミンを産生していることを確認できた。 Credit: Ref. 8

こうして、私たちは世界で初めて、iPS細胞を用いたドーパミン神経細胞移植の治験を行い、安全性を確認し、治療効果の可能性も示せました。医学としてだけでなく、科学としても大きな成果だと考え、論文は臨床医学雑誌ではなくNatureに発表したのです8。同号には、Viviane Tabarら(スローン・ケタリング記念がんセンター〔米国ニューヨーク〕)のチームによるES細胞を用いた同様の臨床試験結果の論文も掲載され、こちらも良い結果が得られています9。彼女らはライバルでもありますが、同じ細胞治療を目指す仲間です。2つの独立した治験でどちらも良い結果が得られたことはパーキンソン病に対する細胞移植治療を進める上で重要な意味を持つと思います。

–– 今後の展望についてお聞かせください。

この後は第3相試験を行うわけですが、そこでは、大人数の、幅広い年代層や重症度の患者を対象にし、さまざまな容量を用いて「適切な細胞量、治療効果、副作用」を見極める必要があります。今回の臨床試験で、「病態が比較的軽く若いほど効果が高い」との感触を得ましたが、本当にそうなのか、細胞移植に適した患者とはどういう患者なのか、といったことも検討する必要があります。

また、より多くのドーパミン神経細胞を生着させる必要もあると思われたので、さらに細胞の生着率を上げる研究も必要です。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)

 

著者紹介

髙橋 淳(たかはし・じゅん)

京都大学iPS細胞研究所 所長/臨床応用研究部門神経再生研究分野教授

1986年 京都大学医学部を卒業後、京都大学医学部附属病院脳神経外科に入局。1993年 博士(医学)取得。米国ソーク研究所博士研究員、京都大学医学研究科脳神経外科助手、同科講師を経て、2007年 京都大学再生医科学研究所准教授、2012年 京都大学iPS細胞研究所教授、2022年 同所長。神経難病のパーキンソン病治療に対する細胞移植治療の開発研究に取り組み、2025年に治験結果を発表した。この他、脳梗塞の細胞移植治療の開発研究にも取り組んでいる。

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2025.251041

参考文献

  1. Takahashi, K. et al. Cell 126, 663–676 (2006).
  2. Takahashi, K. et al. Cell 131, 861–872 (2007).
  3. Okita, K. et al. Nat. Methods 8, 409–412 (2011).
  4. Nakagawa, M. et al. Sci. Rep. 4, 3594 (2014).
  5. Doi, D. et al. Stem Cell Reports 2, 337–350 (2014).
  6. Kikuchi, T. et al. Nature 548, 592–596 (2017).
  7. Doi, D. et al. Nat. Commun. 11, 3369 (2020).
  8. Sawamoto, N. et al. Nature 641, 971–977 (2025).
  9. Tabar, V. et al. Nature 641, 978–983 (2025).