long COVIDの真犯人は「ならず者」抗体か?
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後遺症(long COVID)の患者から分離した抗体をマウスに注射したところ、痛みへの感受性が高まったり、運動量が減少したりすることが明らかになった1。この研究は2024年5月にプレプリントサーバーbioRxivで公開されたが、まだ査読を受けていない。この知見は、抗体がlong COVIDの症状の一部を引き起こしている可能性を示唆しているが、どのようなプロセスで起こるかは不明であり、今回の結果を、より大規模な研究で再現する必要があるだろう。
「この論文は、long COVIDについての理解を深めるための道しるべになると思います」と、ステレンボッシュ大学(南アフリカ共和国)の免疫学者Resia Pretoriusは述べる。
これまでの研究で、long COVIDの原因の少なくとも一部は、自己抗体である可能性が示唆されている。この「ならず者」抗体は、それを生成した本人の免疫系や組織を攻撃する。しかし大きな疑問が1つ残っていた。「本当に自己抗体が原因なのか?」と、アムステルダム大学医療センター(オランダ)の感染症研究者Jeroen den Dunnenは問う。つまり、自己抗体がlong COVIDの諸症状を引き起こすのか、それとも単にlong COVIDを発症したことに反応して自己抗体が生成されるのか、ということだ。den Dunnenと同僚らは、その答えを得るべく最新の研究を行った。
複雑な状況
これまでの研究から、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に感染した人のおよそ10~20%がlong COVIDを発症すると推定されている。long COVIDは重篤な疾患で、激しい疲労感、消耗性のブレインフォグ、慢性疼痛などの症状が、最初にSARS-CoV-2に感染してから少なくとも3カ月以上続く。世界中で少なくとも6500万人がlong COVIDに罹患しているが、その原因はまだほとんど解明されておらず、実証された治療法もない。
long COVIDはSARS-CoV-2が体内に居座り続けることによって引き起こされるという可能性を示唆する研究もある2。また、微小な血栓が血管を塞いで、体内の酸素交換を制限することが原因かもしれないと示す研究もある3。さらに、自己抗体仮説もある。
long COVIDのメカニズムを探るため、den Dunnenらはlong COVID患者34人の血液からIgG抗体(ヒトの体液中で最も多く見られる抗体)を採取した。被験者の平均年齢は43歳で、パンデミック(世界的大流行)の最初の2年間に軽度のCOVID-19にかかった後、long COVIDを発症した。ほとんどの被験者が疲労と慢性疼痛を経験し、long COVIDのために仕事を休まざるを得なかった。
den Dunnenらは、血液中の炎症性タンパク質の濃度に基づいて被験者を3つのグループに分け、各グループの被験者の抗体をプールし、そのプールのうちの1つをそれぞれマウスに注射した。
ユトレヒト大学医療センター(オランダ)の免疫学者で、この論文の責任著者のNiels Eijkelkampによれば、各抗体投与群はマウスの痛覚と活動性にそれぞれ異なる影響を与えたという。
long COVID患者の2つのグループから採取した抗体を投与したマウスは、軽度のCOVID-19から完全に回復した人の抗体を投与した対照群のマウスに比べ、足裏に疼痛刺激を与えられると敏感に反応することが分かった。しかし運動機能に関しては、この2つのグループと対照群の間に差はなかった。
一方、long COVID患者の第3のグループの抗体を投与したマウスは、30分間の歩行距離が対照群よりも平均して40%短くなった。ただし、このグループのマウスは対照群と比べて、痛みに対する感受性に変化はなかった。Eijkelkampらは、long COVID患者の抗体が健康な組織を攻撃しているのではないかと考えている。
希望の光
この研究は本当に「long COVID研究のムード」を盛り上げていると、インペリアルカレッジ・ロンドン(英国)の医師で免疫学者のPeter Openshawは言う。自己免疫がlong COVIDの1つの要因であるという証拠は増えつつあり、今回の研究はそれをさらに補強しているからだ。しかし、この研究は「比較的少人数の」被験者に基づくものであるため、独立に結果を再現する必要があると、彼は付け加える。
少なくとも小規模でなら、それは既に再現されているようだ。感染症の後遺症の研究を支援する非営利団体Solve M.E.(米国カリフォルニア州グレンデール)が2024年5月に主催したオンラインセミナーで、マウント・サイナイ医科大学アイカーン医学系大学院(米国ニューヨーク)のlong COVID専門医であるDavid Putrinoは、long COVID患者のIgG抗体をマウスに注射した同様の研究の結果について説明した。これらのマウスは、健康な人の抗体を注射したマウスに比べて痛みに対する感受性が高かったという。「再現性が示されたのは素晴らしいことです」とden Dunnen。
この知見が本当なら、long COVID患者からの献血は行わないよう考慮するべきかもしれないと、生物医学研究所(スイス・ベリンツォーナ)の免疫学者Davide Robbianiは述べる。
一方で、今回の結果はlong COVID研究の新しい動物モデルを提示しているかもしれないとPutrinoは言う。彼は現在、DunnenとEijkelkampと共同でlong COVIDにおける微小血栓の役割を調べている。
インペリアルカレッジ・ロンドンの免疫学者Danny Altmannはもっと懐疑的だ。「long COVIDのような病気を動物モデルで再現するのは、本当に難しいのです」と彼は言う。マウスで観察された症状が、ヒトでの症状をどの程度反映しているかは分からない。long COVID研究への資金提供に対する政府の関心の低さと、「政策担当者の疲労」のために、「long COVIDの動物モデルの構築にはほとんど投資がなされていません」と彼は言う。「long COVID研究では小動物モデルが少ないことが研究の足かせになっているので、今回の研究によってこれについての議論が喚起されれば、助けになると思います」。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2024.240910
原文
What causes long COVID? Case builds for rogue antibodies- Nature (2024-06-13) | DOI: 10.1038/d41586-024-02010-7
- Carissa Wong
参考文献
Chen, H.-J. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2024.05.30.596590 (2024).
Zuo, W. et al. Lancet Infect. Dis. https://doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00171-3 (2024).
- Kell, D. B. et al. Biochem. J. 479, 537–559 (2022).