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COVIDが脳に与える有害な影響:新たな手掛かりが明らかに

COVID-19で死亡した人のニューロン(ピンク)に点在するSARS-CoV-2の成分(緑)。 Credit: NIAID (CC BY 2.0)

嗅覚の喪失、頭痛、記憶障害など、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、一連の神経学的な症状を引き起こすことがある。このたび新たな研究により、これらの症状の原因が、脳の炎症である可能性を示す証拠がさらに加わった。

とはいえ、全てのデータが同じ方向を指し示しているわけではない。COVID-19の原因ウイルスである重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)が脳細胞に直接感染することを示唆する研究もある。このような知見は、SARS-CoV-2の直接感染がCOVID-19に関連した脳の問題に関与しているという仮説を補強するものだ。しかし、脳の炎症がカギを握っているという考えを裏付ける証拠も得られている。例えば今回、新たな研究で、COVID-19患者において、炎症が起こりやすい特定の脳領域が見つかった1

「研究成果が少しずつまとまり始めており、より確実な答えがいくつか得られています」とユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(アイルランド)の神経ウイルス学者Nicola Fletcherは言う。

免疫の嵐

研究者たちがCOVID-19に起因する脳の問題の犯人探しを始めてすぐに、炎症が重要な容疑者として浮上した。というのも、炎症(すなわち、侵入者に対して体が放出する免疫細胞や化学物質の洪水)は、他のウイルスによって引き起こされる認知症状と関連付けられているからである。SARS-CoV-2は全身に強力な免疫応答を引き起こすが、脳細胞自体がこの応答に関与しているのかどうか、また関与しているとすればどのように関与しているのかは不明であった。

シャリテ・ベルリン医科大学(ドイツ)の神経病理学者Helena Radbruchらは、COVID-19で死亡した人々の脳試料を調べた。すると、この脳試料においてSARS-CoV-2に感染した細胞は見つからなかったが、これらの患者では、嗅覚に関係する嗅球など特定の脳領域で、他の原因で死亡した人々よりも高い免疫活性が見られることが分かった。こうした高い免疫活性は、ウイルス感染後間もなく死亡した人の脳でのみ観察された。

Radbruchは、これらの観察結果から、COVID-19が脳外で炎症を引き起こすことによって感染初期に特定の脳領域で免疫反応が誘発されて、それが神経学的症状に関与しているのではないかと考えている。Radbruchらは、神経炎症が持続すれば、COVID-19後遺症(long COVID)に関連した脳症状が生じる可能性があると推測している。long COVIDとは、SARS-CoV-2感染後数カ月から数年続く複雑な症状の全般のことである。この研究結果は、Nature Neuroscienceに掲載された1

しかし、脳以外の体の部分の分子がどうやって脳に影響を及ぼすのだろうか? ダブリン大学トリニティカレッジ(アイルランド)の神経科学者Matthew Campbellと神経科医Colin Dohertyらの研究では、SARS-CoV-2感染時には、脳と脳以外の体の部分を隔てている血液脳関門が破壊される可能性があることが分かった。

CampbellとDohertyらは、long COVID、および「ブレインフォグ(脳の霧)」と呼ばれる記憶力、集中力、意思決定に問題が生じる症状の両方がある人では、未感染の人や、ブレインフォグの症状がないlong COVIDの人よりも、血液脳関門の透過性が高まっていることを発見した。Nature Neuroscienceに報告されたこの研究結果2は、免疫分子が脳に侵入する明確な経路を示唆している。

CampbellとDohertyらは、long COVIDとブレインフォグの両方の症状がある人々の血液には炎症性分子が多く含まれており、それらが漏出性の血液脳関門から脳に侵入する可能性があることを発見した。

脳への侵襲

一方で、直接感染が原因であるとする説を裏付ける研究もある。例えば、Fletcherが率いる研究チームは、培養ヒトニューロンがSARS-CoV-2に感染した後、感染性のウイルス粒子を周囲に放出し得ることを発見した。この研究はbioRxivプレプリントサーバーに投稿され3、まだ査読を受けていない。

別の研究チームは、シグナル伝達物質であるドーパミンを情報伝達に用いるドーパミン作動性ニューロンに感染させることに成功した。コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)の神経科学者Shuibing Chenの研究チームは、これらのニューロンは感染に誘発されて老化状態に入るが、それ以外のニューロンはそうならないことを発見した。老化は加齢と関連した状態で、免疫分子を放出させる特徴的な遺伝子活性パターンを示す。

Chenらは、COVID-19で死亡した人の剖検組織を分析したところ、彼女らもドーパミン作動性ニューロンが多い脳領域で老化に関連した遺伝子パターンが見られることを見いだした。Chenは、老化とそれに伴う炎症性因子の分泌がCOVID-19による脳損傷の原因かもしれないと考えている。この研究はCell Stem Cellに掲載された4

複雑な要因

しかし、培養の際に感染した脳細胞はごく少数であり、COVID-19患者の脳のウイルス感染を示す決定的な証拠はない。

ニューロンへの直接感染を裏付ける研究を行ったFletcherでさえ、免疫細胞の関与が大きいことを認めている。「どちらの説にもそれを支持するデータがありますが、人々が経験している症状は炎症症状に一致するものでしょう」と彼女は述べる。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2024.240716

原文

COVID’s toll on the brain: new clues emerge
  • Nature (2024-03-20) | DOI: 10.1038/d41586-024-00828-9
  • Claudia López Lloreda

参考文献

  1. Radke, J. et al. Nature Neurosci. 27, 409–420 (2024).
  2. Greene, C. et al. Nature Neurosci. 27, 421–432 (2024).
  3. Haverty, R. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2023.11.21.568132 (2024).
  4. Yang, L. et al. Cell Stem Cell 31, 196–211 (2024).