大腸菌由来の「DNAを組換える転移因子」を発見
–– まず、タンパク質の構造や機能の研究を進めてこられた経緯について伺えますか?
大学院時代には東京大学大学院農学生命科学研究科に在籍し、好熱性古細菌(アーキア)の代謝に関わるタンパク質を対象に、生化学的解析とX線結晶構造解析を行っていました。学位取得後の2007年に、国家プロジェクト「タンパク3000」の後継として始まった「ターゲットタンパク研究プログラム」に参画予定だった濡木理(ぬれき・おさむ)先生(現 東京大学)の研究室に特任助教として着任し、ノンコーディングRNA(ncRNA)分野の研究を開始しました。2013年からは、ゲノム編集分野の第一人者であるマサチューセッツ工科大学(MIT、米国)のフェン・チャン(Feng Zhang)博士との共同研究の機会を得て、CRISPR–Cas9の構造解析などを進めました。2020年に独立して現在の研究室を立ち上げ、2022年11月に、旧知の仲であるアーク研究所(米国)のパトリック・スー(Patrick D. Hsu)博士から共同研究のオファーをいただき、今回の研究が始まりました。実は、スー博士は、私がチャン博士らと共同研究していたときに、チャン博士の下で学位研究に励んでいました。さまざまな方とのご縁がつながり、今回の成果に至ったといえます。
–– 今回は大腸菌の転移因子をターゲットにされましたが、その理由は?
スー博士からの提案です。長い間、研究されずに放っておかれた細菌由来の転移因子(トランスポゾン)があり、スー博士が、改めて解析したいと考えたのが発端になりました。それは「IS110ファミリー」と総称されるもので、2003年に「IS621(IS110ファミリーの1つ)が持つリコンビナーゼ(特定のDNA塩基配列を認識し、2分子の2本鎖DNAの間の組換え反応を触媒する酵素)のアミノ酸配列は、既知のリコンビナーゼと異なる」3と報告されたきりで、その後の約20年、研究が全く進んでいませんでした。
スー博士は、IS621からncRNAが産生されることと、作られたncRNAの塩基配列と転移先のDNA塩基配列に相同性があることを見いだしていました。このようなスー博士の研究に私たちが加わることで、IS621について、構造と機能を詳細に調べることになりました。
–– IS110ファミリーやIS621について、どのようなことが分かっていたのでしょう?
大腸菌のような原核生物に見られる一般的な転移因子は「自身の転移を触媒する酵素(トランスポザーゼ)をコードする遺伝子」と「両末端の反復配列」を持ちます。トランスポザーゼは反復配列を目印にしてゲノムから転移因子を切り出し、それをゲノムDNAのさまざまな部位に挿入します。
ただしIS110ファミリーはトランスポザーゼを持たず、代わりに「特定の塩基配列を持つ2分子のDNAの間の組換え反応を触媒する酵素(リコンビナーゼ)」をコードする遺伝子を持つことが知られていました。IS110ファミリーのリコンビナーゼについては、「DNAを切断するRuvCドメイン」に似たドメインを持つこと、一般的なRuvCドメインとは活性部位のアミノ酸配列が少し異なっていることが知られていました。さらに、保存されたセリン残基を含むTnpドメインを持つことも分かっていました。
–– 今回、具体的に、どのような実験と解析を行ったのでしょうか?
まず、苦労の末に、IS621リコンビナーゼを大量に作って精製しました。その一部をアーク研究所に送り、スー博士らが、生化学や分子生物学の手法でIS621の転移メカニズムの検討を行いました。その結果、IS621はゲノムから切り出されると、環状のDNA中間体(DNAドナー)となり、その特定部位(レフトエンド)からncRNAを産生することが明らかになりました(図1)。
スー博士らは、このncRNAが、リコンビナーゼと複合体を形成するとともに、その一部で「転移因子の配列(ドナーDNA)と転移先のゲノム塩基配列(ターゲットDNA)」に結合するのではないかと考えました。すぐに、ncRNAの塩基配列を解読したのですが、初めは、ドナーDNAとの結合について、うまく説明することができませんでした。そこで再度、調べ直したところ、シーケンスできていたのは半分だけで、もう半分があると分かりました。全長をシーケンスし直したところ、ncRNAには「ドナーDNAと結合するループ部位(DBL)」と、「ターゲットDNAと結合するループ部位(TBL)」があると分かりました。
後に、このncRNAにドナーDNAとターゲットDNAを橋渡しする役割があると分かったことから、これを「ブリッジRNA」と命名しました。
–– ここから先は、日本側で構造解析をされたのですね。
はい、その通りです。リコンビナーゼ、ブリッジRNA、ドナーDNA、ターゲットDNAを試験管内で反応させ、得られた複合体について、クライオ電子顕微鏡(以下、クライオ電顕)で立体構造を詳しく調べることにしました。クライオ電顕は、タンパク質などの試料を約-196℃という極低温で冷却し、本来のままの立体構造を詳細に観察できる画期的な電子顕微鏡です。X線結晶構造解析では試料を結晶化する必要がありますが、IS621複合体のような柔らかい試料の結晶化は非常に困難な上に、結晶化条件を検討するには大量の精製試料と長い時間が必要です。その点、クライオ電顕では結晶化する必要がないため、迅速に複数の状態の立体構造を決定することができます。
私たちは、さまざまな反応段階にあると思われる複合体の試料を、クライオ電顕で網羅的に観察し、得られた粒子画像データをコンピューターに取り込んで詳しく解析することにしました。コンピューター内では「反応の進み具合による、わずかな構造変化」を見分けて分類することが可能だからです。
–– 具体的にどのようなことが分かったのでしょうか?
IS621リコンビナーゼについては、「RuvCドメイン、コイルドコイルドメイン、Tnpドメインという3つのドメインからなること」「RuvCドメインの保存された4つのアミノ酸残基とTnpドメインの触媒セリン残基が活性部位を形成すること」が分かりました。
さらに、「4分子のリコンビナーゼ(IS621.1〜IS621.4)、ブリッジRNAのTBL、ブリッジRNAのDBL、ターゲットDNA、ドナーDNAが複合体を形成すること」も分かりました。明らかになった立体構造と機能解析の結果、リコンビナーゼはブリッジRNAと協働し、以下のようなメカニズムでDNA組換え反応を触媒することを明らかにできました。
1. 2分子のリコンビナーゼ(IS621.1/IS621.2およびIS621.3/IS621.4)が二量体を形成し、IS621.1/IS621.2がブリッジRNAのTBLと、IS621.3/IS621.4がブリッジRNAのDBLと結合して複合体となる。
2. 複合体内のTBLが自分と相補的な配列を持つターゲットDNAの2本鎖(トップ鎖とボトム鎖)と塩基対を形成する。同じように、DBLはドナーDNAと塩基対を形成する。
3. IS621.1のRuvCドメインとIS621.4のTnpドメインが酵素活性部位を形成する。この活性部位はターゲットDNAのトップ鎖を切断し、IS621.4の特定部位(触媒セリン残基S241)と結合して共有結合中間体を作る。
4. 同様にして、IS621.2のTnpドメインとIS621.3のRuvCドメインが形成する酵素活性部位が、ドナーDNAのトップ鎖を切断し、IS621.2のS241と共有結合中間体を形成する。
5. 切断されたターゲットDNAのトップ鎖とドナーDNAのトップ鎖が交換されて、再結合する。
6. 同様に、ターゲットDNAのボトム鎖とドナーDNAのボトム鎖の切断と交換が起き、組換え反応が完了する。
IS621リコンビナーゼのような「RNA依存的にDNAを組換える酵素」も、ブリッジRNAのようなncRNAも全く知られておらず、まさに、これまでの常識を覆す発見となりました。
–– 論文は2報同時掲載となりましたが、狙ってのことだったのでしょうか?
はい。同じ号に同時掲載を目指して、2報の論文を同時期にNatureに投稿しました。査読プロセスも同様に進み、同時期に受理されて、無事、同じ号で同時掲載となりました。
–– ゲノム編集技術への応用や今後の研究については、どうお考えでしょうか?
既に、ブリッジRNAのTBLとDBLの塩基配列を別の配列に書き換えると、多様なDNA塩基配列を認識してDNAの切断・交換・結合を行わせることができることは確認済みです。
大腸菌は、このシステムによって1000塩基対ほどの長い配列を転移させています。もしゲノム編集ツールとして使えるとなれば、これまでよりも破格に長い数万塩基対のDNAを導入することが可能になるかもしれません。もちろん、IS621のリコンビナーゼとブリッジRNAの複合体が哺乳類細胞で働くのか、働くとして活性は十分かなど、いろいろ検討しないとなりませんが。
論文発表後は、「新たなゲノム編集ツールの可能性」という点でインパクトが大きかったようです。私自身も、ゲノム編集のゲームチェンジャーになったかな、と自負しています。もちろん、大腸菌になぜこのような転移システムがあるのか、生物学の基礎研究としても非常に興味深いと思っています。私自身は、引き続き、ユニークなタンパク質やRNAを見つけて解析を続けたいと考えています。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)
著者紹介
西増 弘志(にします・ひろし)
東京大学先端科学技術研究センター 教授
2007年、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻にて学位取得。その後、東京工業大学大学院生命理工学研究科 特任助教、東京大学医科学研究所基礎医科学部門 助教、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 助教、同准教授などを経て、2020年8月より現職。東京大学大学院工学系研究科学生命工学専攻 教授を兼任。タンパク質や核酸が機能する多様な分子メカニズムの理解を目指し、生化学的解析やクライオ電子顕微鏡解析を進めている。
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2024.241129
参考文献
- Durrant, M. G., Perry, N. T. et al., Nature, 630, 984–993 (2024).
- Hiraizumi, M. et al., Nature, 630, 994–1002 (2024).
- Choi, S. et al., J. Bacteriol., 185, 4891–4900 (2003).
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