自然の恩恵を、都市の全ての人に平等に届けるには
現在、地球上の2人に1人が「都市」に住んでいると言われている。この数字は、地球上の面積のわずか2%を占めるにすぎない「都市」が、SDGs達成への戦略において重要であることを如実に物語っている。東京大学とシュプリンガーネイチャーが共催するSDGsシンポジウム「持続可能な開発目標(SDGs)」1–3の4回目となる今回、テーマに「都市と自然」が選ばれ、シンポジウムの中で都市の重要性が繰り返し語られたのは当然のことと言えよう。
基調講演に登壇したオーストラリア国立大学教授で東京大学客員教授も務めるシューメイ・バイ(Xuemei Bai)氏は、都市に住む人の数は2050年までにさらに20億人増加すると予測し、都市の重要性は増すばかりだと指摘。そして、増加の90%はアジアとアフリカで起こると言う。「社会、経済、環境に多大な影響を与える、現在進行中の社会のメガトレンドのひとつです」とバイ氏は述べる。
今回のシンポジウムでは都市の重要性を鑑み、都市と自然との関係について理解を深め、都市の持続可能性を高める方法を探るべく議論が行われた。そのテーマは、SDG11(住み続けられるまちづくりを)だけでなく、SDG3(すべての人に健康と福祉を)、SDG13(気候変動に具体的な対策を)、およびSDG15(陸の豊かさも守ろう)とも強く関連するものであった。なお、シンポジウムはハイブリッド形式で開催され、会場となった東京大学には約70人が集い、オンラインにて45カ国から390人が参加した。
都市における自然の恩恵
都市が抱える環境問題については、報告が十分にある。例えば、多くの都市で発生しているヒートアイランド現象は、住民の中で最も弱い立場にある人々の健康に悪影響を及ぼし得ることが分かっている。また、都市は主に不浸透性材料で建設されているため、洪水などの水害に見舞われやすい可能性がある。都市に自然を取り入れることは、こうした問題に対処し、住民にプラスの効果をもたらす強力な方法である。
緑地は都市に住む人々に自然と触れ合う機会を与えてくれる。シンポジウムでは登壇者が口々に、都市の緑地がもたらす数多くの利点について語った。東京大学准教授で人間と自然との相互作用を研究している曽我昌史(そが・まさし)氏は、自然との相互作用は人々に肉体的、精神的、社会的な利益をもたらすと述べた。彼の研究によると、幼少期に自然と触れ合う機会が多かった人は、大人になってから環境に配慮した行動をとる可能性が高いという。人と自然の双方に良い恩恵をもたらす持続可能な社会を実現するには、この好循環を取り入れることが重要だろうと曽我氏。
同じく、人間と自然の相互作用、中でも都市型農園の効果を研究している兵庫県立大学講師の新保奈穂美(しんぽ・なおみ)氏は、ドイツや日本の事例を紹介しながら、都市型農園は食料安全保障の向上の他、生物多様性の保全や環境教育、社会的結束の強化につながると述べた。
不公平感をなくす
自然は多くの恩恵を与えてくれる。しかし、誰もがその恩恵を平等に享受できるわけではない。このシンポジウムでは「equity and justice(公平と公正)」が何度も話題に上り、多くの参加者が、世界における南北間(いわゆる南北問題)、および個々の都市に存在する不公平について論じた。
例えば曽我氏によれば、南半球の都市には、緑地が北半球の都市の3分の1しかないという。また、Nature Sustainabilityの編集長であるモニカ・コンテスタービレ(Monica Contestabile)は、都市における不平等は固定化していることが多いと指摘。その例として、北欧のいくつかの都市における大気汚染を例に挙げた。彼女は、東京大学教授の亀山康子(かめやま・やすこ)氏が司会を務めたパネルディスカッションの中で、「貧困地域や低所得地域は、裕福な地域に比べて大幅に大気汚染の影響を受けている場合があります。こうした地域では、基本的な保健サービスを受けることができません」と述べ、都市部では大気汚染測定器の設置場所さえも不公平になりかねないと付け加えた。
しかし、不平等を解消するための対策は講じられ始めている。ドイツでは、高失業率や低所得などの社会的な問題を抱える地区にコミュニティーガーデンを優先的に整備する「ソーシャルシティープログラム(Social City Program)」4,5が実施されていると新保氏。「ゴールは、緑地の分配の最適化に据えるべきです。緑地がもたらす恩恵が人々に平等に届くようにするのです」。
複雑な分野
今回のシンポジウムでは、「都市と自然の接点における超学際的な研究およびプロジェクトの必要性」についても強く打ち出された。東京大学総長の藤井輝夫(ふじい・てるお)氏は開会の挨拶で、「迫り来る生物多様性の損失の危機と気候変動は、単一のステークホルダーの集団や学問分野のみの取り組みでは対応できない多次元的な課題であると確信しています。アカデミア以外のステークホルダーと学際的なチームを組んで課題に取り組むことが必要不可欠です」と述べた。
都市の持続可能性に関する研究の現在の傾向について、ストックホルム大学教授で東京大学客員教授も務めるトーマス・エルムクビスト氏(Thomas Elmqvist)は、「都市」「学際」というキーワードを含む論文は20年間右肩上がりであり、2016年以降は顕著な上昇を見せていると指摘。これは2015年9月に国連サミットでSDGsが採択された影響かもしれないという。コンテスタービレによると、このように学際性が重視されるのは、「都市は複雑で、ダイナミックで、拡大する集合体である」という事実を反映していると指摘。また、その問題の理解と解決には、都市計画や土木工学、社会科学など、さまざまな学問分野の視点が必要だと述べた。
巨大な課題への対応
超学際的な研究は、都市と自然にまつわる多次元的な課題に取り組むことを可能にする。その方法について、東京大学とシュプリンガーネイチャーの両者は今回のシンポジウムの中で例をいくつか示した。「東京大学はこれまで多くの国、都市、地域におけるイニシアチブに着手してきました。また、民間とのパートナーシップにも特に力を入れています。民間との連携は、未来社会のための持続可能な解決策を共同設計・共同開発するに当たり、とりわけ重要です」と藤井氏は述べた。
シュプリンガーネイチャー・ジャパンの代表取締役社長であるアントワーン・ブーケ(Antoine Bocquet)は閉会の挨拶の中で、出版社は知識の普及を通じてSDGsの実現に向けた重要な役割を果たしていると述べ、2015年以降に同社が出版したSDGsに直接関連する論文や書籍は約80万件に上る6と説明。シュプリンガーネイチャー編集長のフィリップ・キャンベル(Philip Campbell)によれば、同社は2024年に、都市関連の研究のための新しい学術誌Nature Citiesを創刊するという。彼はまた、英国の大学が採用しているような評価システム(go.nature.com/3oy78sU参照)を用いて、自分たちの研究がもたらしている社会的インパクトを記録するよう大学に呼びかけた。
都市に関連する課題は複雑で、ステークホルダーは多岐にわたる。それを踏まえると、関係者全員がさらなる努力を重ね、全ての人に利益をもたらす形で自然と都市を融合させる効果的な方法を見つけることが急務である。
執筆者:Simon Pleasants(シュプリンガーネイチャーのアソシエイト・エディター)
イベントの詳細については下記を参考されたい。
シュプリンガーネイチャー:go.nature.com/SDGs2023-SN
東京大学:go.nature.com/SDGs2023-UTokyo
スピーカー/パネリスト
藤井 輝夫(ふじい・てるお)
東京大学総長
シューメイ・ バイ
オーストラリア国立大学教授、東京大学客員教授
フィリップ・キャンベル
シュプリンガー・ネイチャー編集長
トーマス・エルムクビスト
ストックホルム大学教授、東京大学客員教授
曽我 昌史(そが・まさし)
東京大学准教授
新保 奈穂美 (しんぽ・なおみ)
兵庫県立大学講師
モニカ・コンテスタービレ
Nature Sustainability チーフエディター
アントワーン・ブーケ
シュプリンガーネイチャー・ジャパン 代表取締役社長
亀山 康子(かめやま・やすこ)
東京大学教授(モデレーター)
Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.202308.pr
参考文献
- Celebrating Nature’s 150th Anniversary at the University of Tokyo
- SDGs Symposium 2021: Interdisciplinary science solutions for food, water, climate and ecosystems Sustainable Development Goals
- SDGs Symposium 2022 - Energy systems at the interface of multiple Sustainable Development Goals
- https://www.staedtebaufoerderung.info/DE/ProgrammeVor2020/SozialeStadt/sozialestadt_node.html (German)
- https://www.staedtebaufoerderung.info/EN/home/home_node.html (English)
- Sustainable Business Report 2022, https://sustainablebusiness.springernature.com/2022/