人種・民族の報告に関する著者向け指針をNatureが改定した理由
研究者が科学を利用し、らん用して、人種主義的な信念や行為を正当化したというのは、残念ながら事実です。Natureも人種主義の永続に加担しました。これは、過去のいくつかの社説で認めた通りです(2022年12月号「差別を助長する科学的遺産の形成に手を貸したNatureの過去」参照)。そしてこのほど、Natureは、研究コミュニティーと共に、人種主義撤廃への取り組みの一翼を担うことを誓いました(2023年1月号「人種主義に終止符を打つことが科学向上の決め手」参照)。
この誓約の一環として、Natureおよびネイチャー・ポートフォリオの学術誌は、人種や民族をはじめ、社会的に構築されたさまざまな特性に関係した研究報告に関して、著者向け指針を改定しました(go.nature.com/3mcuozj参照)。今回の改定では、研究の結果や結論が、そうした社会的に構築された属性によって説明できることが判明した場合、著者に対して、注意と配慮を払った上で最高水準の厳密性をその研究に適用することを求めています。私たちは著者に対して、性別やジェンダーなどの人口統計学的特性が研究計画にどのように盛り込まれているかを記述していただくこと、そして、さらに広い見地で、こうした研究によって害悪がもたらされる可能性についても考慮・検討していただきたく、著者向け指針の改定を進めています(2022年8月号「研究に性差分析を強く求めます」参照)。その一環として、今回の改定を行いました。
結果を説明するために人種や民族に注目すると、正確さを欠いた結果を導く場合がある
人種や民族について研究することが重要な理由は、いくつもあります。有色人種の人々は、教育や職場などの場面で差別の影響を受けており、こうした状況を詳しく調べる必要があるのです。そして実際に、問題点を解明し、解決策を見つけ出すことを目指して、研究が行われています。
しかし、研究の結果を説明するために人種や民族に注目すると、正確さを欠いた結果を導く場合があり、そうした研究は害悪をもたらす恐れがあります。例えば、人間の行動に関する研究で行動の差異の原因を探究する際に、社会経済的地位や職業といった別の変数が関係しているかもしれないのに、人種や民族に原因を求めることがあるのです。人種を決定的な変数とする不正確な推論は、画一的なものの見方を定着させる危険性があり、関係するコミュニティーの不利益になります。
では、人種や民族などの社会的に構築されたカテゴリーに従って人間を記述する研究論文の著者に対して、Natureは何を求めるのでしょうか。基本的には、次の3つです。第一に、使用したカテゴリーを明示し、なぜそのような分類が必要かを説明すること。第二に、その分類によって人間を記述する際に使用した方法を説明すること。例えば、研究参加者からの自己報告があったのか、国勢調査やソーシャルメディアあるいは行政データを情報源としたのか、といった情報です。第三に、社会経済的地位などの交絡変数をどのように制御したかを記述すること。これらの要請事項は、論文のreporting summary(研究報告要約)に追加されるため、通常の編集・出版ワークフローの一部となります(2021年8月号「優れた研究は論文執筆のかなり前から始まっている」参照)。
重要なのは、分類の方法を説明することです。その理由は、人種や民族は固定的なカテゴリーではなく、その代わりとなる指標が数多く存在するからです。例えば、機械学習アルゴリズムを訓練して、対象者の氏名を基にして人種を決定するという方法が広まりつつあります。この種の分類方法は、命名の慣習を反映しているだけで、対象者が祖先から受け継いだものと直接関係がないため、正確でない場合があるのです。
研究事業は、差別をなくし、公平性を確保することを目指す道を歩んでいます。Natureは、著者向け指針を改定することで、この道を歩む他の学術誌に加わります。著者の皆さまには、これらの問題について、これまで以上に真剣に考え、かつ慎重さをもってご対応いただきたいというのが、私たち学術誌の総意です。今回発表したNatureの著者向け指針と既存の措置は、研究の厳密性と正確性を可能な限り高い水準に維持することを目的としています。さらには、研究によって害悪が永続するという意図せぬ事態が起こらないようにすること、そして、人種主義という現実を日常として生きてきた人々がこれ以上嫌な経験をしないようにすることも、目指しています(2022年9月号「研究による危害を許さない」参照)。
翻訳:菊川要
Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2023.230705
原文
Why Nature is updating its advice to authors on reporting race or ethnicity- Nature (2023-04-11) | DOI: 10.1038/d41586-023-00973-7
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