銀河系のニュートリノ地図を初公表
銀河系の銀河面がニュートリノ(青色)の観測で見える様子のイメージ画像。 Credit: ICECUBE COLLABORATION/NSF (LILY LE & SHAWN JOHNSON)/ESO (S. BRUNIER)
銀河系(天の川銀河)内から地球に届く高エネルギーのニュートリノを、南極点の氷床の中に埋設されている観測施設「アイスキューブ・ニュートリノ観測所」(IceCube)が10年間にわたって観測し、その分布を描いた地図が2023年6月、公表された。光(電磁波)以外を使って銀河系の地図が作られたのは初めてだ。
この発表を行ったのは、IceCubeで研究を行っている国際共同研究グループ「IceCubeコラボレーション」で、千葉大学の吉田滋(よしだ・しげる)らも加わっている。ニュートリノは、質量のある素粒子の中で最も軽く、他の物質とわずかな相互作用しかしない。その正確な質量など未解明な点が多い素粒子だ。ニュートリノは、太陽の中心核での核融合や、地球の岩石などの物質中の原子核の放射性崩壊、宇宙線と大気との衝突など、多種多様の過程で発生することが分かっている。
一方、宇宙からは、太陽での核融合や放射性崩壊で生じるニュートリノよりもはるかに高エネルギー(高速)のニュートリノが地球に届いている。IceCubeの目的は、そうした高エネルギーのニュートリノを生み出す、宇宙のさまざまな現象を研究することだ。
IceCubeは、氷床の表面から約1.5~2.5 kmの深さの氷の中に埋設された5160個の光センサーで構成されている。粒子検出部分の体積は1 km3に及ぶ。2010年に完成し、10年以上にわたってニュートリノを観測し、それらが来た方向やエネルギーを測定してきた。
銀河系の初めてのニュートリノ地図は、まだ揺籃期にあるニュートリノ天文学における画期的な成果だ、と研究者たちは言う。こうしたニュートリノの観測で、未解明の宇宙線の起源が明らかになる可能性がある。
また、ニュートリノの観測により、銀河の中心の超大質量ブラックホールの周囲で物質が高密度で渦巻いている場所など、他の方法では調べることが難しい場所をのぞき込むことができる。そうした場所では、極端な高エネルギーにより、新しい物理現象が明らかになる可能性がある。新たな大型のニュートリノ観測施設の建設が、地中海からシベリアまで、世界の複数の場所で進んでいる。
宇宙線とニュートリノ
IceCubeのスポークスパーソンでウィスコンシン大学マディソン校(米国)の物理学者Francis Halzenは、「高エネルギーのニュートリノを使って銀河系の地図を作ることは、常に最優先事項でした」と話す。その理由の1つは、それで宇宙線の起源が解明されるかもしれないことだ。
宇宙線は、光速に近い速度で運動する、陽子などの原子核だが、その起源や、それほど高いエネルギーに加速される仕組みは分かっていない。星間空間は高エネルギーの宇宙線で満ちている。宇宙線が銀河系の星間物質と衝突すると、高エネルギーのニュートリノが生じるはずだ。
宇宙線は、星間物質との衝突の結果、ニュートリノだけでなく、ガンマ線も発生させると考えられている。銀河系の大部分はガンマ線を出している。IceCubeの研究者たちは、同じ領域から強いニュートリノ放出も観測されるだろうと予測した。IceCubeで研究を行っている、ジュネーブ大学(スイス)の物理学者Teresa Montaruliは「そうしたニュートリノが銀河系の中で作られているに違いないことは分かっていました」と話す。
しかし、銀河系からのニュートリノを観測するためには複数の問題があった。まず、IceCubeが実際に検出するニュートリノの大部分は、宇宙線が地球の大気中の分子と衝突してできたものだ、とHalzenは説明する。その検出の頻度は約5分に1個だが、大気中で生じたのではない、深宇宙からのニュートリノの頻度はそれよりもずっと小さい。深宇宙からのニュートリノの分布が得られるまでには、何年ものデータを集めなければならない。
2番目の問題は、IceCubeの地球上の位置だ。IceCubeは、ニュートリノが下側からやって来たときに、最も雑音に邪魔されずに検出できる。ニュートリノは地球をも通過できる唯一の既知の粒子だからだ。水平線より上からのニュートリノは、上側から検出器に入射する他の粒子群(ミュー粒子)に埋もれてしまう。しかし、銀河系の中心および、ニュートリノ放出が予想される銀河面の大部分は、いて座周辺の、天の南半球にあり、南極点から見たときには常に水平線の上にある。銀河系を見るためには、地球を遮蔽物として使うことはできない。
Credit: Source: Ref. 1; IceCube/NASA/DOE/Fermi LAT Collaboration/Axel Mellinger, CMU
研究チームは、銀河系からの高エネルギーのニュートリノを見つけるため、機械学習技術を使って大規模な分類作業を行った。研究者たちは、2011年5月から2021年5月までの検出のうち、5万9592回のイベント(エネルギー範囲は500ギガ電子ボルトから数ペタ電子ボルトまで)を選び出し、分析した(彼らはそのうち、大気中で生じたミュー粒子やニュートリノではない、深宇宙起源のニュートリノの割合は約7%と見積もった)。選び出したイベントの粒子のやって来た方向は空全体に散らばっていたが、銀河面(ガンマ線放出の強い領域)からの粒子は有意に多く、イベントの一部は銀河系から放射されたニュートリノとみられることを示した(「銀河系の中心のさまざまな眺め」参照)。研究チームは結果をScience 2023年6月30日号で報告した1。
今回の研究では、点状のニュートリノ源は見つからず、ニュートリノは星間空間で生じていることを示唆した。しかし、Halzenは、さらなる観測と、より低いエネルギーのニュートリノにも感度があるように改良する、IceCubeの今後のアップグレードで、点状の源が見つかるだろうと期待する。銀河系内で点状の源が見つかれば、宇宙線の起源が明らかになり始めるかもしれない。さらに、宇宙線と無関係の未知のニュートリノ発生源も見つかるかもしれない。
研究者たちは、ニュートリノによる観測に期待をかけている。銀河系の磁場は荷電粒子の運動をねじ曲げてしまうが、ニュートリノは電気的に中性で銀河系の磁場で曲げられないからだ。バルセイロ研究所(アルゼンチン)の天体物理学者Silvia Mollerachは、「ニュートリノは宇宙線と違って真っすぐな軌跡を進みます。だから、宇宙線の加速場所を解明するためには最適な粒子です」と話す。
今のところ、宇宙線の点状の源を突き止める試みは成功していない。ガンマ線バーストは、その多くは非常に高エネルギーの超新星爆発と考えられており、天体物理学者たちがかつては宇宙線の源の候補だと考えていた現象の1つだ。しかし、IceCubeはガンマ線バーストが源である可能性は否定したようだ。IceCubeが何年も観測を続けても、ニュートリノとガンマ線バーストが結び付くことはなかった。高エネルギーニュートリノがガンマ線バーストからどれだけ発生するかに関する最も厳しい制限は、2022年10月に観測されたこれまでで最もエネルギーの大きなガンマ線バーストで得られている。
ガンマ線バーストなどの星の爆発は、並外れた量のエネルギーを短時間に放出するものの、個々の陽子を宇宙線やニュートリノを作るのに必要な光速に近い速度にまでは加速しないのかもしれない、とHalzenは話す。
活動銀河核からも
一方、IceCubeは、銀河系外では、活動銀河核にある、点状のニュートリノ源を突き止めることに成功した。活動銀河核は、超大質量ブラックホールであり、その周囲から大量の物質をのみ込む際に明るい放射を放つ。
2018年7月、IceCubeの研究者たちは、非常に高エネルギーの1個のニュートリノがブレーザーから来たとみられることを報告した(2018年10月号「高エネルギーニュートリノの発生源を特定」参照)2。ブレーザーは活動銀河核の一種で、それがフレア(増光)を起こしていた。さらに2022年11月、IceCubeの研究者たちは、NGC 1068とも呼ばれるM77銀河の活動銀河核から約80個のニュートリノを観測したと発表した3。
しかし、意外なことに、M77の中心はガンマ線で観測すると明るくない。ミュンヘン工科大学(ドイツ)の宇宙粒子物理学者Elisa Resconiは「NGC 1068はニュートリノ源のようですが、同じ相互作用で作られるはずの光子はやって来ないのです」と話す。これは、M77の中心のブラックホールは、ガンマ線を遮るほど厚い塵の層に包まれているに違いないことを意味する。こうした場合、ニュートリノは、巨大ブラックホールの周囲の物理学を理解するために利用できる唯一の媒体であるため、一層重要になる、とResconiは話す。
M77は、地球からわずか約4600万光年の距離にあり、最も近く、最もよく研究された活動銀河核の1つだ。M77からのニュートリノを見いだしたことで、天文学者たちはニュートリノ天文学への熱意をさらに強くしている。Resconiは「ブラックホールの周囲の極端な環境は、物理学の既知の法則の限界を検証する自然の実験室になり、さらに新たな法則を見いだす可能性もあります。科学者にとって、これ以上のものはありません」と話す。
Resconiは、「太平洋ニュートリノ実験」(P-ONE)のスポークスパーソンだ。太平洋ニュートリノ実験は、カナダのバンクーバー島沖合の深い海の中に建設することが計画されているニュートリノ観測所で、粒子検出部分は2 km3以上とIceCubeよりもさらに大きな体積を持つことになっている。
これとは別の、「キュービックキロメートルニュートリノ望遠鏡」(KM3NeT)と呼ばれる大型ニュートリノ観測所の建設が、地中海の3カ所で進んでいる。ロシアは、1 km3規模のニュートリノ観測所をシベリアのバイカル湖に建設している。これらの観測所は協力して、ほぼ全天からのニュートリノを収集する観測ネットワークを形成することになるだろう。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2023.231126
原文
The most unusual portrait of the Milky Way yet: mapping the Galaxy with neutrinos- Nature (2023-08-03) | DOI: 10.1038/d41586-023-02427-6
- Davide Castelvecchi
- 英国ロンドン駐在のNature記者
参考文献
- IceCube Collaboration. Science 380, 1338–1343 (2023).
- IceCube Collaboration. Science 361, 147–151 (2018).
- IceCube Collaboration. Science 378, 538–543 (2022).
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