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SARS-CoV-2は宿主タンパク質を模倣して防御を回避する

SARS-CoV-2の透過型電子顕微鏡写真
今回、SARS-CoV-2のアクセサリータンパク質Orf8が、ヒストンH3にあるARKSモチーフと「そっくり」な配列を持っており、偽ヒストンとして振る舞って、宿主細胞の翻訳後修飾の調節を阻害し、クロマチン凝縮や転写活性抑制関連の修飾を促進することが分かった。 Credit: NIAID-RML

我々の細胞は、ウイルス感染と戦うために迅速かつ効率的に反応しなければならない。これに対しウイルスは、宿主細胞の防御装置を妨げる、あるいは回避する巧妙な戦略を進化させ、反撃している。このほど、ペンシルベニア大学ペレルマン医学系大学院(米国フィラデルフィア)のJohn Keeら1は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)がこうした戦略の1つとして、宿主の細胞核においてDNAを巻き取ってクロマチンを形成するヒストンタンパク質を模倣していることを明らかにし、Nature 2022年10月13日号381ページで報告している。この模倣によって宿主細胞の遺伝子発現調節が変化し、そのために感染に効果的に応答できなくなっているのだ。これまでのところ、ヒストン模倣が実証されているのは一握りのウイルスだが2、今回の報告は、コロナウイルス科のウイルスがこの戦略を用いていることを示す初めての決定的な証拠である。

パンデミック(世界的大流行)が始まって以来、SARS-CoV-2はヒトでなぜうまく複製できるのか、またどのように症状を引き起こすのかを解明するための競争が続いている。SARS-CoV-2のゲノムは、構造タンパク質、非構造タンパク質(ウイルスの複製に必要)、アクセサリータンパク質をコードしているが、現在、研究者はこのアクセサリータンパク質群に特に関心を持っている。アクセサリータンパク質は、他のウイルスタンパク質ほど進化的に保存されておらず、「より高度な」機能を担っていることが報告されている3。例えば、症状の重症度やウイルス–宿主の相互作用に影響を及ぼしたり、宿主の免疫応答を阻害したりして、宿主において生産的にウイルス複製ができるようにしているのだ4,5

SARS-CoV-2は、DNAが高密度にパッケージングされた「ヘテロクロマチン」領域の形成を促進して、クロマチン調節を阻害できる6,7。これにより、抗ウイルス応答の減弱が引き起こされる8,9。Keeらは、アクセサリータンパク質によるヒストン模倣が、この過程に役割を果たしている可能性があるかどうかを調べることにした。彼らはまず、バイオインフォマティクス解析により、SARS-CoV-2の全てのタンパク質の配列を、ヒトの全てのヒストンタンパク質の配列と比較した。その結果、SARS-CoV-2のアクセサリータンパク質Orf8とヒトヒストンH3の尾部領域で、6つのアミノ酸残基からなる配列が共通であることが分かった。これら6つのアミノ酸は、アラニン、アルギニン、リシン、セリン、アラニン、プロリンであり、ここでは標準的な一文字アミノ酸表記を用いてARKSAP配列と称する。

今後、ヒトにおけるSARS-CoV-2 感染と拡散、感染症状が、Orf8の活性によって変化する仕組みをさらに調べることが重要である

ARKSAP配列の最初から4つのアミノ酸残基は、ARKSモチーフとして知られ、ヒストンH3の尾部領域に2回も見られる。H3の2つのARKSモチーフは、一般的に、アセチル基やメチル基などの分子基を付加あるいは除去する酵素によって修飾される部位である(この現象は翻訳後修飾として知られる)。さらに、ARKSモチーフは重要な調節領域であり、ARKSモチーフのリシン残基は、アセチル化されるとクロマチンにおけるDNAの発現を活性化し、メチル化されると発現を抑制することに寄与している10

Keeらは、Orf8が、ヒストンH3が持つものと「そっくりな」ARKSモチーフによって、ヒストン模倣タンパク質として機能でき、ヒストンH3の機能を妨げる可能性があると推測した。これを実証するために、Orf8をコードする遺伝子をヒト細胞に導入したところ、Orf8は核内で検出できることが分かった(この結果は、コロナウイルスのほとんどのタンパク質では珍しい)。核内でOrf8は、核やクロマチンの構造維持に関与するH3含有タンパク質複合体、およびクロマチンと相互作用した。対照的に、ARKSモチーフを欠くOrf8タンパク質は、核内でのクロマチンへの結合が減少していた。

Keeらはまた、Orf8のARKSモチーフが、H3の場合と同様に、アセチル化修飾を受けることを見いだした(図1)。この翻訳後修飾を担う酵素KAT2Aのレベルは、細胞にOrf8を発現させた後に顕著に低下した。Orf8は結合した他のタンパク質を分解することが知られており11、これらのデータから、Orf8はおそらくKAT2Aの分解を引き起こしてヒストンの翻訳後修飾を妨げることができると考えられる。さらに、(H3や他のヒストンにおける)ヒストン修飾は、Orf8発現後に、遺伝子の活発な発現に関連する修飾が減少し、クロマチン凝縮や転写抑制に関連する修飾が増加した。おそらくこれは、KAT2Aレベル低下の結果であるが、ヒストン修飾を仲介する他の酵素がOrf8により直接的あるいは間接的に影響を受けている可能性もある。

図1 宿主による防御を回避するためにヒストンタンパク質を模倣する
a DNAは、ヒストンH3などのタンパク質に巻き付いてパッケージングされ、クロマチンを形成する。ヒストン修飾のうち、アセチル基の付加あるいは除去は、クロマチンの凝縮を変化させて、遺伝子発現の変化を引き起こすことができる。KAT2Aという酵素は、H3のARKSモチーフと呼ばれるアミノ酸配列にアセチル基を付加する。この修飾によって遺伝子の転写が促進される。 b Keeら1は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)由来のタンパク質であるOrf8にもARKSモチーフが含まれていることを報告している。Orf8タンパク質はKAT2Aに結合して修飾を受け、さらにKAT2Aの分解を引き起こす可能性がある。その結果、H3のアセチル化レベルが低下するとともに、クロマチンの凝縮や転写抑制に関連する他のヒストン修飾(図示していない)が増加する。

次にKeeらは、SARS-CoV-2感染細胞において、Orf8がクロマチンおよびヒストンの調節に同じ効果を及ぼすかどうかを調べた。彼らは、Orf8をコードする遺伝子の全長を欠損したSARS-CoV-2や、ARKSAP配列のみを欠損したOrf8タンパク質を発現するSARS-CoV-2を作製した。これら両方のOrf8変異型の改変SARS-CoV-2は、野生型ウイルスとは異なり、宿主細胞のクロマチン調節を阻害する能力を失っていたことから、ARKSAP配列がこの効果を担っていることが示された。

では、このような欠損はSARS-CoV-2の他の特徴にも影響を与えるのだろうか?Keeらは、SARS-CoV-2自身にはウイルス複製にわずかに影響があるのみであるが、宿主細胞に対しては遺伝子の転写を変化させることを見いだした。感染に対する転写応答は、野生型ウイルス感染細胞とOrf8欠損ウイルス感染細胞の間で異なっており、さらにOrf8欠損ウイルス感染細胞とARKSAP配列のみ欠損したウイルス感染細胞の間でも異なっていた。このことは、Orf8の他のドメインも究極的には遺伝子の転写を変化させる機能も持っていることを示している。この考えはこれまでの研究で裏付けられている。Orf8は、特定の免疫経路の活性を変化させること12、MHCタンパク質と呼ばれる免疫タンパク質の分解を仲介すること11、別の免疫タンパク質のインターフェロン調節因子3(IRF3)の核への移行を減少させること13、細胞小器官の小胞体でのストレス応答を促進すること13が示されているのだ。

Keeらの研究は、SARS-CoV-2が宿主細胞と相互作用する仕組みについて理解するに当たり、新しい側面を追加した。今後、ヒトにおけるSARS-CoV-2感染と拡散、感染症状が、Orf8の活性によって変化する仕組みをさらに調べることが重要である。2020年にシンガポールで、Orf8をコードする遺伝子が自然に欠失したSARS-CoV-2変異株が見つかった。この変異は重症度の低さと関連しており14、重症化を防ぐための最初のヒントになるかもしれない。ヒストン模倣の変化とこの変異株による重症度の低下が直接結び付くかどうかは分からない。だが、こうした関連はコロナウイルスのアクセサリータンパク質が重症度に関与している可能性を示している。

今回の研究から、ウイルスの進化とヒトへの適応についての疑問が浮かび上がる。SARS-CoV-2と、その近縁ウイルスであるSARS-CoV(2003年に起こった、より小規模なパンデミックの原因コロナウイルス)は、Orf3bとOrf8を除いてほとんどのタンパク質が進化的に高度に保存されており、またSARS-CoVのOrf8タンパク質はARKSモチーフを持っていない。対照的に、コウモリの一部のSARS関連コロナウイルスはARKSモチーフを持っている。このことは、SARS関連コロナウイルスが、宿主による防御を回避する戦略の一部としてアクセサリータンパク質とヒストン模倣を用いるように進化していることを示しているのかもしれない。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230145

原文

SARS-CoV-2 mimics a host protein to bypass defences
  • Nature (2022-10-13) | DOI: 10.1038/d41586-022-02930-2
  • Lisa Thomann & Volker Thiel
  • 共にウイルス学・免疫予防研究所(スイス・ミッテルホイゼルン およびベルン)とベルン大学(スイス)に所属

参考文献

  1. Kee, J. et al. Nature 610, 381–388 (2022).
  2. Tarakhovsky, A. & Prinjha, R. K. J. Exp. Med. 215, 1777–1787 (2018).
  3. Frieman, M. B. et al. in The Nidoviruses: Toward Control of SARS and Other Nidovirus Diseases (Adv. Exp. Med. Biol. 581) (eds Perlman, S. & Holmes, K. V.) 149–152 (Springer, 2006).
  4. Rohaim, M. A., El Naggar, R. F., Clayton, E. & Munir, M. Microb. Pathog. 150, 104641 (2021).
  5. Asthana, A., Gaughan, C., Dong, B., Weiss, S. R. & Silverman, R. H. mBio 12, e01781-21 (2021).
  6. Lee, S. et al. Nature 599, 283–289 (2021).
  7. Zazhytska, M. et al. Cell 185, 1052–1064 (2022).
  8. Hadjadj, J. et al. Science 369, 718–724 (2020).
  9. Blanco-Melo, D. et al. Cell 181, 1036–1045 (2020).
  10. Josefowicz, S. Z. et al. Mol. Cell 64, 347–361 (2016).
  11. Zinzula, L. Biochem. Biophys. Res. Commun. 538, 116–124 (2021).
  12. Hasan, M. Z., Islam, S. & Matsumoto, K. Sci. Rep. 11, 16814 (2021).
  13. Rashid, F., Dzakah, E. E., Wang, H. & Tang, S. Virus Res. 296, 198350 (2021).
  14. Young B. E. et al. Lancet 396, 603–611 (2020).