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腫瘍へ確実に送達可能な生菌カプセル化システムを構築

張本 哲弘

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220732

1世紀にわたり模索が続く、生菌を使ったがん治療。生菌製剤の免疫系回避と腫瘍部位への送達が課題である。コロンビア大学 博士課程6年に在籍する張本哲弘さんらは、このほど、菌体を包む莢膜多糖(CAP)を合成生物学の手法で自在にスイッチングする技術を開発。CAPの制御で、薬剤を兼ねる生菌をより多く腫瘍に送達できることを、生体で実証した。

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Ozgu Arslan/iStock/Getty

―― 合成生物学を利用した、がんの生菌治療システムの開発で成果を出されました。

張本氏: 細胞の構成要素(タンパク質や遺伝子など)を部品と見なし、それらを組み上げる合成生物学を駆使し、生きているバクテリアをDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)の担体および薬剤として利用するシステムを開発しました。合成生物学研究は20年ほど前に始まり、急速に発展しています。要素をボトムアップするアプローチが特徴で、今回は菌体を多糖体で包むことで、必要なときだけ免疫に排除されないようにするスイッチング操作をできるようにしました1

「バクテリアでがんを治療する」戦略は、100年以上前からあります。例えば、米国の外科医でがん研究者のウィリアム・コーリー(William Coley)は、患者の肉腫が細菌感染後に縮小したのを目撃し、「細菌感染を受けた患者の体は腫瘍を拒絶できるようになる」との仮説を立て、加熱処理した細菌由来成分(コーリーの毒)を腫瘍内に注入するがん治療法を開発しました。細菌感染で誘導された抗腫瘍免疫応答を利用したもので、現在のがん免疫療法の先駆けといえます。

―― がんの腫瘍内でバクテリアが増殖するのですか?

張本氏: その通りです。今回、利用した大腸菌などの嫌気環境を好むバクテリアは、正常組織では免疫システムが働いて排除されますが、嫌気性環境の腫瘍内部には好んで入り、そこで増殖します。例えば、乳がんの腫瘍内部には、バクテリアによるマイクロバイオームが存在することが知られています。コーリー以来の一連の知見により、実際に「生きたバクテリア」を用いたがん治療研究が複数、進められており、臨床試験に進んでいるものもあります。私たちは、大腸菌に合成生物学による操作を加え、腫瘍への送達、免疫系の回避、増殖の程度、毒性発揮などを一括して制御できるシステムの開発を行いました。

―― 具体的にどのようなことをしたのでしょうか?

張本氏: まず、使う大腸菌の株を決めることから始めました。条件は、①先行のがん治療研究で使われていること、②免疫細胞の攻撃を回避するための莢膜多糖(CAP;capsular polysaccharide)をまとっていることです。大腸菌にはCAPを持つものと持たないものがあります。またCAPには約80種類あるとされています。その中から都合の良さそうなCAPを持つものを選び、遺伝子工学的に改変して制御しようと考えたのです。今回、プロバイオティクス大腸菌株の1つ、Nissle 1917株を使うことにしました。

次に、スモールRNA(sRNA)を用いて、この株の遺伝子発現を網羅的に阻害することで、CAP合成に重要な遺伝子をスクリーニングしました。その結果、CAP合成にはkfiC遺伝子が重要だと分かりました。その上で、IPTG(イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド)という物質の添加でkfiC遺伝子が発現し、CAP合成が誘導されて菌体をコーティングする、iCAP(inducible CAP)システムを開発しました。IPTGの添加量を増やせばコーティング量も増え、添加量を減らせばコーティング量も減ります。IPTGの有無がスイッチとなり、スイッチのオン・オフや、オンの加減を自在に調節できるようにしたのです。コーティングの持続時間は約6時間で、その後はコーティングがなくなっていき、免疫系に排除されるようになります。

iCAPシステムを構築した後、スイッチをオンにした大腸菌が、コーティングが持続する6時間、血中の免疫システムによる攻撃をどのくらい回避できるかを調べました。まず、CAPの量を増やすと免疫回避率が上がり、より多くの大腸菌が血中で生き残るようになると分かりました。CAPは、大腸菌に対する免疫システムからの攻撃を物理的に防御したものと考えられます。マクロファージにどのくらい認識され、どのくらい貪食されるかも検証したところ、iCAPオンの大腸菌が貪食される割合は、オフの大腸菌の10分の1になると分かりました。

―― 細胞レベルではなく、生体での検証も行ったのですか?

張本氏: はい、まず「iCAP搭載の大腸菌」「CAPを持つ大腸菌(何も手を加えない)」「CAPを持たない大腸菌(kfiC遺伝子ノックアウト)」をそれぞれ、マウスの尾の静脈から血液を介して投与しました。「iCAP搭載の大腸菌」では、iCAPを投与前にオンにしておきますが、投与後にオフにすることで、限られた時間だけ、免疫攻撃を回避できるようにしました。徐々に大腸菌の送達量を増やし、副作用の指標である体重減少が発現するまで解析を続けました。

その結果、いずれのマウスにおいても、「iCAP搭載の大腸菌」の場合は「CAPを持つ大腸菌」と「CAPを持たない大腸菌」の約10倍量を投与して、やっと同レベルの副作用が出ると分かりました。CAPをまとっている大腸菌は増え過ぎてしまい、CAPがない大腸菌は免疫が過剰反応してしまうことで、どちらも副作用につながってしまうのです。これらの結果から、iCAPで一時的にCAPコーティングすることで、免疫を強力に回避しつつ、異常増殖も抑えられたと考えています。

図1 iCAPシステムとCAPコーティング制御
a iCAPシステムの概要図。CAP合成に重要なkfiC遺伝子を大腸菌に導入。IPTGの添加で発現させることができる。これにより、免疫細胞の攻撃を回避するためのCAP発現を、自在にオン・オフできるようになった。
b 透過型電子顕微鏡下で見た、iCAPシステム搭載の大腸菌。IPTGの添加量を調整することでバクテリア表面を覆うCAPの量が調整できる。 | 拡大する

次に、複数のタイプのモデルマウスを使って、腫瘍への送達や、免疫反応からの防御、治療効果などを解析しました。使ったのは、マウスの大腸がん細胞を皮下に移植したマウスと、遺伝子改変により乳がんを発症させたマウスです。大腸がんや乳がんのような固形がんでは、中心部の細胞がネクローシスによって死んでおり、腫瘍内が低酸素状態になっています。同じがんでも、血液系の腫瘍は生菌が好む環境(低酸素状態など)にならないので、バクテリアによるがん治療は適応できません。

治療効果の検討では、抗がん毒素を出せる大腸菌を用いました。クロストリジウム菌が持つシータ毒素の遺伝子を導入して毒素を出すように改変したiCAP搭載大腸菌です。シータ毒素を用いたのは、私自身の先行研究によって、この毒素の抗がん作用が特に強いと分かっていたからです2

マウスモデルを使った検証ではまず、血流を介して投与した大腸菌が腫瘍部位に送達され、腫瘍内で増殖することを確認しました。このとき、より多くの大腸菌を投与すると、腫瘍内での増殖をさらに促進できることも分かりました。そこで次に、iCAPを使って大腸菌の送達量を10倍に増やし、腫瘍サイズがどうなるかを15日間追い続けました。すると、少量の大腸菌を送り込んだコントロールマウスでは腫瘍が極めて大きくなったのに対し、10倍量のiCAP搭載大腸菌を送り込んだマウスの腫瘍は大きくならないことが確認できました。iCAPで10倍量の大腸菌を送達したことで腫瘍内でのバクテリアの増殖を促進できたことが、治療効果の向上につながったと考えています。観察を15日までにしたのは、コントロールマウスの腫瘍が大きくなり過ぎてしまい、比較不能になったからです。

図2 生体マウスにおけるiCAPシステムの抗腫瘍効果の検証
a マウス実験の概要図。iCAP搭載の大腸菌に、抗がん毒素であるシータ毒素を放出するよう改変。この大腸菌を腫瘍モデルマウスの静脈から投与し、治療効果を検証した。
b(左)腫瘍内での大腸菌の増殖。iCAPシステムにより10倍量を投与することができ、バクテリアの腫瘍内増殖を促進した。(中央)大腸がんに対する治療効果。iCAPシステムにより大量の大腸菌を腫瘍に送り込むと(青丸・実線)、腫瘍の増大が抑えられた。(右)乳がんに対する治療効果。同様にiCAPシステムにより、腫瘍の増大が抑えられた。 | 拡大する

腫瘍の縮小までは検証できませんでしたが、今回の研究では、iCAPシステムで安全にたくさんの大腸菌を腫瘍に送達できることを確かめた点にインパクトがあると考えています。

―― 今後の展開や予定について教えてください。

張本氏: やるべきことが、まだ盛りだくさんです。具体的には、iCAPによるCAPコーティング時間の制御、腫瘍殺傷効果や安全性の検証、他種のCAPの検討、大腸菌以外のバクテリア探索、他の毒素の検討などがあります。

今回、大きな原発巣と小さな転移巣の2つの腫瘍を持つマウスを使って、片方の腫瘍のみにスイッチオフのiCAP搭載大腸菌を送り込み、腫瘍内でスイッチオンにする追加実験を行ったところ、大腸菌が血流に乗ってもう1つの腫瘍にも送達されると分かりました。将来的には、このような送達方法で、原発巣と共に転移巣も治療可能ではないかと考えています。

バクテリアは低コストで大量に増やすことが可能です。また、体内にはがん組織以外にも、さまざまな部位にマイクロバイオームが見られます。今はがんを対象にしていますが、バクテリアのポテンシャルは高く、さまざまな疾患の治療に適応できるのではないかと考えています。

私は、トロント大学(カナダ)の薬学系学部を卒業後、一度、社会人を経験しました。日本の外資金融業界で、バイオメディカルテクノロジーに関するものなどを扱ったのですが、だんだんと自分の手で研究がしたくなり、アカデミアに戻ってきました。コロンビア大学では、修士課程で流体力学を研究しましたが、博士課程から合成生物学を専門にしました。置かれた立場で楽しむことを心掛けており、いろいろと経験できたことを幸運に思っています。この夏に博士号を取得し、ポスドクとして研究を続ける予定です。

―― ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

張本 哲弘(はりもと・てつひろ)

コロンビア大学 医用生体工学 博士課程6年
2014年にトロント大学(カナダ)薬理・毒理学科卒業。金融機関勤務を経て、コロンビア大学大学院(米国ニューヨーク)医用生体工学 修士および博士課程に入学。2016年より同大学大学院Synthetic Biological Systems Laboratory(Tal Danino Lab)にて合成生物学を使ったがんの生菌治療システムの開発を進めてきた。

張本 哲弘

参考文献

  1. Harimoto, T. et al. Nature Biotechnology, https://doi.org/10.1038/s41587-022-01244-y (2022).
  2. Harimoto, T. et al. Proc Natl Acad Sci USA 116 9002–9007 (2019).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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